表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

無い物ねだり

お久しぶりです。

さあいつも通り、頭の中は空っぽに。




学園の中の自主学習室の1つ。

机などを取り除いた広い空間では、2人の女子生徒が並んで立っている。それを邪魔せぬように壁際に侍女と騎士が数名存在感を殺して立ち、2人を見守っている。


授業も終わった後、数時間この状態が続いている。……正確には、


「はい。ではステップも何とか覚えてきたようなので、再度ワルツから通して参りましょう」

「ま、まだやるんですかっ!?もう2時間ずっとやってるじゃないですかぁ!」


淑女の必需技能。ダンスレッスンである。

一応補足しておくが、汗だくでへたり込む少女とすました顔で疲れた様子もなく佇む少女は、同じだけの運動をしている。なんなら疲労を見せない少女の方が、手本やらの関係で倍は動いている。


「あら。きちんと適度に説明、矯正のために休憩は入れましたわ」

「で、でもでも、もう足が痛いですしっ!」


そう喚く少女の足を見れば確かに、靴ずれで赤くなってしまっている。掠れすぎたのか傷になりかけている場所もあるようだ。


「淑女たるもの、例え足から流血しようが、脚をくじいていようが、剰え、折れたとしても、ドレスで隠して誰より優美に笑って踊らなくてはなりません。

王子の隣に立ちたいのなら、尚更」


リトリスの言葉に足元を見て、新入生……リィディは息を詰まらせた。リトリスは、少しやりにくさを感じる。嫌な子ではない事も、優しい子であることも、努力が出来る人間であることも、数週間指導していれば、分かった。


だから余計に、嫌だった。多分そう思う理由には、物語の中で、王子がこのリィディに惹かれていたという情報を知っているのが大きい。

そういうところに惹かれたのだろうと思うから。

自分はその立場故に、努力すら悟られてはいけない。全ての人に対して、最初から最後まで完全無欠、水の上の白鳥でなくてはならない。

リィディと同じように、いや、それ以上の努力をしていようが、それを見せるわけにはいかない。


(……無い物ねだりね)


私情をなんとか頭から追い出して、リィディの為のもっと効率良いやり方がないかと模索する。


リィディは平民故に、今まで型の決まっている貴族のダンスをした事がなかった。その為基礎から教えてやっと実践でステップを辿々しくも踏めるようになってきたばかり。慣れない事をすれば不可抗力で怪我……というか、足の皮が剥けたり、傷が出来たりする。致し方ない普通のこと。貴族ならば誰でも幼い頃に通る道。王子妃になるなら、避けて通れない事柄の一つだ。


自分がしてきた経験から、最短の最短を行く淑女教育を既に実施している。ダメだと思えば細かく修正を繰り返している。結果が中々伴わないが、結果を出すまで見届ける気は勿論ある。


だからもし今以上に必要なものがあるとするなら、信じられるのは自分だけ、つまり、彼女自身がもっと必死になってもらわなければ、これ以上の成果が見込めない。


「貴女の目標は、淑女の鑑(私)を超えた先にしか存在しない。

私は、貴女に協力していただく以上、貴女にも幸せであっていただきたい。

誰からも認められる王子妃にはなれずとも、誰かには認めてもらえる王子妃になって欲しいです。


そのための努力は、惜しみませんわ」


周りに配置されている護衛と侍女、そして入口を守っている護衛たちは皆、リトリスの私兵であるので、こんな話をしても問題はない。言い方を変えると、このくらいの警備体制を敷いて、その会話が信頼のおけるものたちにしか届かない事を確認した上でしか、こんな発言はしてはならないのだ。


それをリトリスの前にいる少女は、きっと理解していない。理解する必要が無い。……まだ、今は。


「……リトリス様は、王子が好きなんですよね?なんで、私に協力してくれるんですか?婚約破棄、ですよ?怖くないんですか?」


(怖い?

……そうね、普通に考えれば、怖いでしょう。

リィディさんとの契約書にも書いてある通り、彼女がありもしない罪を告白して、私の実家自体に責任が及ぶことはあり得ませんが、……私自身は今までを全て無に還すことと同義ですし。


けれど……)


「……好きとか、そういった感情はさておいて。

その程度であの人を救えるのなら、安いものではないかしら?」


リトリスは、息をする様にそう思う。


恋心を壊した相手にも関わらず、八つ当たり以外の何も意図していなかったことだとしても、確かに、王子は、暗い部屋で息をするだけの自分が外に出て、友人を作って、淑女の鑑だなんて言われる程の人物になる機会をくれた。とてもとても、大きな事。


罪滅ぼしどころか、逆に大きな恩を受けてしまった。


「これが私の罪滅ぼしで、恩返し」

「罪……?」

「私、その昔、幼い王子の淡い初恋を無惨にぶち壊した事がございますの」

「え」

「あの時の事を微塵も後悔していませんが、

もし婚約者の座に姉が収まっていたならば、勝手にリィディ様をいじめる悪役かつ、ヘリオス様を王位から外すだけの要因になり得たのかもしれませんね」



それだけ言うとリトリスは控えていた侍女たちに合図を送る。戸惑うリィディを持ってこさせた椅子に座らせ、侍女たちは足の手当てを始めた。


「……今日はこれまでにしましょう。私も予定がございますから」



部屋を出て、颯爽と寮への長い道のりを歩くリトリスの姿を見て、生徒たちが足を、話を止める。その一挙一動が見るものには完璧に映る。頭の天辺から指の先まで、優美で一部の隙もない。媚びることも、綻びることもない、完璧の中の完璧。至高の淑女。


