五十八話
その日は早退する事にした。
頭痛という事になっているし帰っても特に誰も文句は言わない。
山神さんも大怪我した事になっているので、早退するのは当たり前だと誰にも咎められなかった。
「山神さん、転科するの誰にも相談しなくて良いの?
ご家庭の事情はある程度理解はしているけど」と理事長は言っていた。
「何か複雑な事情があるの?
それとも聞きにくい事かな?
芸能科に誘っちゃったから、一応聞いておいた方が良いかも、と・・・」と俺。
「事情か。
親が離婚した訳じゃないし、死んだ訳でもないわよ。
そう、『死んでない』それだけよ。
私と両親はバスに乗って私の体操の大会会場に向かっていたのよ。
そのバスが横転してね、両親に抱えられた私は無事だったんだけどね。
両親は今も病院のベッドの上。
二人とも意識を取り戻す可能性は絶望的なのよ。
私は賠償金と奨学金とスポーツ特待生としての学費免除で聖華に通えていた、という訳。
スポーツ特待生だったから授業料としてのお金はかからなかったけれど、スポーツってお金かかるのよ。
体操はまだかからない方なのよ?
本当なら『体操を辞める』って両親に相談したい。
でも、それが可能な状況じゃないのよ。
奨学金だって、将来的返さなきゃいけない。
強化指定を外されて、スポーツ特待生の地位だって、いつ剥奪されるかわからない。
そんな状態で体操を続ける訳にはいかないのよ。
でも恥ずかしながら、体操に明け暮れてきたから他の学校に編入するだけの頭もない。
だったら奨学金を使って聖華の『芸能科』に通えれば、と」
「『芸能科』の授業料結構高いんじゃないの?」
「比較の問題よ。
将来もないのに、お金をかけて体操を続けるより『芸能科』で授業料を払った方がお金はかからないだろうし。
それにちょっと打算もあるのよ。
私、体操選手として少しはメディアに顔が売れてるのよ?
『美し過ぎる体操少女』として。
芸能活動した方が今まで借りた奨学金も、これから支払う奨学金も返せるかな?って」
「じゃあ絶対芸能人として成功しないとね!」
俺と山神さんは話をしながら『芸能科』のある校舎を目指す。
「ここ、あんまり来たことないわよ。
暗黙の了解で『一般人は来ちゃダメ』って事になってるのよ」と山神さん。
「何で?」
「だって、芸能人や芸能人の卵が沢山いるのよ?
セキュリティのためにも、一般人は立ち入り禁止が普通なんじゃないの?」
「立ち入り禁止なの?」
「ううん、聖華のお嬢様達は芸能人にあんまりキャーキャー言わないからね。
決まりは作らなくてもローカルルールが出来て、何となく『芸能科のある校舎には近付かない』って事が守られてるのよ」
「じゃあ、別に校舎に入って行っても禁止行為じゃないんだよね?」俺はスタスタと校舎に入って行く。
「ちょっと!
・・・ああん、もう、知らないわよ!」文句を言いながら山神さんが追いかけてくる。
ガラッ!
芸能科の教室の扉を勢い良く開ける。
休み時間に入ってはいるが、『芸能科』の生徒達はあんまり教室の外には出ないようだ。
普通科と違い、芸能科は一つの学年で3クラスしかない。
だから、探し回る手間が少ない。
何を探し回るのか?
ウチの芸能事務所の所属タレント達を、だ。
教室の扉を開くとこちらに一斉に注目が集まる。
ここの教室に知り合いはいない。
ピシャッ!
勢い良く開けた扉を勢い良く閉める。
「一体何だったの?」と言う声が中から聞こえてくる。
「もう少し、やり方があるんじゃないの?
