五十三話
「学校が一つの芸能事務所に出資出来る訳ないじゃない。
ウチの高校、芸能科があるのよ?
一つの芸能事務所だけを贔屓出来ると思う?」と理事長。
そりゃそうか。
教団の指導者が社長になって芸能事務所作ったけれど、思うように出資者が集まらない。
「面白そうな事をやってるわね。私も一枚かませてもらえないかしら?」
そう声をかけて来たのはゆかりさんだった。
ゆかりさんは『可愛い女の子が大好き』という救いようがない変態だった。
その変態ぶりがこうじて財閥令嬢でありながら、メイド喫茶でバイトしている。
なんでも「目の保養になるから」だそうだ。
意外にもゆかりさんとナオミさんは顔見知りだった。
そりゃ上級国民同士、社交界じゃ顔を合わせた事くらいあるかも知れない。
メイド喫茶に様子を見に来たナオミさんをゆかりさんが呼び止めて、その事実が発覚した。
ナオミさんが俺を指名して『学校が私らが作る芸能事務所に出資出来ない』って話をしていたとき、聞き耳を立てていたゆかりさんが話に割り込んで来たのだ。
「私に出資させてくれないかしら?」と。
「何の条件も無しで出資してくれる訳じゃないよね?」と俺が言う。
ゆかりさんの計算高さはイヤと言うくらい見ている。
ご主人様なんて全く眼中にないクセにメイドを続けるために一応敬う態度で接している。
それを見て『あぁ、別にこのクズ共を心から敬わなくていいんだ』と思って俺もメイドを続けられている。
「そうね、貴女達の芸能事務所が男性タレントばかりなら私は出資しないわ。
貴女の事務所が女性タレントを雇っているんだろうから、出資するのよ!」
「何で『女性タレントがいる』と思うのさ?
タレントは華も希望もない中年男性だらけかも知れないじゃん」
「何が悲しくて事務所立ち上げ時に夢も希望もない中年男性を集めるのよ!?
山田ちゃん、事務所の所属タレントなんでしょ?」
「いや、俺は『敏腕マネージャー』だ」
「え、杏奈、マネージャーやる気なの?」とナオミさん。
「いや、今決めた。
何か蚊帳の外みたいで疎外感を感じたんで・・・」と俺。
「杏奈は思いつきを口にするのを止めなさい!
周りが辻褄を合わせるの、本当に苦労するんだから!
ごめんね、榎本さん、この娘『思いつきを口に出しちゃう病気』なのよ。
でもウチがデビューさせようとしてるのはガールズユニットよ」
「その名も『内山田洋と杉山清貴』・・・」
「その名前初めて聞いたわ。
って言うか、内山田洋さんと杉山清貴さんのファンに怒られるわ!
二人とも全く無関係じゃない!」
「え、ええ。
『思いつきを口にしてるんじゃないかな?』とは思ってたのよ。
じゃなきゃメイド喫茶で『山田』なんて名乗らないと思うし・・・。
杏奈って本名なのね」
「果たして本名かな?」
「杏奈は黙ってて。
話が前に進まない!
・・・じゃあ、ガールズユニットを紹介するから事務所の共同経営者になってくれるのね!」
こうして芸能事務所『ラグナログ』は産声を上げた。
『ラグナログ』と言うのは俺の発案だ。
何故ただのマネージャーの意見が採用されたのか?
「山田様がそうおっしゃるなら・・・」
社長の角栄が俺の言う事には逆らえないからだ。
ラグナログには『マネージャー>>>>越えられない壁>>>>社長』と言うヒエラルキーが存在する。
そして『会長』とも言うべき共同経営者にゆかりさんがいる。
お陰様で世間でラグナログは『榎本財閥グループ』扱いだ。
ボーカルの凛火、もう一人のボーカルのムサイ。
外国人の名前を何て発音するかは聞いた日本人次第らしい。
『ムース』『ムーサ』『ミューズ』『ミュージ』『ムーサイ』・・・これだ。
と言う感じでムサイに決定した。
「何でムサイなのよ?」と凛火あたりが激しく反対したが「ムサイを超えたムサイ、『ファルメル』なのだ!」と言ったら「何を言ってるかわからない」と黙るしかなかったようだ。
ダンサー二人は双子だ。
名前を聞いたら二人とも『テルプシコラー』みたいな名前だった。
「覚えにくい」これは芸能人の名前としては致命的だ。
だから二人の名前は『ペプシ』と『コーラ』になった。
「何で!?」と不評だったが、「覚えやすいよね?」とマネージャー権限で押しきった。
ユニットには超有名プロデューサーがついた。
何でも元教団の信者で社長の父親に心酔していたらしい。
どこのレーベルからデビューさせるかまだ決まっていないウチに俺が『ケルベロスレコード』と言うところからCDを出す契約を交わしてきた。
「それは『デビュー』じゃなくて『CD自費制作』っていうのよ!」ゆかりさんが俺に怒鳴る。
「同じじゃない?」と俺。
「全然違う!