「ねえご存知?最近あの方の近くを特待生が彷徨(うろつ)いているとか……」

「まあ怖い!取り入ろうとしているのが見えすいておりますわね」

「あら?私は、あの方が嫉妬から彼女を虐めているという噂を耳にしたのですが……」

「なんて恐れ多いの?あの方はそんな事なさいませんわ。ほら、今度の創立祭ではダンスが必須でしょう?けれど……あの特待生は平民ですもの」

「ダンスのステップすらまともに踏めずに、指導の夫人に見捨てられたのを、あの方が手を差し伸べたのよ」

「それから毎日のように授業後、サロンでご指導いただいているとか」


リトリスの悩みの種のうちの1つはこれである。きちんと悪い噂を流しているのに、何故か良いように解釈されてしまうのである。普通は尾鰭や背鰭が付いて、迅速に悪役に仕立て上げてくれるはずなのだが、今のところ全くうまくいかない。

だからと言って練習風景を見せてその時わざと厳しくしても、リィディの上達には繋がらないので時間の無駄。


馬車に乗り込み考えている間に実家に着く。

普段寮で生活しているものの、たまには帰って姉の様子や家の浪費具合を見なくてはならない。


「あら?リトリス?」

「……ご機嫌よう、お姉様」

「久しぶりね!最近王子と会っていないようだけど、そんな事で大丈夫なのかしら?まあ、私は王太子妃になるから家は安泰ですけど」

「第一王子殿下とは仲がよろしいようですね、安心いたしました。……どちらへ?」

「友だちと観劇に。少し遅くなるわ」

「そうですか。相変わらず、社交性に溢れてらして、憧れますわ。行ってらっしゃいませ」


笑顔で送り出すものの、リトリスの目は笑っていないし、もちろん憧れなど微塵もない。言葉の裏を読めない為、褒め言葉としてだけ耳に残っているのだろう。都合の良い聴覚だ。

姉はまたドレスと小物を新調したのか、ご機嫌な様子で待たせてある馬車に乗り込んでいった。リトリスが目配せだけで尾行を支持すれば、速やかに執事と侍女が動く。この尾行、素人に毛が生えたレベルであるが姉は気付かない。


「……新調したのは?」

「ドレスだけです。小物は全て王子からの贈り物だと。毎度質の良い髪飾りや手袋・傘なので、ドレスを合わせるのが大変なのですが」

「……もう少し、耐えて頂戴。私個人の資産から幾らか使っても良いから。

帳簿は?」

「お部屋に用意してございます」


リトリスは父親や義母に挨拶をしてから帳簿を確認する。家の財政、主に姉の関連の出費と、別冊で姉が贈りものを受け取った日付と物の確認を。


「……多い」


(贈り物が多すぎる。第一王子から溺愛されているのだとしても、あちらが贈り物に予算を使い過ぎている。大体、通常の2倍……。)


「贈り物を確認するわ」


姉の部屋に隣接する衣装部屋に向かえば、連絡を受けた侍女頭を中心に贈り物を来た順に並べる。不思議なことに、重たくならない程度に上手くレースや透かしの技術を使って作られた黒や青色を中心とした上品でシンプルなデザインの小物と、花をモチーフにした派手なタイプのドレスと対になるハットという2つの系統にきっぱり分かれている。

しかも、小物の方が断然多い。比率的には1.5倍くらいだろうか。


「……宰相に財務の事で問い合わせと、王子方には贈り物は月一以下にと伝えなくてはね」


家で散財を抑えている意味がなくなってしまう。王子からの贈り物は総じて国家予算から出ている。国家予算とは即ち国民の血税。何一つ無駄にして良いお金など無い。


「家の財政状況は把握したわ。問題なのはお姉様の出費だけね。衣装部屋の中の贈り物以外でお姉様がもう着ないドレスはリメイクして、シンプルなデザインにして頂戴。週末に商談に行くわ。マダム達に連絡を。それと……」


頼んでもいない親切さん(リィディを虐めている令嬢)には、早々に罰を受けていただきましょう。


ヘリオス様には前払いで少しだけ働いていただくことになりますが、まあ……何だかんだあの方は私に甘いのでどうとでもなるでしょう。


……そう合理的に考えて、しかし、リトリスは今から自分が頼もうとしている事に関して、感情的な曇り…目的の為とはいえ起こるであろう結果に対して、隠しきれない苛立ちを抱く自分に気付いて、自嘲って(わらって)しまった。

けれど直ぐに取り繕って、自室でペンをとる。


大好きだった姉に対する王子の恋心を不敬罪覚悟でへし折ったとき同様、好きな人の為にやれる事であれば何だって出来るでしょうと、自分に問いかけて。




リトリスが書いた手紙は、速やかに宛先へと届けられた。

内容は大きく分けて3つ。

王子からの贈り物の手袋や髪飾りなどが姉に届き過ぎているので、予算の確認を要する旨。

特待生の困りごとが増えてきているので、環境改善の努力をする為、暫く私は王城に向かえない旨。

そして最後に、近々行われる学園の創立祭の舞踏会では身分の差に対する偏見を持たない王子アピールの為に、1年の特待生のエスコートをという旨。


「……うわぁ」


珍しく婚約者から届いた手紙を嬉しそうに開き、読み進める毎に顔が暗くなり、最終的に落ち込んだ様子で主人が差し出した手紙を、とある側近は受け取り、目を通して心底同情した。


読了ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