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第一話「世界最強の勇者、ゴブリン退治を依頼される」

主人公は佐伯勇人さえき・ゆうと、27歳。大学を中退してから定職に就けず、現在は駅前のコンビニ「スマイルマート」で時給1,300円のアルバイトをしている。仕事は決して器用ではなく、レジの金額を間違え、公共料金の処理でもたつき、品出しをすれば商品の列を逆に並べる。店長の黒田からは毎日のように注意され、17歳の女子高生アルバイト小川美咲からも「佐伯さん、またやったんですか」と笑われている。


ところが勇人は、眠ると別の世界へ行く。


そこでは名前を勇者ユートといい、レベルはなんと128。


この世界ではレベル50を超えれば一流、70で英雄、そしてレベル80前後の魔族なら「人類滅亡級」と恐れられる。それなのに、ユートの仲間たちは全員レベル100を超えている。


剣闘士ガイラス、Lv.119。巨大な剣を片手で振り回し、城壁すら一撃で斬る。


拳闘士バルガ、Lv.115。素手でドラゴンを殴り倒す豪傑。


僧侶セレス、Lv.107。瀕死の人間どころか、死後数分程度なら蘇生すら可能。


魔法使いリリシア、Lv.123。国家一つを焼き尽くしかねない超級魔法を使うため、普段は威力を千分の一以下に抑えている。


そして勇者ユート、Lv.128。


五人が揃うと、世界には事実上まともに戦える敵がいない。


問題は、彼ら自身がそのことにあまり気づいていないことである。


魔王を討ち取った後も、「世界にはまだ強大な悪が存在するはずだ」と旅を続けているが、実際にはレベル80を超える魔族からすれば、五人が歩いてくるだけで国家非常事態である。


