三十四話
「俺は干渉しねーよ」と言うのは『俺は別に警察沙汰にしないよ』という意味だ。
『いつでも御主人様として店に来て下さい!待ってます!』って意味じゃない。
むしろ出禁に近い。
「大事にしないからもう二度と店に来るんじゃねーぞ?」と。
当たり前だ、人に刃物向けたんだから。
なのに昨日の今日でヨーダの野郎は店に来ている。
「どうかしている!」
俺はイライラしながら呟く。
俺がチラチラとヨーダの方を見ていると、ゆかりお姉さまが『はは~ん』といやらしい微笑みを浮かべる。
あ、何か凄い不愉快な勘違いをされている予感。
ゆかりお姉さまが他のメイドの女の子達に何か耳打ちをしている。
耳打ちされた女の子達はキャーキャーと俺とヨーダを交互に見ている。
何だろう?
有り得ない勘違いがメイドの間中に広まっている気がする。
俺を指名した御主人様が帰る。
「それじゃ、僕は帰るね?」
「おう、帰れ帰れ、二度とくんな」心ここにあらずの俺は普段より三割増しで素っ気ない。
「荒れてるわね?
大丈夫、私と与田さんは何でもないから」とゆかりお姉さま。
「・・・・・」しゃべったらダメだ。
しゃべったらイライラが出てしまう。
そのイライラが『嫉妬』に見えるらしい。
ようやくヨーダが帰るみたいだ。
「俺が見送りするよ」
当たり前だろ?
ナイフ振り回すような危険人物とゆかりお姉さまを二人きりには出来ねーよ。
「あらあら」
絶対ゆかりお姉さまは不愉快な勘違いをしている。
「これはアンタの安全を考えての事なんだぞ?」心の中で叫ぶ。
昨日コイツを警察に付き出しておけば良かった。
ドアまでヨーダを送って行く。
ムカムカする。
コイツどうしてくれようか?
「おい、何で来たんだよ?」俺が低い声で凄む。
「『何で』ってどういう事だ?」ヨーダは本当に何を俺に言われているかわかってないらしい。
「昨日、俺に何をしたのか、俺に何をされたのか覚えてないのか?」
「?」
ここまで来てようやくわかった。
コイツは本当に何も覚えてないんだ。
俺に回し蹴りで蹴り飛ばされた記憶も、俺を刺そうとした記憶もスッパリ抜けて「気付いたら公園のベンチで寝ていた」と言う認識なんだ。
俺とのいざこざも『夢の中で何かあったな』くらいの認識なんだ。
「この野郎!」
俺はヨーダの尻を蹴り飛ばし店から追い出した。
店の中が少し騒然としている。
やりすぎてしまったか。
そこら中から『痴情のもつれ』と言うひそひそ声が聞こえて来る。
ダメだ。
今日はクソして寝よう。
何をしても悪い方向に転がる日だ。
ここで俺はヨーダを見逃したのを悔やむ事になる。
着るモノがない。
何故俺は裸なんだ?
そして着るモノが悉く可愛らしい俺が絶対着ないような服ばっかりだ。
そんな服なら腐るほどある。
下着もデザイン重視の可愛いモノばかりだ。
・・・おかしい。
ここはナオミさんの部屋のはずだ。
ナオミさんはこんな可愛らしい服も下着も着ない。
俺は尚更だ。
わかった。
これは夢だ。
こんなのが現実の訳がない。
・・・とするとこれは何?
俺は裸になりたいんだろうか?
そんなことはない!
俺は服が着たくてしょうがない。
と、すると俺は可愛らしい服が着たいのか!?
夢というのは訳のわからない行動をするものだ。
・・・何故よりにもよってその下着と服を選ぶのか?
確かに女性の服を着る事にかなり抵抗はなくなっている。
身体が自由に動かせない時、服を着せ替えてくれたのはベガだ。
服はベガの服だ。
その事に全く文句はない。
むしろ『嫌がっている』と思わせたくなくてベガが用意してくれた服を文句を言わず身に付けた。
その習慣があったからこそメイド服もすんなり着れた。
でも本当は『着たい』と自ら進んで着ていたワケではないはずだ。
やめろ・・・やめてくれ!
