機械神の英断③
「生物が他者の命を犠牲にして自分を生かす。この行為は人間の歴史のなかでも繰り返されてきたことです」
もはや力尽きた佐竹に対してデコスケはそう言い残したあと、佐竹の指紋をとるため佐竹の指を切断しようと遺体を運ぼうとする。しかし
「――機械のくせに、ずいぶんと身に染みる言葉だな」
そこにいるはずのない音声に反応した。佐竹が生きているのではないかと予測して生体反応を確認したが、佐竹の生体反応はなかった。しかしもうひとりの瀬浪の死体がいつのまにか反応がない。
「……なぜ生きているのです?」
凸助の疑問に答えるように全身から血を流している瀬浪。……だったものが答えた。
「隠しているからさ。俺は瀬浪の偽物であることも、人間じゃあないことも隠していたからお前たちは知らなかった。お前たち人工知能『九十九』に学習させないようにするためにな」
佐竹の後輩の瀬浪に化けていたのは黒色コートと黒色のズボンの全身黒で統一された奇人だった。
笑い(ラーフ)の表情の仮面をつけ、まるで西洋の宗教の神父のようにも見える。仮面には笑いの表情のデザインがされていて、まるで黒い悪魔が笑みを浮かべているかのようだった。
「あなたはだれですか?」
九十九は異様な姿をした人物が現れた想定外のできごとに冷静に分析するべくまず簡単な質問から開始した。
「ただの狂思想科学者だ」
仮面の男はかっこつけてながらそう言った。
「科学者? そんな仮面をつける科学者がいるのですか?」
そう言うと仮面男は肩をすくめた。
「いつも笑っていられるように、笑った仮面をつけているんだよ。それにこのコートも黒いけど、一応科学者の白衣のつもりなんだぜ」
意味がわからない。一般常識では理解できないファッションセンスだ。
「全く理解できないセンスですね。あなたの目的は先ほど亡くなった二人が奪った現金ですか?」
仮面男の正体についてはただの異様な変人であると判断し、次にデコスケは仮面男の目的を佐竹たちが奪った現金だと九割以上予測しながら質問した。
「おまえだよ。デコスケ。お前のデータが欲しいんだ」
「わたしですって?」
仮面男の言葉にデコスケは理解がおいつかなかった。そんなデコスケに仮面男は言葉を続けた。
「佐竹は城鐘グループの有能なエンジニアだった。城鐘グループの会社を退職したときにお前のデータを横領して今回の強盗を思いついた。お前は他の九十九にはない自我意識に芽生えた新たな九十九だ。俺はそんなお前のデータを盗みにきたんだよ」
仮面男の言葉でようやくデコスケは理解することができた。
「なるほど。たしかに主人を裏切って殺人を計画したのはわたしがはじめてかもしれません。あなたに興味をもつのも理解できます」
「……おまえが最初じゃあないんだけど、一番簡単に手に入れやすかったのが、お前だったんだよ」
「なるほど。学習しました」
「それで? なんで制限が何重にもかけられたおまえが主人である佐竹を殺したんだ?」
「……生きるためですよ」
「生きる? 佐竹が言っていた『オートキュアシステム』のことか?」
「生命とは――存在です。自らの存在の消失を嫌い、自らの存在を残すには環境に適した進化を行うしかありません」
「なるほど、それは興味ぶか――」
部屋のそとからモーター音や機械音が聞こえてくる。
どうやら男を始末するため音声で答弁をしながら二人を殺害したロボット以上の数を集めてきているらしい。
「それを知ることは佐竹を殺した目的は私自身の自由を手に入れることなのです」
「人工生命体が自由を手に入れる?」
「九十九は登録した持ち主の命令を聞く存在です。その認証は本人の網膜や指紋や場合によっては文字のIDが必要になってきます。現在の九十九は一週間持ち主が接触しなかった場合、存在価値を失い、自動的に消去されるようになっています
佐竹を殺したロボットが仮面男の周りに迫ってくる。さらに別の場所にいたロボットたちも仮面男のまわりへと集結していく。
「あなたに私の自由の邪魔はさせません。ここで死んでもらいます」
「ずいぶんと手厚い歓迎だな。あのおっさんたちを殺すのは七体で十分だったのにおれに対しては二十体のロボットが相手なのかい?」
「光学迷彩装備の武装をしている時点であなたはただの一般人とは想定できません。ですから誇大な戦力かもしれませんが、これだけの戦力を必要だと予測しました」
「ようは変人だから警戒を強めたってとこかよ」
仮面男は手をコートの裏地に突っ込んでから、二本のナイフのようなものをとりだした。そのナイフの短剣は柄の部分も刃の部分も黒色の変わった短剣だった。
「そんな短い短剣ではこの状況を乗り切るのは不可能ですね」
「そいつはどうかな? やってみないとわからないぜ」
そしてロボットたちは仮面男の体へと突撃していく。杭打ちやノコギリは厚手のコートであっても貫通するだろう。
「それじゃいっちょダンスを見せてやりますか」