お金さえ払えば誰だってCDは作れる!
『デビュー』っていうのは実力を認められて、レーベルの方から声をかけてくるのよ!
今回の契約はこちらがお金を払うんでしょ?
いくら払うの?
何枚CD出すの?」
「えーっと、100枚で二十万円かな?」
「高い!」
「何でだよ!?」
「一枚あたりの費用が二千円だよ?
しかも儲け一切なしで。
楽曲の制作費用もスタッフのギャランティも抜きで二千円だよ!?
それでもマキシシングルを誰が二千円も出すのよ!?
それだけ金を払えば曲なんて聴かなくてもCDは出させてくれるわよね?
向こうも商売なんだから。
でもこっちは一流のプロデューサーをつけて、レッスン費用も払って、宣伝費用も払って、スタッフの給料も払って・・・大赤字を叩き出す。
『損して得取れ』なんて格言もある。
話題になったら大損しても実質宣伝費になる、なんてこともある。
でも、宣伝効果も望めない上に100枚しかCDも刷らないから口コミも期待出来ない!」
「もっと優しくオブラートに包んで言ってくれのよー。
誉めて伸びるタイプなんだよー」俺は半べそをかきながら訴える。
「まぁ、いいわ。
メジャーデビューは大々的にプロモーションしましょう?
でも歌う曲が決まってないウチにレコード会社決めようなんて、気が早すぎるわよ?
歌どころか方向性すら決まってないでしょ?」
「いや、俺の頭の中じゃもう方向性は決まってる」
ゆかりさんは俺の作った曲『ヘッド&釜山港』を知らない。
そして当然、後に世界的プロデューサーになる男に嫌々『ヘッド&釜山港』を編曲させる事になる事を知らない。
「まあ今回は高い授業料ね。
二十万円は事務所の方で支払います」
後にウチのユニットがインディーズレーベルから自費制作で出していたCDが一枚二十万円の値段で取引される事になるとゆかりさんは知らない。
長い夏休みが終わる。
ようやくメイド喫茶のバイト代が支払われる。
給料が月末払いだからだ。
これだけ毎日、休みもなしで働き続けたんだからそこそこな金額になるだろう。
俺は給料袋を覗きこむ。
8万円とちょっと。
まぁ高校生としたら大金ではあるが、休みなしで働いてこれだけ!?
一月丸々ならもう少しは多いけど、月の途中からバイトに入ったからこんなモノらしい。
やってられん。
もう二度とメイドなんてやるか!
俺は給料を貰った帰りにスーパーに寄って『カルダモン』を買った。
早速『カルダモン』を持って、異世界の定食屋へ。
「欲しいのはカルダモンじゃない。
『ナツメグ』だ」と言われる。
そんな理不尽な話があるか!
こちらはカルダモンを手に入れるために必死で働いたんだ!
「そんな事言われても・・・。
こちらは元々『ナツメグ』が欲しいって言ってたし・・・」
やれやれ、ゴネ得とはこの事だ。
『カルダモン』をタダで手に入れて『欲しいのはコレじゃない。だから約束は果たさない』ってか。
「い、いや本当に『ナツメグ』って・・・」
わかった、わかった。
今回はこちらが折れてやる。
その代わり折れるのはこれが最後だ!
『ナツメグ』は手に入れてくる。
だがレナは必ず雇え!
もう二度と『ゴネ得』なんて通用しないぞ!
「いや、だからゴネた覚えなんかは・・・」
やれやれ、色々あったがレナをようやく『料理人見習い』とすることが出来た。
やる事がなくなった。
元々やる事なんてないんだ。
そうだ、日本でナオミさんのお母さんが高校に通わせてくれるみたいな事を言ってたな。
学校が好きな訳じゃないけど、高校ぐらいは出ておきたいよな。
する事もないし、取り敢えず高校に通ってみるかな?