俺はそんな下着は着けたくない!
数ある可愛い下着の中で夢の中の俺はワインレッドのレースのベビードールを手に取った。
そこでやっと目が醒めた。
あの夢は一体何だったんだ?
俺は聖華女子の制服を着てメイド喫茶に出勤する。
「・・・なんて夢を見たんだ」俺はゆかりお姉さまに話をする。
何でそんな話をするのか?
逆にプライベートの話、学校の話、過去の話なんかは出来ないし、そういう話になったら困る。
そういう時に便利な話が『夢の話』なのだ。
だから『相談に乗って欲しい』と深刻に話をした訳じゃない。
『こんな夢を見たよ、訳わかんないよね』と世間話をした。
したつもりだった。
「それって!」ゆかりお姉さまは興奮気味だ。
「夢の話だよ、大袈裟だね」
「何でそんな夢を見たのか考えて見ましょう!」
「夢って見たくて変な夢見る訳じゃない気が・・・」
「『深層心理』では山田ちゃんは可愛い格好がしたいのよ!
可愛い格好を愛しい殿方に見てもらいたいのよ!」
・・・『スイーツ脳』が始まった。
女性の身体になって、女性と交流するようになってだいぶ女性の事が理解出来るようになってきた。
『駅で男子トイレに時々女性が駆け込んで来る理由がわかった。
女性はどんな時でも大便器を使うから、便器が圧倒的に足りないんだ』とか。
しかし『パンケーキは牛丼のかわりにはならんだろう?』とか『お前ら恋愛の話をしなきゃ死ぬんか?』って部分は本当に理解出来ない。
いや、四六時中恋愛の話をしない女子もいる。
個人差はあるんだろう。
あとホモにキャーキャー言う女子は本当に理解出来ない。
俺にしてみたら『俺が男と恋をする』ようなモノだ。
それくらい俺が『男に恋い焦がれる』なんて有り得ない。
有り得ないのに、いつの間にやら俺はメイド服姿の女の子に囲まれていた。
「山田ちゃんの相手ってあの方かな?」
「きっとそうよ!」
「でも『あの方』はゆかりお姉さまにご執心みたいよ?」
「三角関係よ!」
あー・・・『あの方』が誰だがわかっちゃった。
どうやら俺はヨーダに恋い焦がれているらしい。
『違うわ!ボケ!』って否定したい。
でも『ムキになるほど怪しい』『深層心理は自分では気付かない』と言われるのはもう目に見えている。
気分が悪くなってきた。
「今日は早退します」と言おうと入り口近くのレジ前にいたゆかりお姉さまに声をかけようと入り口に近付く。
♪カランカラン
入り口についているベルが軽快な音を立てて、来客を告げる。
「「「「「お帰りなさいませ、御主人様!」」」」」手の空いているメイド達が声を揃えて挨拶する。
これ、未だに苦手なんだよな。
自分しか言う人がいなかったらしょうがなしに言うけど。
いつの間にか「山田ちゃんの『お帰りなさいませ、御主人様!』が聞けるのは激レア」とか言われはじめる始末。
開店してすぐ来る御主人様を俺は暇人と呼ぶ。
俺は暇人の顔を確認する。
ヨーダだ。
テメーまた来やがったな!
早く服代、弁償しやがれ!
俺の恨みの視線をゆかりお姉さまが「ははーん」と言う顔で見ながら言う。
「山田ちゃん、与田様を席に案内して」と。
どういう事だ?
自分指名の御主人様は自分で案内するのがセオリーだ。
俺が案内したところでどうせヨーダはゆかりお姉さまを指名する。
まぁ、御主人様の前で案内する役割を押し付け合う訳にはいかない。
俺は窓際の一番角の席にヨーダを案内する。
そこに案内したのには意味がある。
開店直後でまだメイド喫茶は閑散としている。
一番角の席の周りの席にはまだ誰もいない。
つまり小声で話せばヨーダと内緒話が出来る、という事だ。
俺は小さく少し凄みを効かせた声でヨーダに聞く。
「テメー、何のつもりなんだ!?」と。




