探求者とエルフの里
※話の流れには特に関係無いですが、前話に少し加筆しました
マズディルが到着した直後である。
何事かエイリアンが囁いたかと思うと、闇の精霊が頷き、そして――その場に居る全員の視界が暗転した。
そして、長くも短い白昼夢を見た。
◆
精霊の都が、まだエルフの里であった頃。
八人の賢者は、彼らの死後も里を半永久的に守るシステムを作り上げた。
精霊を閉じ込め、その力を吸い上げ、結界を維持するエネルギーにする。
仕組みそのものは、単純なものである。
だが、闇の精霊は――人の心の闇を、負の感情を吸って力を増す精霊だ。
その闇を生み出すために、賢者たちはなにをしたか。
これもまた、単純な話である。
――ダークエルフを、徹底的に虐げたのだ。
賢者たちはまず小規模な災害を人為的に起こし、その原因が闇に染まったダークエルフであると噂を流し、少しずつ彼らに対する不信感を高めた。
巧みに感情を操って、ダークエルフを“悪”に仕立てあげていく。
元々あまり仲が良くなかったエルフとダークエルフの確執は深まるばかりで、そして――あるとき、爆発した。
原因は、賢者たちの起こしたものではない、モンスターの襲撃である。
どうにか撃退はしたが、幾人もの命が失われた後、やり場のない怒りはダークエルフたちに向けられた。――向けるように、賢者たちが誘導したのだが。
――ダークエルフが里に災いを齎す。
――やつらを殺せ。
――いや、殺すだけでは生ぬるい!
次々に、怨嗟の声があがった。
そこまでくれば、もはや何もせずとも事態は進む。
ダークエルフたちは次々に家から引きずり出され、広場に集められた。
まず最初に、エルフやダークエルフが最も大切にする部位――耳が削ぎ落とされた。
ある者は鼻を削がれ、ある者は目を潰され、あるいは舌を切られ、傷口は焼かれた。
まともな顔のままの者はひとりも居なかった。
そしてごく一部を除いて、ダークエルフたちは火炙りに処された。
さながら、魔女狩りのように。
――その一部とは、ひとりの賢者と、彼と共に里を出た数名である。
八人の賢者の中で、彼は唯一のダークエルフであった。
彼は信頼する仲間たちに後を任せ、甘んじて拷問を受けた後、ひっそりと数人のダークエルフを連れて里を出た。
嫌になった訳でも、命を惜しんだ訳でもない。それもまた計画の内である。
逃げたダークエルフたちと、その後生まれた子孫。
賢者たちの目論見通り、憎悪や悲哀――彼らの負の感情は大量に里に供給された。ダークエルフの賢者は、彼らが里を憎むことを止めなかった。ただ、森の中にささやかな集落を作り、隠蔽と魔物避けのまじないを残して、ある朝目覚めないまま亡くなった。
また、エルフたちがダークエルフを蔑む心も、精霊に力を与えた。
いくつもの大切なものを生贄にして、里の守護は安定したのである。
やがて精霊の力は余り、地下から漏れ出るようになった。
時にその力は、精霊と近しい――つまり神官としての才能が高いエルフや、闇の魔力への親和性が高かったエルフたちの姿をダークエルフと同じものに変えた。
彼らは賢者に縋ったが、かつてのダークエルフと同じ扱いを受け、やはり、殆どが殺された。僅かに逃げた者たちは、既に里の外に小さな集落を作っていたダークエルフと合流して暮らし始めた。
やがて安全になった里には、エルフ以外の妖精種たちも多く集まった。
守護する範囲が広がって負担も増えたのだが、それ以上に心の闇の供給が増した。
彼らにもエルフと同じ現象が起きていたし、何より人が集まればさまざまな感情のやり取りも増えるのだから、当たり前である。
賢者のうち1人が、里長の家系に婿入りして新たな長となり、里を“シャラ・エル・ラドール”と改名した。
長の一族を王族として、千年法典と呼ばれる根本規範を作り上げ、国としての体制を整え、妻との間に数人の子供を残し――ある朝、唐突に消えた。
他の賢者たちも同じように失踪していった。
罪の重さに、耐え切れなかったのかもしれない。
その後、その秘密は国王と、精霊を監視する“守護人”の役を賜った者にのみ知らされるようになる。
ダークエルフの里には賢者の日記が残されるが、誰も読むことのないように、厳重に保管された。
ダークエルフの尊厳と、エルフの穢れ無き心を生贄に、八人の賢者はいびつなシステムを作り上げ、里の平和を手に入れたのだ。
◆
はっ、とラドウィルが目を覚ます。
じっとりとした汗で髪が頬に張り付き、不快感に眉根を寄せる。心臓はばくばくと音を立て、指先は冷たい。
――しかも、凄まじく嫌な夢だった。まるで、この都市の記憶のような、ひどく後味の悪いリアルな夢を。
目を開くとそこは何故か外で、しかも兄弟たちや、つい先日知り合った友人が居る。
どうしてだろうか――と思ったが、それよりも気になったのは彼らの表情だ。
「……三河!?」
静まり返っていた場に、唐突に響く声。
全員の視線が集まった先には、真っ青になって倒れかけ、サカサマに支えられている三河の姿があった。
「少々、刺激が強かったようですね」
「……ったり前だろ馬鹿! 14の娘に何見せてやがる!」
声を荒げたのはサカサマだった。だが、彼もまた顔色は悪い。
ダークエルフを迫害するシーンも、モザイク無しではっきりと見せられたのだ。しかも質の悪い事に、目を閉じることも出来ない。
ただでさえ三河は探知の所為で頭が重かったところなので、なお悪い。
意識はまだあるようだが、サカサマに寄りかかって動こうとしない。かなり打ちのめされたようである。
「ああ、そうでした。申し訳ありません――では、宿に戻っていてくださいますか」
「断る」
「でしょうね。言ってみただけです」
にやりと僅かに意地の悪そうな笑みを見せる。常に優しげに微笑んでいる彼には珍しい表情だが、一瞬で掻き消えた。
「では、せめて眠っていて貰いましょう。……できますか?」
『はい!』
元気よく返事をした闇の精霊が、靄のようなものをずるりと伸ばす。反射的に避けようとしたサカサマだが、靄は寄りかかっている三河だけを包み込んですぐに離れた。
「何して――うおっ!?」
寄りかかっていたとはいえ、少しは力が入っていたらしい。
靄が離れた瞬間、ずるりと更に重くのしかかって来た三河を慌てて支える。今度こそ眠ったらしく、手足に力が入っていない。
「という訳で、場所を改めましょうか」
「いや、何で眠らせる必要があるんだよ……」
「14歳の少女の耳に入れたくない話もあるので」
「あんなの見せておいてよく言うな」
まだ怒っている様子ながら、その言葉には従うらしい。
眠ったままの三河を抱き上げると、サカサマは漸く起き上がったラドウィルと、唇を引き結んでいるマズディル、その少し後ろで無表情のまま立っているアルティノを順番に見た。
しかし、声は掛けない。
「……エイリアン。どこで話すんだ?」
「すぐ下ですよ」
ぱちん。
指を鳴らす音が響くと、視界はまた一変した。
という訳で、エルフの里の過去話です。ブラックです。長いです。
大人の話になるので、14歳には退場していただきました。




