撫でられるってどんな感じ?
「すぐに小犬丸に連絡しろ。イヤホンの調整が必要だ。確かあいつの里に長谷川が……」
おじいちゃんが部下みたいな男性に話しているけど……
……こいぬまる?
小犬……?
「真葵……これからは施設に忍び込まなくても小田ちゃんと一緒に葵に会いに行けばいいよ。普通の人間はよそ様のお宅に忍び込まないんだよ? 教えなかったパパが悪かったね」
パパが微笑みながら教えてくれている。
「……普通の人間はよそ様のお宅に忍び込まない? うん。分かった。私は普通の人間だからもう忍び込まない」
「……偉いね。真葵は良い子だ」
私が良い子?
まだ一緒に暮らしていた頃はそう言って髪を撫でてくれたよね。
「パパ……あの頃みたいに髪を撫でて?」
「真葵は甘えん坊だね。小田ちゃんの言葉に心が熱くなったり冷たくなったりしても今まで通り『普通の人間』でいられるかな?」
パパの手が私の髪を撫でているみたいだけど……
……やっぱり撫でられている感覚はない。
でもパパの手の熱は伝わってくる。
「うん。大丈夫だよ。パパとの約束を守るから」
「……真葵。駿河の声が聞こえなくなる方法を見つけるから……これ以上真葵が苦しまないように……だから……もう少しだけ待ってね」
「私は大丈夫。パパは少しのんびりした方がいいよ。かなり疲れているみたいだから」
「真葵……ありがとう……これからはずっと一緒だよ」
「……うん」
パパに抱きしめられると目を閉じる。
あぁ……
これからもかわいくて優しい真葵を演じればいいんだね。
他人の心を聞く力がある人が増えたから常に『偽の感情』を聞かせないと。
あれ?
胸が熱い……
パパが抱きしめているから身体が温められたの?
勝手に動いた私の手がパパの服を握っている。
心は何も感じないのに身体は愛を求めているの?
……分からない。
何も分からないよ。
パパが言った通り、叔父さんの愛情で私の心が動いたのなら……
ママに会ったらもっと心が動き出すのかな?
そうしたら『嬉しい』とか『悲しい』とか『味』も分かるようになるの?
抱きしめられた感覚も分かる?
匂いと温度と殺意しか分からない私じゃなくなる?
そうなったら……
私は普通の人間になれる?
……本当にそうなのかな?
もしそうなったら、私の中から追い出された駿河はどこに行くの?
……かわいそうな駿河。
あなたは百七十年前、忍びの里を守って亡くなった。
今の私には『優しい』なんて感情は分からないけど……
遥か昔あなたがした事はパパが教えてくれた『優しい』に含まれる行為だった。




