私は優しい子なんかじゃないよ
「……真葵」
パパが優しく微笑みながら話しかけてきた。
「パパ?」
「小田ちゃんを『お父さん』って呼べないのはパパに気を遣っているから?」
「……私には『気を遣う』がどんなものか分からないよ」
「真葵自身が気づいていないだけだよ」
「……え?」
「真葵は悲しいと心が冷たくなって、嬉しいと心が熱くなるんだ」
「……悲しい? 嬉しい? この胸の温度が……感情?」
「真葵は優しい子だよ。これは演じている優しさなんかじゃない。普通の人間を演じているうちに心が育ったんだよ」
「心が育った?」
「演じていると思っていた真葵の『偽の感情』は……四歳から少しずつ育った『本物の感情』だったんだよ」
「四歳から育った感情? 完全体の駿河になったあの日から私には心なんてなかった……何も感じないし味もしないし……全部演じていたんだよ?」
「演技なんかじゃない。真葵は心から笑っていた。パパが目玉焼きを失敗して真っ黒にした時も、おやつにプリンを買ってあげた時も……真葵は笑っていたんだよ。自分では見えなかっただけなんだ」
「……私が……笑っていた?」
「今も『聞かれてもいい気持ちを作り出している』……そう思っているよね? この部屋には心を聞く力がある人ばかりだから」
「……うん」
「大丈夫……真葵は気づいていないかもしれないけど、さっきパパが目玉焼きを見せた時も笑っていたんだよ?」
「……え?」
「大丈夫。大丈夫だよ。真葵は、ちゃんと笑えているから。真葵にはちゃんと感情があるんだから。完全体の駿河が暴走しないように全ての感情を抑えて暮らしていたけど……普通の人間に見えるように暮らしていたけど……真葵にはちゃんと感情があるんだよ」
「私に感情がある……?」
「大丈夫。大丈夫だから……パパがずっとそばにいるから」
「でも……パパは暗殺部隊を率いる繋ぐ者だから……それは無理だよ」
「……その事なんだけどね」
「……?」
「パパは繋ぐ者を抜ける事にしたんだ」
「え? でも……おじいちゃんは簡単には辞められないって言っていたよ?」
「非公認の団体を全て消したからね。パパが率いていた暗殺部隊の役割は『覚醒に失敗した者を消す』だけになったんだ。『狩野』はパパ以外にもいるから問題ないよ」
「罰を受けない?」
私のせいでパパが罰を受けるのは嫌だよ。




