私はどうして感情を消したんだっけ?
「これからも町内を走り終わったら一真さんに内緒で商店街で買い食いしよう。『これが甘い』とか『これがしょっぱい』とか、俺に分かる事ならなんでも教えてやるから」
お兄ちゃんが涙目になりながら話している。
私の為に泣いているの?
「……お兄ちゃん?」
「大丈夫だ。もう独りで苦しむなよ。真葵は独りじゃないんだから」
「……独りじゃ……ない?」
「真葵が感情を消さないと完全体の駿河様が暴走しそうで怖いって思うなら……安心しろ。俺が止めるから! 真葵が暴れたら俺が絶対止めるから!」
「お兄ちゃんが……?」
パパでさえ苦労したのに……
お兄ちゃんには無理だよ……
「大丈夫……大丈夫だから……真葵が毎日笑って暮らせるようにするから……だから、これからは安心して暮らせ」
「安心して……暮らす?」
「よく頑張ったな……苦しかったよな。辛かったよな……でも……もう大丈夫だ。大丈夫……」
お兄ちゃんが私を抱きしめた……
私の頬に触れるお兄ちゃんの頬が柔らかい。
ツクツクの短い髪は硬いんだね。
四歳から感じた事がなかった『柔らかい』と『硬い』……
ママに触れたらその二つが分かるようになった。
お兄ちゃんが言う通り私の心に被せてある蓋が開き始めたのかな?
瞳を閉じて考える……
でも……
私の中にある『人間を殺したい』っていう感情は、ママに触れられてからも弱くならない。
このまま私の感覚や感情が全て戻ったらどうなるんだろう?
それでもし駿河の殺意を抑えられなくなったら?
私は人間を皆殺しにしたくて堪らない。
人間を皆殺しにしたい気持ちを抑える為に全ての感情を消した?
違う。
駿河の声が聞こえるようになった時に殺意以外の感情がなくなった……
今も私の頭には駿河の『殺す』の言葉が聞こえ続けているし……
人間を殺したい気持ち……
頭に聞こえ続ける言葉……
……?
どうして私は人間を殺さないの?
『完全体の駿河だとバレないように普通の人間の振りをするんだ』ってパパに言われて……
私が人間を殺さなかったのはパパと『普通の人間になる』って約束したから?
どうして約束を守り続けているの?
普通の人間は約束を守るから?
パパは人間……
殺したい対象だよね?
そんな人間との約束を守る必要があるの?
どうして約束を守っているの?
ご褒美が欲しいから?
でも私が欲しいご褒美は『人間を殺す手伝いをパパにしてもらう』だよね?
……それは本当に私の願いなの?
まだ幼かった頃は、普通の人間の振りが上手いとパパが髪を撫でてくれたっけ。
撫でられる感覚は分からなかったけど、パパの手の温もりは感じた。
あぁ……
私はパパに撫でられたくて普通の人間の振りをしていたんだ……
……胸が温かい。
私……
パパの事が大切なんだ……
もしかしてこれが『愛しい』……なのかな?
「……ツクツク駿河」
あれ?
叔父さんの声?
起きたのかな?
でも、かなり怒っているような……




