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探求者とエルフの里

※話の流れには特に関係無いですが、前話に少し加筆しました








 マズディルが到着した直後である。

 何事かエイリアンが囁いたかと思うと、闇の精霊が頷き、そして――その場に居る全員の視界が暗転した。


 そして、長くも短い白昼夢を見た。









 精霊の都が、まだエルフの里であった頃。


 八人の賢者は、彼らの死後も里を半永久的に守るシステムを作り上げた。

 精霊を閉じ込め、その力を吸い上げ、結界を維持するエネルギーにする。

 仕組みそのものは、単純なものである。


 だが、闇の精霊は――人の心の闇を、負の感情を吸って力を増す精霊だ。


 その闇を生み出すために、賢者たちはなにをしたか。

 これもまた、単純な話である。


 ――ダークエルフを、徹底的に虐げたのだ。


 賢者たちはまず小規模な災害を人為的に起こし、その原因が闇に染まったダークエルフであると噂を流し、少しずつ彼らに対する不信感を高めた。

 巧みに感情を操って、ダークエルフを“悪”に仕立てあげていく。

 元々あまり仲が良くなかったエルフとダークエルフの確執は深まるばかりで、そして――あるとき、爆発した。

 原因は、賢者たちの起こしたものではない、モンスターの襲撃である。

 どうにか撃退はしたが、幾人もの命が失われた後、やり場のない怒りはダークエルフたちに向けられた。――向けるように、賢者たちが誘導したのだが。


 ――ダークエルフが里に災いを齎す。

 ――やつらを殺せ。

 ――いや、殺すだけでは生ぬるい!


 次々に、怨嗟の声があがった。

 そこまでくれば、もはや何もせずとも事態は進む。


 ダークエルフたちは次々に家から引きずり出され、広場に集められた。

 まず最初に、エルフやダークエルフが最も大切にする部位――耳が削ぎ落とされた。

 ある者は鼻を削がれ、ある者は目を潰され、あるいは舌を切られ、傷口は焼かれた。

 まともな顔のままの者はひとりも居なかった。

 そしてごく一部を除いて、ダークエルフたちは火炙りに処された。

 さながら、魔女狩りのように。


 ――その一部とは、ひとりの賢者と、彼と共に里を出た数名である。

 八人の賢者の中で、彼は唯一のダークエルフであった。

 彼は信頼する仲間たちに後を任せ、甘んじて拷問を受けた後、ひっそりと数人のダークエルフを連れて里を出た。

 嫌になった訳でも、命を惜しんだ訳でもない。それもまた計画の内である。


 逃げたダークエルフたちと、その後生まれた子孫。

 賢者たちの目論見通り、憎悪や悲哀――彼らの負の感情は大量に里に供給された。ダークエルフの賢者は、彼らが里を憎むことを止めなかった。ただ、森の中にささやかな集落を作り、隠蔽と魔物避けのまじないを残して、ある朝目覚めないまま亡くなった。


 また、エルフたちがダークエルフを蔑む心も、精霊に力を与えた。


 いくつもの大切なものを生贄にして、里の守護は安定したのである。



 やがて精霊の力は余り、地下から漏れ出るようになった。

 時にその力は、精霊と近しい――つまり神官としての才能が高いエルフや、闇の魔力への親和性が高かったエルフたちの姿をダークエルフと同じものに変えた。

 彼らは賢者に縋ったが、かつてのダークエルフと同じ扱いを受け、やはり、殆どが殺された。僅かに逃げた者たちは、既に里の外に小さな集落を作っていたダークエルフと合流して暮らし始めた。


 やがて安全になった里には、エルフ以外の妖精種たちも多く集まった。

 守護する範囲が広がって負担も増えたのだが、それ以上に心の闇の供給が増した。

 彼らにもエルフと同じ現象が起きていたし、何より人が集まればさまざまな感情のやり取りも増えるのだから、当たり前である。


 賢者のうち1人が、里長の家系に婿入りして新たな長となり、里を“シャラ・エル・ラドール”と改名した。

 長の一族を王族として、千年法典と呼ばれる根本規範を作り上げ、国としての体制を整え、妻との間に数人の子供を残し――ある朝、唐突に消えた。


 他の賢者たちも同じように失踪していった。

 罪の重さに、耐え切れなかったのかもしれない。



 その後、その秘密は国王と、精霊を監視する“守護人”の役を賜った者にのみ知らされるようになる。

 ダークエルフの里には賢者の日記が残されるが、誰も読むことのないように、厳重に保管された。


 ダークエルフの尊厳と、エルフの穢れ無き心を生贄に、八人の賢者はいびつなシステムを作り上げ、里の平和を手に入れたのだ。









 はっ、とラドウィルが目を覚ます。

 じっとりとした汗で髪が頬に張り付き、不快感に眉根を寄せる。心臓はばくばくと音を立て、指先は冷たい。

 ――しかも、凄まじく嫌な夢だった。まるで、この都市の記憶のような、ひどく後味の悪いリアルな夢を。


 目を開くとそこは何故か外で、しかも兄弟たちや、つい先日知り合った友人が居る。

 どうしてだろうか――と思ったが、それよりも気になったのは彼らの表情だ。


「……三河!?」


 静まり返っていた場に、唐突に響く声。

 全員の視線が集まった先には、真っ青になって倒れかけ、サカサマに支えられている三河の姿があった。


「少々、刺激が強かったようですね」

「……ったり前だろ馬鹿! 14の娘に何見せてやがる!」


 声を荒げたのはサカサマだった。だが、彼もまた顔色は悪い。

 ダークエルフを迫害するシーンも、モザイク無しではっきりと見せられたのだ。しかも質の悪い事に、目を閉じることも出来ない。

 ただでさえ三河は探知ディテクトの所為で頭が重かったところなので、なお悪い。

 意識はまだあるようだが、サカサマに寄りかかって動こうとしない。かなり打ちのめされたようである。


「ああ、そうでした。申し訳ありません――では、宿に戻っていてくださいますか」

「断る」

「でしょうね。言ってみただけです」


 にやりと僅かに意地の悪そうな笑みを見せる。常に優しげに微笑んでいる彼には珍しい表情だが、一瞬で掻き消えた。


「では、せめて眠っていて貰いましょう。……できますか?」

『はい!』


 元気よく返事をした闇の精霊が、靄のようなものをずるりと伸ばす。反射的に避けようとしたサカサマだが、靄は寄りかかっている三河だけを包み込んですぐに離れた。


「何して――うおっ!?」


 寄りかかっていたとはいえ、少しは力が入っていたらしい。

 靄が離れた瞬間、ずるりと更に重くのしかかって来た三河を慌てて支える。今度こそ眠ったらしく、手足に力が入っていない。


「という訳で、場所を改めましょうか」

「いや、何で眠らせる必要があるんだよ……」

「14歳の少女の耳に入れたくない話もあるので」

「あんなの見せておいてよく言うな」


 まだ怒っている様子ながら、その言葉には従うらしい。

 眠ったままの三河を抱き上げると、サカサマは漸く起き上がったラドウィルと、唇を引き結んでいるマズディル、その少し後ろで無表情のまま立っているアルティノを順番に見た。

 しかし、声は掛けない。


「……エイリアン。どこで話すんだ?」

「すぐ下ですよ」


 ぱちん。

 指を鳴らす音が響くと、視界はまた一変した。








という訳で、エルフの里の過去話です。ブラックです。長いです。


大人の話になるので、14歳には退場していただきました。

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