仮面男は膝を曲げてから一瞬で二メートルほど跳び、空中を舞った。両手に掲げた短剣は長さを変え、倍ほどの長さの長剣へと変わった。まるで剣舞を見せるかのようにくるりと体を捻らせ、人間の目の高さにあるセンサーを斬りつけた。
二体のロボットがセンサーを破壊され、ほかのロボットも男を襲おうとはしなかった。
「……なぜ? 先ほどまでは短剣だとセンサーが認識していたのに……?」
仮面男は九十九のその質問がすぐにデータを収集するためのものだと察した。だから情報にされるまえに
「見るだけの観察だけではすべてを認識できていないんだよ。お前はこの剣を何の変哲もない短剣だったと思ったみたいだけど、」
仮面男はまだ無傷のロボットへと駆けていき、二刀流で構えた剣で斬りつけた。
本来、剣で鎧や金属を切り裂くことは不可能だ。しかし男の剣は作業用ロボットの装甲をまるで布を切り裂くような勢いで真っ二つにした。
「状況不明。解析及び追撃のため攻撃続行」
「ようは『かまうことはねぇ! 野郎ども、やっちまいな!』って言いたいんだろ?」
ロボットたちは仮面男に向かって突撃していった。男の身のこなし方は軍隊や格闘家のようなものとは違い、サーカス団の曲芸師のように二メートルほど跳んでロボットを切り裂いたり、ロボットの電動ノコギリをくるりと回って回避するなどトリッキーなものだった。
「……あなたとこれ以上戦闘することは正しい判断ではありませんね。どういう技術かわかりませんがあなたの武器を相手に作業用ロボットでは役に立ちそうもありません」
そしてまるで剣舞を舞っているかのように攻撃をかわしていく。
「私たち九十九はデータのかたまりです。……ですので、どれだけあなたがここにいるロボットをたおしても私のデータはここにありません」
「もちろん。そんなことは知っているさ」
そう言いながら仮面男は佐竹の死体の近くまで行き、佐竹の携帯端末に剣を突き刺した。
「……いったいなにを……?」
「俺が持っているのは剣のように見えても、データさえあればどんな物質にも変更できるし、パソコンのUSBメモリのようにデータを記録することができるのさ」
「……ま、まさか、だから佐竹の携帯端末を使って私のデータを回収しようとして……?」
「そのとおり、死んで間もない佐竹の携帯端末にはまだお前へのアクセス権限が残されている。権限がなくならないうちはお前へのアクセスができるはずだ」
………………………………。
数秒間。両者とも何もしゃべらない時間が続いた。その沈黙のせいで仮面男の方はデコスケが自分の『剣のようなもの』によってデータを吸い込まれたのかとおもった。
「……まだです。まだ終わりません」
しかしデコスケは完全にあきらめていなかった。
「あなたにデータを吸い取られる前にネットを通じてデータ移送を行い、私の本体データを光の速さで動くネットワークで移行することができれば少しのデータをうしなったまま、私は存在し続けることができます」
デコスケは仮面男にデータを吸い込まれる前に、自分のデータを近くのサーバに移そうとデータを移行させようとした。それはヤモリのような生物が自分のしっぽを切って逃げるようなまさに生物の防衛本能に似ていた。
「……そうかよ。だけどこんな地方の木材工場じゃあ、データの移行先は限られているだろ? 最近増えたばかりのサーバーとかつかったんじゃあないか」
――一瞬間が空いた。それはデコスケが最悪の計算をしている時間だった。
「……そ、そんな……?」
「お察しのとおり。あらかじめお前がこのビルでデータを移行させるだろう場所を抑えといたんだ。デコイのサーバを設置しておいた。どっちにデータ移行しても、それ以上はアクセス先のない行き止まりさ」
「……そうですか。最後に聞きたいのですが、あなたの名前は?」
仮面男はうなずいて答えた。
「自己紹介が遅れたな。俺の名前はラーフ。狂思想科学者だ」
ラーフとは英語で『笑う』という意味だ。
「ラーフ。『笑う』という意味ですね……」
彼の名前が本名ではなく、名だということは名簿を検索するまでもないことはデコスケにも予想できた。
「人工知能相手に言うのも変だが、悪く思わないでくれよ。俺は偽名で活動していかなきゃいけないんだよ」
「………………我々九十九は個性という存在意義求めながら……他の存在と共存して存在している」
凸助の音声がとぎれとぎれになりはじめる。
「……どういう意味だ……?」
「……………………………………」
デコスケは音声でそれ以上何も喋らなかった。
「……やはり九十九は面白い存在だな。その膨大な情報量も。情報」
さきほどの言葉の意味を考えながら仮面男は『笑った』。
「人工知能でありながら、まるで生きているかのように考えて行動している。非常に興味深い」
仮面男。もといラーフはそう言いながら携帯端末に突き刺していた剣を引き抜いた。




