理解できない事ばかりだよ
「興奮してたみたいだから身体を冷やしたら気持ちいいかと思ってさ」
お兄ちゃんは私を心配してアイスを買ってきてくれたの?
でも……
「……気持ちいい?」
気持ちいいってどんな感じなのかな?
おじいちゃんのセーターを触った時みたいな感じ?
私には分からないよ。
「でも、落ち着いたみたいだな。嫌がらずに薬を塗れたらご褒美に今すぐアイスを食べていいぞ?」
「……今すぐ?」
「あ、いや。子供扱いし過ぎかな? 弟は怪我をした時、薬の後にアイスとかお菓子を欲しがったんだ。ほら、町内二周走ってる時に真葵が食べたがってた少し高いアイスだぞ。真葵は本当は一個三百円のアイスを食べたいけどお金がないからって六十円のアイスしか買わないだろ?」
「……うん」
「薬を塗れたらご褒美で食べていいからな」
「……ご褒美?」
良い子に薬を塗れたご褒美?
……まだ完全体の駿河になる前は、かわいいシールが欲しいってパパにお願いしたっけ。
あ……
また胸が熱くなった。
「早くしないとアイスが溶けちゃうぞ。ほら、耳を出せ」
「……うん」
「うわ……真っ赤だな」
「痛くないから大丈夫だよ」
「痛くなくても薬は必要だぞ?」
お兄ちゃんは心を聞けないから安心して目を合わせられるね。
ん?
私に見つめられたお兄ちゃんが耳まで真っ赤になった?
「「薬は俺が塗るからそれ以上真葵に近づくな!」」
……?
叔父さんとパパの声が重なった?
「え? でももう綿棒に軟膏を出したし……あとは真葵の耳に塗るだけ……」
突然怒り始めた二人に、お兄ちゃんが困っているみたいだ。
繋ぐ者の狩野さんと、施設長の叔父さんに怒られたら怖いのかな。
私には分からないけど……
「「大丈夫だ! 俺がやる! 真葵は俺の娘だ!」」
また叔父さんとパパの声が重なった?
二人ともさっきより怒っているような……
「ふふ。カズちゃんも竜ちゃんも真葵がかわいくて堪らないのね。このままじゃ真葵の婚期が遅れそうだわ」
ママが嬉しそうに笑っている?
……こうしていると幸せな家族に見えるのかな?
私には分からないよ……
静かに目を閉じる。
パパは私を殺したいんじゃなかったの?
ママは心が壊れていたんじゃなかったの?
おじいちゃんは私を完全な駿河にしたいんじゃなかったの?
なんとなく違うような……
でも私には心がないから分からないよ。
もしかして心がないから大切な事を見落としているの?
だから皆の心を理解できないの?
……分からない。
やっぱり私には心がないから理解できないのかな。
それとも……
皆が他人を騙すのが上手い?
はぁ……
私も今まで通り『かわいくて健気な真葵』の心を聞かせながら暮らすべきだよね。
他人の心を聞く力があっても、私自身に心がないから理解できない事ばかりだ。