そして毎回、異世界で事件を解決した直後――。


勇人は現実世界で目を覚ます。


夢の中では世界最強。


現実では。


「佐伯君、肉まんのボタンとあんまんのボタン、また間違えてるよ」


と店長に怒られる。

第一話「世界最強の勇者、ゴブリン退治を依頼される」


勇者ユートは、その日、世界を救った。


正確に言えば、世界を救ったのは三日前だった。


人類と魔族が三百年以上にわたって争い続けた大戦争。その頂点に立っていた魔王グラディオスを、勇者ユートと四人の仲間たちが倒したのである。


魔王グラディオス。


レベル87。


歴代魔王の中でも最強と恐れられ、一晩で三つの城塞都市を陥落させ、十万人の兵を擁する帝国ですら正面から戦うことを避けた伝説級の存在だった。


人類は、その魔王を倒すために勇者を召喚し、数十年かけて英雄を育て、世界各国が莫大な資金を投入してきた。


ところが。


勇者ユート一行が魔王城へ到着してから魔王が死亡するまでにかかった時間は。


十五分だった。


そのうち七分は。


「魔王ってどこにいるんだ?」


と城内で道に迷っていた時間である。


さらに三分は、拳闘士バルガが魔王城の厨房で肉を見つけて食べていた時間だった。


実際に戦っていた時間は。


五分にも満たない。


しかも最後は、勇者ユートが放った必殺技ではなかった。


魔王が後退したところへ、魔法使いリリシアが何気なく放った中級魔法《炎球》が直撃した。


それで終わった。


リリシア本人は。


「え?」


と言った。


勇者ユートも。


「今のが魔王?」


と聞いた。


剣闘士ガイラスは倒れている魔王を見下ろして、


「影武者じゃないのか」


と疑った。


僧侶セレスが魔王の死亡を確認し、ようやく全員が理解した。


本物だった。


世界最強の魔王は。


リリシアの中級魔法一発で死んだ。


理由は単純だった。


勇者ユート、レベル128。


魔法使いリリシア、レベル123。


剣闘士ガイラス、レベル119。


拳闘士バルガ、レベル115。


僧侶セレスですらレベル107。


対して魔王。


レベル87。


魔王が弱かったわけではない。


勇者たちがおかしかったのである。


ただし。


本人たちは。


あまり理解していなかった。


「魔王を倒したからって、世界から悪が消えるわけじゃない」


魔王城から帰る途中、ユートは真剣な顔で仲間たちへ語っていた。


「どこかには、魔王以上の敵がいるかもしれない。俺たちの戦いは、まだ終わってない」


ガイラスが重々しく頷く。


「同感だ。魔王程度で気を抜くわけにはいかん」


レベル119の男が言う台詞ではない。


バルガも巨大な拳を鳴らした。


「次はもっと強い奴がいいな。魔王は一発殴ったら壁まで飛んでいったからな」


実際、その一発で魔王の肋骨は十二本折れていた。


リリシアは杖を肩へ乗せた。


「私も久しぶりに上級魔法を使いたいわ。この三年、一度も使ってないもの」


セレスが即座に止める。


「使わないでください。前回、山が一つ消えました」


「山くらいまた生えてくるでしょう?」


「生えません」


そんな五人が。


魔王討伐から三日後。


辺境の小さな村へ到着した。


そこで。


世界を救った勇者一行は。


新しい依頼を受けることになった。


村長は震える手で勇者ユートへ頭を下げた。


「勇者様……どうか、お助けください」


ユートの顔が真剣になる。


「何があった?」


「村の東にある森に」


村長は唾を飲み込んだ。


「ゴブリンが現れました」


沈黙。


ユートは仲間を見る。


ガイラスも真剣な顔をしている。


バルガも腕を組んだ。


リリシアは眉を寄せる。


セレスだけが。


少し嫌な予感を覚えていた。


「数は?」


ユートが聞いた。


村長が答える。


「三匹でございます」


また。


沈黙。


だが。


ユートは笑わなかった。


「三匹か」


「はい」


「村人に被害は?」


「畑の芋を盗まれました」


「なるほど」


ユートは立ち上がった。


「許せないな」


セレスが横から小さく言う。


「勇者様」


「何だ?」


「ゴブリンの平均レベルは四です」


「だから?」


「私たち全員、百を超えています」


「油断するな、セレス」


ユートは真顔だった。


「敵をレベルだけで判断するのは危険だ」


「今回に限っては判断していいと思います」


だが。


誰も聞かなかった。


五人は。


ゴブリン三匹を倒すため。


完全装備で森へ向かった。


その二十分後。


村人たちは。


世界の終わりを見ることになる。


     ◇


森。


ゴブリン三匹。


焚き火を囲んでいた。


「ギャ」


「ギャギャ」


「ギャ」


本人たちとしては。


芋を盗んだ。


それだけだった。


そこへ。


突然。


森全体の鳥が飛び立った。


地面が揺れる。


ゴブリンたちが顔を上げる。


森の奥。


五人。


歩いてくる。


その瞬間。


ゴブリンの一匹が持っていた芋を落とした。


魔族には。


本能的に。


相手の魔力を感じる能力がある。


ゴブリンから見れば。


歩いてくる五人は。


人間ではなかった。