感じ悪いわよ?」と山神さん。
「否応なしに扉を開けてチェックした方が良いんだよ。
もし『人探しをしてるんですけど』って中の人に話しかけたらどうなる?」
「『ここは一般人の来るところじゃないよ』って追い返されるわね」
「そうだよ。
そんな胸糞悪い想いをしないためにも、少し強引なくらいに教室のドアを開けて人探しするんだ」
「理由はわかったけど、これみんながやったら『芸能科』の人らはたまったモノじゃないわよ?」
「そんなの知った事じゃない」
そう言うと俺は二つ目の教室の扉をガラッ!と開けた。
中の生徒達が一斉にこちらを向く。
そこにムサイとペプシとコーラがいた。
しかしペプシとコーラって酷い名前だな。
あ、俺が命名したのか。
俺が三人を廊下に連れ出す。
「三人とも外国の方?」と山神さん。
「大丈夫、日本語通じるから」
「マネージャー、何の用事?」とムサイ。
しかし今考えるとムサイって名前、雑魚っぽいな。
「今からみんなで異世界へ行く。
おやつは300円。
バナナはおやつに入らない」
「じゃあバナナを買いにいかないと」大真面目な顔でコーラが言う。
どうやら定番のネタが異世界人には通じないらしい。
ここは人が多すぎる。
ワープして人に見られたら面倒臭い。
俺は一行を連れて昇降口に向かう。
昇降口には帰ったはずの凛火がいた。
「凛火も異世界でレベリングする?」と俺は聞く。
「何でよ?」
「芸能人として『美しさ』を上げるために」
「・・・行く。
別に歌えれば容姿なんて上がらなくて良いけど、レベリングすれば後から容姿磨かなくて良いなら楽だし」
休み時間だし、昇降口には人影がまばらにある。
俺達は土足に履き替えて体育館裏へと行く。
底辺高校なら体育館裏はヤンキーの溜まり場だが、お嬢様学校じゃ別にヤンキーはたむろしていない。
誰が言い始めるでもなく、俺達は丸くなって手を繋ぐ。
「え?え?何?どうして?」山神さんだけ訳がわかっていない。
「目を瞑って」凛火が山神さんに言う。
期待をさせて後から絶望させてもいけない。
異世界に行くのにはもう一つ目的があった。
『山神さんの意識不明の両親の治療薬をベガから受け取る』という目的が。
でも現状では内緒だ。
ワープで異世界に到着する。
到着した場所はベガの部屋だ。
「うわあ!
突然何よ!」ソファーで寝そべっていたベガは驚きソファーから転げ落ちた。
「突然じゃないワープなんてないよ」
「何で私の部屋が日本との中継基地になってるのよ!?
私にプライバシーはないのかしら!?」ベガが猛抗議する。
「そんな事より」
「『そんな』!?」
「この娘の両親が意識不明らしいんだ。
ベガ、治療できる?」
「私は医者じゃないわよ?
でも治療薬なら処方出来るわ。
身体や脳の損傷なら『エリクサー』が効果がある可能性が高いわね」
「『エリクサー』?」
「ホラ、杏奈に飲ませた薬よ」
アレか。
「じゃあそのエリクサーを持って行って良い?」
「原料の『ペンペン草』を日本から大量に持って来てくれたのは杏奈よ?
好きなだけ持って行ってちょうだい」
「じゃあ遠慮なく」
「何の話をしてたの?」と山神さん。
「ベガは薬師だから、薬を分けてもらってたんだよ」
「彼女の薬は良く効くものね。
そう言えば、お礼を言ってなかったわ」
「伝えておくよ。
今回は別の用事があるからね」
「どこかに行くの?」
「そうだね。
ここは『更衣室』として使おうと思って」
「更衣室?」
「そう。
別にレベリングする森に直接行っても良かったんだけど、森の中で着替えるのも危ないじゃん?
」
「よくわかんないけど。
取り敢えず何に着替えるの?」
「そうだね。
ペプシとコーラと山神さんはこれに着替えて」
俺はアイテムボックスの中からスケスケの布を取り出す。
「貴女、今、何もないところからそれ取り出さなかった!?」
「気のせいだよ」
いずれはアイテムボックスについて説明しなきゃいけないだろうけど、今は言ってもどうせ信じてくれない。
「それになんかそれ、透けてない?」
「大丈夫。
大事な部分は透けないようになってるから」
「大事な部分ってどこよ!?」
「胸とか股とか・・・。
大丈夫、今から行くところに人間はいないから」
「だとしても何でそんな格好しなきゃいけないのよ!?」
「だって山神さんには『ダンサー』、『踊り子』になってもらおうと思ってたから『踊り子の服』が正装かな?って。
あぁ、『踊り子の服』には魔力が付与されてるからね。
弱いモンスターの攻撃は無効なんだ。
しかも踊り子の『ダンスアタック』に魔力を付与するんだ。
つまり、コレを着ていないとある程度強いモンスター相手に攻撃が通らない」
「何を言ってるのか、サッパリわからないわ!」
「簡単に説明すると『それを着てないと森の中で死ぬ』よ、と」
・・・と言いながら、俺と凛火とムサイもローブに着替え、ペプシとコーラはスケスケの服を身に付ける。
「着替えておいた方が良いよ?
最初から『闘え』とは言われないだろうけど、いざと言う時に身体を護ってくれるモノを身に付けておかないと」
「わかったわよ!」
山神さんがヤケクソ気味に『踊り子の服』に着替える。
よくあんなスケスケの服着るな。
まるで痴女だぜ。
俺は頭の中に浮かんだ言葉を飲み込んだ。




