九話
血の臭いでモンスター達が集まってくる!?
それを防ぐ手段は既にない。
だって周囲はモンスターの血の臭いで満ちているから。
言ってる間に他のモンスター達が集まってくる。
血の臭いを嗅ぎ付けた狼が三匹集まってきた。
いや、狼ってあんなに牙が長かったっけ?
それにあんな体毛が真っ黒だったっけ?
あんなに目が赤く光ってたっけ?
あんなに身体が大きかったっけ?
「無理だ。
普通の狼だって無理なのに狼型のモンスターとか。
しかも三匹・・・。
どうにかしてくれベガ!」
俺が振り向くとベガとナオミさんは遠くの茂みに既に隠れている。
ベガが周囲に何か薬品を撒いている。
あ、アレ、森でリハビリの時に撒いてた気配と臭いが消せる薬だ。
つまりモンスター達にはベガとナオミさんは見えていない。
ベガがこちらに向かってグッと握り拳を向けてくる。
まるで『頑張れ!』とでも言いたげだ。
こうなりゃヤケクソだ。
俺は棒っ切れを構える。
三匹は俺の周りを取り囲もうとうろうろする。
死角に入られたらたまらない。
先手必勝!
俺は狼に襲いかかる。
自分から狼に向かって行くなんて全くどうかしている。
全ては俺がモンスターと闘うように仕向けたベガが悪い。
身構える前に俺が一匹の狼の頭を目掛けて棒っ切れを振るう。
俺の少年野球で鍛えたバッドスイングを見よ!
「俺はイチローだ!」
「いや、イチローじゃないよね。
杏奈だし。」と遠くからナオミさんが言う。
いや、思い込みが大事なんじゃないか。
イチローじゃないのは少年野球時代に身に染みてるから!
それにその当時は杏奈じゃなくて甚五郎だったし。
俺のスイングは狼の頭にクリーンヒットした。
これは倒せないまでも大きいダメージを与えたんじゃないか?
・・・ダメージどころじゃない。
俺に頭を殴られた狼は回転しながら大木に激突し絶命する。
「何で???」俺の頭の中は混乱する。
「貴女、身体能力の優れた体をもらったんでしょう?
その肉体を私の薬とリハビリで鍛え上げたんだから、ウェアウルフごときに負ける訳がないのよ!」
草むらからベガが少し気が大きくなったのか叫ぶ。
そのクセ、声に反応した狼が少し草むらの方を見ただけで「ヒィ!」と言いながら草むらの中に隠れる。
あの狼"ウェアウルフ"っていうんだ。
それはそうと、俺の身体はかなり強化されてるんだ!
「うおおおおおお!俺は最強だあああああ!」
「いや、全然最強じゃない。
むしろベテラン冒険者が見たら"ハナタレ"も良いところよ」とベガが盛り上がってる俺の頭に冷水をかけるような事を言う。
「わかってるわ!
全く、闘った事ない俺が最強の訳ないじゃんか!
でも、少しくらい浸らせてくれても良いじゃんか!」
「油断は危険を産むと思って・・・。
まぁ、ウェアウルフくらいなら瞬殺出来る能力はあるとは思うわよ?」
「でもベガの薬で俺が強くなったなら、ベガでも強くなれるんじゃないの?」
「バカねえ。
ナメクジに『身体強化』の薬をふりかけたって所詮はナメクジよ。
それと同じで私をいくら強化したって、貴女が最初に倒したツノパカにすら勝てないわよ」ベガは自慢気に情けない事を言う。
なるほど。
俺には元々素質があったのか!
「勘違いしてるみたいだから言うわね。
元々の貴女には多分"冒険者"としての素養はなかったわよ。
貴女はおそらく素養のある肉体を"神"からもらったのよ」
「つまらん事を言うな!
『実は、俺には隠れた才能があったんだ!』で良いじゃんか!」
「『嘘はいけないかな?』と思って。
それに無敵と勘違いして攻撃受けたらちゃんと痛いと思うから」
「そんなのわかってる!
ちゃんと避けるよ!」
「わかってるなら良いけど・・・」
とにかく俺は"ウェアウルフ"とやらを倒せるらしい。
しかし俺は武器なんて持った事はない。
棒っ切れのスイングは少年野球時代のイチローのスイングを真似たモノだ、ありがとうイチロー。
そんな事を考えているとウェアウルフが突進してくる。
いらん事を考えていた俺は棒っ切れを構えるのが少し遅れた。
スイングが間に合わない!
どうする!?
悩んでいる時間はない、もうウェアウルフがそこまで迫ってきている!
俺は棒っ切れを横に構えた。
棒っ切れにウェアウルフが吸い寄せられるようにぶつかる。
棒っ切れにウェアウルフが当たった瞬間に俺は一塁・・・いや、右側に向かって走り出す。
まさに『ヒット&アウェイ』だ。
「これは正にイチローのセーフティバント!」とナオミさん。
そうだ、これは少年野球時代「お前は足が速くないんだからイチローの真似するな」と監督に何回も言われたセーフティバントだ。
確かに俺は足はそんなに速くなかったが三塁線に勢いを殺したボールを転がすのは得意だった。
跳ね返るんじゃなく『勢いを殺した』という事は『突進の勢いは自分に全て返ってきた』という事で、ウェアウルフは大きなダメージを受けて脳震盪を起こしてひっくり返っている。
俺はひっくり返っているウェアウルフに『スイカ割り』の要領で棒っ切れを脳天に叩きつける。
ウェアウルフの頭が弾けとぶ。
スプラッターな光景だ。
「こんな風に潰しちゃって討伐の報酬もらえるの?」と俺。
「大丈夫。
報酬は『討伐証明部位』さえあれば良いのよ。
ウェアウルフだったら『牙二本』で一体分の討伐報酬が貰えるわよ。
ツノパカならツノを持っていけば一体分の討伐報酬が貰えるわ
それより残り二匹のウェアウルフが逃げるみたいよ?」
見るとウェアウルフは「敵わない」と判断したのか、ボスが殺されてしまったのか・・・逃げようと背中を向けている。
「逃がしちゃって良いの?
殺したくはないのはわかるけど、どうせお金を貯めるためにモンスターは殺さなきゃダメなのよ?
楽に殺せるモンスターは逃がさない方が後々楽だと思うけれど?」
ベガの言う事は尤もだ。
楽に殺せるモンスターを見逃して、命の危険のあるモンスターとだけ闘うのは愚策だ。
俺は石ころを持つと逃げようとしているウェアウルフに投げつける。
これが鈍足で長打力がなかった俺の少年野球時代の唯一の武器『鉄砲肩』だ。
しかしその鉄砲肩が活かされる事はほとんどなかった。
何故なら守備がアホほど下手だったから。
俺の投げた石ころはウェアウルフの胴体に命中すると、ウェアウルフの身体は頭を残して弾けとんだ。
「レ、レーザービーム・・・」その投石の威力に驚いたのは自分自身だった。
結局一匹のウェアウルフは逃がしてしまった。
ベガは四匹のモンスターの『討伐証明部位』を集める。
殺した俺が言うのも何だが、よく平気でモンスターの死骸を触れるな。
「さぁ、薬草採取を終わらせちゃいましょう。
今日のモンスター討伐のノルマはこんなモノでしょう」とベガ。
最初からモンスターと俺を闘わせるつもりだったのか。
じゃあ最初から言っておいてくれよ。
まぁ最初から言われてたら、私は逃げただろうが。