災害だった。


一人目。


レベル128。


意味が分からない。


二人目。


119。


意味が分からない。


三人目。


115。


意味が分からない。


四人目。


107。


意味が分からない。


最後。


123。


もう。


意味を理解することをやめた。


ゴブリン三匹は。


同時に。


土下座した。


ユートが止まった。


「何だ?」


ガイラスが剣へ手をかける。


「罠かもしれん」


バルガも拳を構える。


「油断するな」


ゴブリンは震えている。


一匹が。


盗んだ芋を。


そっと差し出した。


ユートが見る。


「返すのか?」


ゴブリンは激しく頷く。


さらに。


もう一匹が。


自分の袋から。


木の実を出した。


差し出す。


最後の一匹は。


何も持っていなかったので。


頭を地面へ擦りつけた。


ユートは困った。


「どうする?」


ガイラスも困る。


「戦意がない」


バルガも困る。


「殴ったら死ぬな」


セレスが呆れたように言った。


「最初からそう申し上げております」


リリシアが首を傾げる。


「では焼く?」


「焼かないでください」


結局。


勇者一行は。


ゴブリンを殺さなかった。


代わりに。


村長と話し合い。


森の端に。


小さな畑を作った。


ゴブリンたちには。


「芋が欲しければ育てろ」


と教えた。


ところが。


問題が起きた。


拳闘士バルガが。


「畑ってこうやって耕すんだろ」


と言って地面を殴った。


轟音。


地面。


陥没。


直径三十メートル。


村まで揺れた。


剣闘士ガイラスが。


「なら俺が土を平らにする」


と言って剣を振った。


森。


二百メートル。


消えた。


魔法使いリリシアが。


「水が必要でしょう」


と言って水魔法を使った。


小川。


一本。


増えた。


僧侶セレスが額を押さえる。


「皆さん」


そして。


「農業に向いていません」


最後に。


勇者ユートが。


「じゃあ俺がやる」


と言った。


セレスは。


最も嫌な予感がした。


「勇者様」


「任せろ」


「何をされるおつもりですか」


「畑を耕す」


ユートが聖剣を抜く。


レベル128。


勇者専用神器。


聖剣アルディオン。


世界最高峰の武器。


魔王の結界さえ切り裂いた剣。


それを。


ユートは。


畑へ。


振り下ろした。


翌日。


村の東側には。


全長一・八キロメートルの巨大な用水路が完成していた。


村長は。


泣いていた。


嬉しいのか。


怖いのか。


本人にも分からない。


ゴブリン三匹は。


その日から。


村で農業を始めた。


数年後。


この村は。


ゴブリンと人間が共同経営する芋の産地として。


王国最大級の農村へ成長する。


しかし。


その未来を。


勇者ユートは知らない。


事件を解決したその夜。


宿屋で眠ったからだ。


     ◇


――ピピピピ。


音。


勇人が目を開けた。


天井。


白い。


狭い。


異世界ではない。


「……あれ?」


枕元。


スマートフォン。


午前六時十二分。


勇人はしばらく。


天井を見る。


勇者。


魔王。


ゴブリン。


畑。


全部。


消えている。


「またあの夢か……」


佐伯勇人。


二十七歳。


独身。


フリーター。


時給一千三百円。


駅前のコンビニ。


スマイルマート勤務。


七時出勤。


勇人は。


慌てて起きた。


     ◇


午前七時二分。


「佐伯君」


店長の黒田が言った。


「はい」


「二分遅刻」


「すみません」


「それと昨日」


「はい」


「肉まんとあんまんのボタン、逆に押したよね」


「……はい」


横。


制服姿の女子高生。


小川美咲。


十七歳。


笑っている。


「佐伯さん、またですか?」


「間違えることくらいあるだろ」


「三日連続ですよ」


「三日?」


「覚えてないんですか」


勇人は。


少し。


考えた。


夢の中では。


魔王を倒した。


ゴブリンを救った。


村の農業問題まで解決した。


現実では。


肉まんとあんまん。


区別できていない。


黒田店長が。


ため息。


「佐伯君」


「はい」


「もうちょっとしっかりしよう」


「はい……」


美咲が横から言った。


「夢の中では勇者だったりして」


勇人の手が。


止まった。


「……え?」


美咲は笑う。


「冗談ですよ」


「そうだよな」


勇人も笑った。


その時。


店の自動ドア。


開く。


客。


入る。


「いらっしゃいませー」


いつもの朝。


勇人は。


レジへ向かった。


気づかない。


制服のポケット。


そこに。


昨日までなかった。


小さな。


銀貨が一枚。


入っていることに。


第一話 世界最強の勇者、ゴブリン退治を依頼される 了

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