莉々愛お嬢様の事情
俺は今カンコンとラケットとシャトルが立てる音を聞きながら、サクサクとした心地いい芝生の感触を感じつつライトノベルを読むという、丁寧な生活を享受していた。
莉々愛さんは俺を含めたバドミントン特訓初日を終えてからというもの、何やらコツを掴んだのか飛躍的にバドミントンが上達していた。
二日目には半分ぐらいは星羅さん付近にシャトルを返す事ができるようになり、三日目にはそこそこの長さのラリーが出来るようになり、四日目である本日に至っては星羅さんと莉々愛さんのラリーはすでに十分程度続いている。
ここまで一気に上達されてしまうと、俺がアドバイスしたからここまで出来るようになったんだ……なんて自惚れることなんて出来ない。
また、莉々愛さんは家に帰ってからも練習しているのか、指には絆創膏が貼ってあるのが見えるし、星羅さんもそんな莉々愛さんの成長に感化されたのか、俺に莉々愛さんとは出来ない少しレベルの高いラリーを要求してきたが、普通に俺が付いて行けなかった。
というか、普通にもうすでに莉々愛さんのほうが俺より上手いから、俺とラリーをする意味がない。
そして、芝生の上で置物と化した俺がいるってワケ。
「あー!ミスった!」
相変わらず短い無双タイムだったな……としみじみ呟いて居ると、莉々愛さんが少し返球を逸らしてしまっったのか大きな声で言った。
俺が莉々愛さんの唐突な大声に顔を上げると、シャトルは俺の近くにコロンと転がっていた。
俺は転がっているシャトルをつまみ上げて、莉々愛さんに投げ返そうとすると、もうすでに手慣れた様子でシュルシュルとラケットを回しながら莉々愛さんが近づいてくる。
「……ん?これ?癖になってんだ……ラケット回して歩くの」
すると、莉々愛さんは手の中で回すラケットに俺の視線が注がれていることに気がついたのか、何処かで聞いたようなセリフを繰り出してくる。
「へえ、莉々愛さん漫画とか読むんだ」
「まあね〜私としては漫画の話したいし、星羅にもおすすめしてるのに全然読んでくれないんだよね」
星羅さんがそれこそ今読んでいる進撃のタイタンが初めての少年漫画だと言っていたので、自然と莉々愛さんもそういう文化に馴染みが無いのかと思っていたが、どうもそういうわけでもないらしい。
莉々愛さんが進めても読んでくれない、と言う割には、星羅さんが俺の家に来ることになった出来事を思い出すと、案外興味津々だったけどなぁ……なんて思ってしまうが、まあ今はいいか。
「星羅ーちょうどいいし、ちょっと休憩しよー!」
「わかったー!」
近づいてきて軽く俺と世間話をしていた莉々愛さんは、遠くにいる星羅さんに聞こえるように大きな声で言う。
すると、星羅さんも流石に何十分もラリーをして疲れていたのか、首に下げたタオルで額の汗を拭きながら俺の方へと向かってくる。
「マジで莉々愛急に上手くなりすぎでしょ」
「ふふん、お家でも練習してるからね!ママに呼んでもらったバドミントンの家庭教師もいるし!」
二人が俺を挟んで座りながら話すので、俺は居心地の悪さにあぐらから体育座りに移行していると、莉々愛さんの口から何やら聞き慣れない言葉が聞こえてくる。
「家庭教師?ママに呼んでもらった?」
「あれ、オタクくん知らないっけ?莉々愛めっちゃお嬢様なんだよ?家とか超大きいし、家ってかほぼ屋敷」
俺がキョトンとした顔で言うと星羅さんが直ぐに俺に教えてくれた。
へえ……莉々愛さんがお嬢様ねえ……
「なんか、オタクくんが失礼なこと考えてる気がする!」
俺がこれまでの莉々愛さんを思い出して、どうにもお嬢様と結びつかなかったので怪訝な目を向けていると、莉々愛さんがわざとらしく俺の目線から守るように自分の胸を抱いて言う。
「んなこたない。別にお嬢様っぽくねえなあなんて思ってないよ」
「思ってないと出ない言葉だ!」
莉々愛さんはガーンと言わんばかりに驚愕の表情を作る。
こういうところがお嬢様と結びつかないんだよなあ……あまりにも庶民派が過ぎる。
「いや、でもオタクくんの気持ち分かるよ。私も莉々愛の家に初めて行くまで信じてなかったもん」
「えー!星羅もかよ〜」
「だよな」
「うん」
汗と動いていたせいで乱れた前髪を直しながら星羅さんが俺に同意してくれた。
やっぱり莉々愛さんがお嬢様って納得いっていないのは俺だけじゃないんだ!と少し安心した。
「だって莉々愛、ウーバーとか頼むとき置き配噴水前なんでしょ?なんだよ噴水前って」
「ほんとになんだよ噴水前って」
不可思議過ぎる新情報に俺もびっくりして莉々愛さんに聞いてしまった。
「いや、家さ入口いっぱいあるんだけど……私の部屋から庭の噴水が一番近いんだって」
あと普通に噴水分かりやすいじゃん……と呟く莉々愛さんの言っていることは全く意味がわからなかった。
普通に庶民の俺には一生わからない世界なんだろうなぁと思っていると星羅さんが耳元で小さく呟く。
「ちなみに莉々愛の家の庭噴水三つある」
「……プッ、ははは、なんじゃそら」
いよいよ意味がわからなくて吹き出してしまった。
「えっ!なになに?」
星羅さんが耳打ちで言ったせいで、莉々愛さんはいきなり俺が吹き出したように見えるのかキョロキョロと視線を彷徨わせる。
箸が転がるのすら面白いじゃないが、今の俺にはそれすらも面白くて笑いが止まらない。
星羅さんも俺がここまで笑うと思ってなかったのか、つられて笑いだしてしまう。
結局俺と星羅さんが落ち着くまで、ずっと莉々愛さんは困惑したままだった。




