この狩野さんは本当の事を言っているの?
狩野さんはバーの上の階に住んでいるらしいけど……
今日の狩野さんはパパなのかな?
違う人だったらどうしよう。
考えながら外階段をゆっくり上る。
「あれ? 真葵ちゃん?」
狩野さんの家のインターホンを鳴らそうとすると後ろから声をかけられた。
この声はパパじゃない。
違う人だ。
気持ちを整えてゆっくり振り返る。
「あ……狩野さん」
「うん? どうかした?」
後ろでひとつに結んでいる狩野さんの長い髪が風になびいている。
狩野さんはいつ会っても優しい笑顔で見つめてくれる。
私の瞳を……
「あ……うん」
「……? 部屋で話してもいいけど……年頃の女の子と二人きりはね。小田ちゃんに怒られちゃうよ」
「あはは。叔父さんが?」
「いつも真葵ちゃんを心配しているんだよ。あ、もしかして葵様が妊娠した事を知ったのかな?」
「……狩野さんは知っていたんだね」
「これからの事を皆で話し合ったんだよ……真葵ちゃん?」
「……うん?」
「施設で家族と暮らさないの?」
「……やっぱり施設で暮らした方が守りやすいのかな?」
「……そうだね。でも……」
「……でも?」
狩野さんが私の耳元に顔を近づけた……?
「(真葵ちゃん……君の母親を保護している施設長は危険だよ)」
「……え?」
「(保護されるなら鈴木真叶がいる施設にするんだ)」
「(それって……真理ちゃんのお兄さん?)」
「(今はここまでしか話せない。俺は正規の施設には関われない決まりがあるしね。小田ちゃんと駿河達に話したらダメだよ? でも……勇真さんには話すんだ)」
「(……おじいちゃんには……話していいの?)」
「(そうしないと君の妹か弟は苦しむ事になる)じゃあ俺は寝るよ」
「狩野さん?」
今、妹か弟が苦しむって言ったの?
「あ、そうだ。今年から小田ちゃんがティッシュ大王になったらしいね。親子で大王と女王か……近所で噂になっているよ」
あれ?
普通の声で話し始めた。
誰かに聞かれたら困る話だったのかな?
今はティッシュ大王の話をした方がいいの?
「……やっぱり近所の笑い者になっていたんだね」
「あはは! 仲良し親子だ!」
「うぅ……恥ずかしいよ」
「じゃあ、そろそろ寝るね。おやすみ」
「……おやすみ」
……しばらくは近所の人達に笑われるんだろうな。
はぁ……
外階段を下りると、ゆっくりおじいちゃんのお店まで歩く。
うーん……
おじさんは狩野さんがパパだと思っているんだよね?
だから私を会いに行かせたんだろうけど……
今日はパパじゃなかったよ。
おじいちゃんのお店の前におじさんが立っている。
心配そうな表情だ……
「……ただいま」
「おかえり。ぴよたん。ちゃんと話せた?」
「あ……うん」
「そう……狩野さんはどうした方がいいって?」
「うーん……最後は私が決める事だから……みたいな感じ……かな?」
「……そうだね。最後はぴよたんが決める事だね」
「おじさん?」
「ん? 何かな?」
「もしも……私がずっとおじいちゃんと暮らしたいって言ったら……おじさんは迷惑?」
「迷惑なんかじゃないよ。ずっとぴよたんを守れて嬉しいよ」
「……ありがとう」
「……ぴよたんは施設に行ったらダメだよ。どこの施設にもね」
「どこの施設にも?」
「……大変な事になる……分かるよね?」
この感じ……
やっぱりおじさんは全部分かっているんじゃ……