五話
かつての見慣れた風景。
ここは病院のベッドの上だ。
違いは起きようと思えば起きれる事。
身体が無数のチューブで繋がれていない事。
ベッドに突っ伏してベガが寝ている事。
2ヶ月近く異世界に行っていたのに、病室は以前のままだ。
・・・と言っても辺りを自由に見回せなかったから俺の認識している範囲なんて知れているが。
しかし何て説明しよう?
「こんな身体でどこに行ってたんですか!?」と言われたら何て答えよう?
それにベガを何て説明しよう?
『自動翻訳』のサブスキルが『世界旅行』のスキルの中には備えられているから、俺はベガの言う事がわかる。
しかし、病院の医師や看護士、介護士、理学療法士にとってベガは『怪しい外国人』だ。
しかも寝たきりの俺を連れ回していた諸悪の根源だ。
「どうしようか?」
俺は悩みながら寝てしまった。
『世界旅行』のスキルは体力を激しく使うようだ。
言い遅れたが俺の病室は個室じゃない。
金を払っていないんだから当たり前か。
ちゃんとした治療が受けれているんだから、この大学病院は良心的と言える。
俺は俗に言うアコーディオンカーテンで仕切られた『大部屋の病室』にいる。
俺が入っている大部屋は家族などの見舞い客は全く来ない。
どうやらこの病室には救急で運び込まれたは良いが、天涯孤独で入院費も出せない重病患者が押し込まれているらしい。
『らしい』と言うのは俺は身体が動かせなかったから推測でしかないからだ。
少なくとも、大部屋には3人の患者がいるはずだ。
なぜなら俺のベッドのスペースは両側をアコーディオンカーテンに囲まれている。
つまり両側には患者がいるはずだ。
通路を挟んで3人ずつの患者がいるなら6人部屋という可能性もあるが。
うたた寝していた俺は目を醒ます。
夜中だった病室はうっすら明るくなっている。
夜が明けたみたいだ。
ベッドに突っ伏して寝ていたベガがいない。
コラコラ、この世界の事も言葉も全然わからないクセにどこに行ったんだよ?
・・・と思っているとベガが戻ってきた。
「どこに行ってたの?」
「共同生活するならご近所さんに挨拶しないと。
隣の部屋に挨拶に行ってたのよ。
しかし狭い部屋ね」
「部屋じゃないよ。
一部屋を区切って何人かで使っているんだよ。
・・・つーか挨拶、って言っても言葉わかんないんじゃないの?」
「そう言えばそうね」
「今気付たの?」
「ご近所さん達、会話どころじゃないわよ。
みんな『重病人』ね」
「あぁ、そうだろうね。
俺もその中の一人だったんだよ」
「お近づきのしるしにご近所さん達に『万能薬』を飲んでもらっておいたわ」
「ちょっ!」
カーテンの向こうから看護士の慌てた声が聞こえる。
「岡本さん!?
先生、大変です!
昏睡状態の岡本さんの意識が戻りました!」
後にこの病室は『奇跡の病室』と呼ばれる。
この病室に押し込まれてた終末期の患者6人が意識を取り戻しただけでなく、不治の病が完治した。
この時、同室だった『岡本尚美』と俺はその後行動を共にする。
そして名前がなく、何と名乗って良いかわからなかった俺に名前をつけてくれたのが『尚美』という少女だ。
ーーーーーーーーーーーーーー
退院した。
俺は珍しいケースだから研究させて欲しいらしい。
治療費を一円も払っていない上に健康保険にも加入していない・・・当然だ、戸籍がないんだから頼む、と言っても強制みたいなものだ。
「これからも定期的に身体を検査させて欲しい!」と大学病院に言われた。
従うしかない。
『金がないのは首がないのと同じ事だ』とはこの事だ。
「行くところがないなら、病院に滞在すればどうだ?」と提案された。
冗談じゃない。
モルモットにされてたまるか!
「行くところがないなら、貴女達二人ならしばらくウチに来ない?」と声をかけてくれたのが同じ病室にいた岡本さんだ。
俺は岡本さんの好意にすがることにした。
・・・広い屋敷を想像していた。
まさか六畳一間のアパートとは。
「風呂もトイレもついてるのよ?」と岡本さん。
いやいや、そういう事じゃなくて!
岡本さんはベガの言う事を理解出来ない。
当然か。
この世界の言語じゃないんだから。
俺が通訳のような感じでベガと岡本さんの間に入る事で二人の会話は成立する。
「ふーん、ベガさんは異世界から来たんだ」
「信じるの!?」
「何で?
嘘ついてないんでしょ?」
「そりゃそうだけど。
でもにわかには信じられない話じゃない?」
「『にわかには信じられない話』が実在するのは私が身に染みてわかってるわよ」
「?
どういう事?」
「そう言えば話してなかったわね。
『何で私が入院してたのか』を。
私、原因不明の意識不明で病院に搬送されたのよ。
最初はもっと小さな病院に担ぎ込まれたらしいわ。
私は意識ないんだから知らないけどね」
「その話が『にわかには信じられない話』とどう繋がるかわかんない・・・」
「私には何で倒れたかわかってるのよ。
私は子供の頃から『生命の終わった者達』が見えるし、引き寄せてしまうのよ。
引き寄せた者は基本的に無害なモノが多い。
私も『害はない』と思い込んでた。
でも『生命の終わった者達』の中には生気を吸うモノが含まれていたのよ。
私はこのアパートのこの部屋に取り憑いている『地縛霊』に生気を吸われたのよ」
「そんな!
じゃあこのアパートに戻ってきたらヤバいじゃん!」
「大丈夫よ。
地縛霊には私の生気を吸わせる代わりに、私に従属してもらってるから。
貴女には見えないわよね?
『彼女』はここにいるのよ?」
「生気吸わせちゃって大丈夫なの!?」
「全然大丈夫じゃないわよ。
でも定期的に生気が回復する薬をベガさんががくれてるからね。
生気を吸われた分はすぐに回復するのよ」
「ベガ、何で岡本さんは症状が『生気欠乏』だとわかったの?」
「医者が薬師が『診察』のスキルをもっているのは当たり前じゃない?
それに私は『診察』しなくても相手のステータスを見れるのよ。
ナオミが呪われてたのも、その呪いの特効薬と生気を回復させる薬も何事もなく飲ませたわよ。
それよりビックリね!
あの程度の呪いをこの世界では『為す術なし』と判断するのね。
それよりナオミのステータスの職業適性『ネクロマンサーS』になってるわよ!
いまは『会社員G』をやってたみたいだけど」
「岡本さん・・・」
「『ナオミ』で良いわよ」
「じゃあ『ナオミさん』
失礼ですがお仕事は何をしてるんですか?」
「それが・・・入院前は会社員だったんだけど、退院後会社に電話してみたら、どうやら会社には私の席がなくなっちゃってるみたい」
「それって」
「クビね。
心配しないで。
懲戒免職だから退職金はすぐに出るし、貯蓄もそれなりにあるし。
一年くらいは私達三人がゆっくりと暮らして行けるくらいのお金はあるわよ。
その間に職探ししないとね!
それより聞きたいのは貴女の事よ。
『男だった』
『異世界帰りだ』
って言うのは聞いたわ。
それより聞かせて欲しい事があるのよ。
貴女、名前は何て呼べば良いの?」
名前がないのは不便だ。




