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振動・音響刺激・化学的情報
次に疑ったのは、振動である。
床材を通じた微細振動。
ケース越しの机の揺れ。
人間には無視できるが、昆虫には十分な刺激。
私はケースを持ち上げ、宙に浮かせた。
柔らかい布の上に置き、机との接触を断った。
ピンセットの動作も、できる限りゆっくり行った。
それでも、反応は出た。
さらに、私は自分の耳では聞こえない音を疑った。
ピンセット同士が触れる音。
空気を切る音。
関節の軋み。
だが、ケースや作業台を分断してみても結果は同じだった。
次は、最もそれらしい説明だった。
昆虫は化学感覚の生き物だ。
フェロモン、警戒物質、体表からの揮発成分。
見えず、測れず、だが確実に存在する情報。
前述のとおり、これまでの実験でも化学物質は分断できているので、念のための追試だ。
私はケース内の空気を入れ替えた。
衝立を高くし、空気の流れを意図的に乱した。
一方の個体を隔離し、数分後に戻すことも試した。
だが、同期は起きる。
即時的すぎる。
距離減衰がない。
方向性もない。
フェロモンだと仮定すると、都合の悪い仮定を重ね続けなければならない。




