普通の人間と嘘(1)
「……普通の……人間……?」
叔父さんの声が震えている?
「私は普通の人間じゃないの……きっと……百七十年前の駿河も……こんな気持ちだったはずだよ……大切な誰かに触れるのが怖いって……簡単に……無意識に……壊しちゃうの……ずっとずっと……怖いの……普通の人間じゃない自分が怖くて堪らない……」
あぁ……
ダメ……
声が震えちゃう……
暴走が始まろうとしているの?
「どうやって力を抑えてるんだ? 苦しくないか?」
叔父さんが私の瞳をしっかり見つめている。
大きく息を吐きながら瞳を閉じる。
このままじゃダメだ。
心を聞かれている。
しっかり演じないと……
私は単純で、簡単に心を聞かれる分かりやすい女の子……
『小田真葵』
ゆっくり瞳を開けると話し始める。
「……大丈夫。頭を空っぽにするの……感情を消して……無になるの……誰かを嫌いとか憎むとかするとその相手を腐らせちゃうから……精神破壊しちゃうから……叔父さんが知っている私は……本当の私じゃないんだよ……」
「どんな真葵だって俺の娘だ」
叔父さんが私を抱きしめた……
「……叔父さん」
普段は私を『娘だ』なんて言わないくせに……
「ずっと苦しかったのか……」
「……もし……百七十年前の駿河も……私と同じだったとしたら……」
「……え?」
「……暴れる理由はひとつだけ」
「……真葵?」
「だって……」
「……だって?」
「……言ったら嫌われるから……言わない……」
「……真葵?」
涙が止まらない瞳を閉じる。
あぁ……
さっきまで聞こえていた叔父さんの息づかいも、家電の動作音も聞こえなくなった。
何の音も聞こえない___
聞こえるのは駿河の『殺す』の声だけ。
頭の中で駿河の殺意が低い鐘の音みたいに響いている。
言えない___
言えないよ。
私……
本当は感情がないなんて言えない。
パパが教えてくれたんだ。
普通の人間には感情があるって……
だから感情がない事を他人に知られたらダメなんだ。
私は普通の人間を演じているんだから、感情がある振りをしないといけない。
でも本当の私は違う___
周りに何の興味もなくて……
人間なんてその辺にいる虫と同じくらいにしか思えない。
これは普通の人間とは違う___
普通の人間はそんな風には思わない。
人間は人間を大切にするってパパが教えてくれた。
本当は何の感情もないのに喜んだり悲しんだりする振りを十八年も続けてきた___
今流れている涙だって……
感情なんて微塵も入っていない……
私は四歳で覚醒してからの十八年『純粋でかわいい真葵』の振りをしてきた。
そう……
全て演じているだけ___
真理ちゃんも感情と痛みがないって言っているけど、あれとは違う。
私の頭の中には常に『殺す殺す』って聞こえるんだ。
叔父さんが覚醒した時には『殺せ殺せ』って聞こえたらしいけど……
私が完全体の駿河だからそう聞こえるのかな?
これが完全体の駿河___
何の感情もない……
痛みも苦しみも感じないし、触れられたのも分からない。
匂いは分かるけど味はしない。
暑さと寒さだけは感じて……
……寂しくもない。
だからパパが拐われた時だって本当はなんとも思わなかった……
完全体の駿河は化け物だ___
百七十年前、駿河を育てた人は苦労したんだろうな……
パパもかなり苦労したはずだ。
父親である叔父さんの言葉に不安定になるなら……
『ママ』っていう存在はどうなんだろう?
子供は母親に特別な感情があるらしいけど……
ママにきちんと会えば心が動くのかな?
その前に、私には心があるの?
もしあるとしたら、私の止まりっぱなしの心はいつか動き出すのかな?
……面倒かも。
皆、殺しちゃおうかな……
なんて考えたらダメだよね……
私は普通の人間として生きるって決めたんだから……
「真葵……大丈夫か? 辛いか?」
あれ?
叔父さんが心配している声が聞こえる?
駿河の殺意を抑えられたのかな?
でも……
叔父さんは、瞳を開けたら私の心を聞いてくるはずだ。
いつもみたいに普通の人間の振りをしないと……
まだ私が四歳だった時にパパとした約束……
パパは覚えているかな?
私は、普通の人間の振りが上手くなってパパを騙せるくらい心を作れるようになった。
パパは私を純粋で健気で優しい女の子だと思い込んでいる。
私には心なんてないのに___
パパ……
あの時の約束、忘れていないよね?




