十九話
テイムした獣は『テイムボックス』の中に入れられるらしい。
つまり『行け!ピ◯チュウ!』『戻れ!ゲッ◯ウガ!』みたいに出したり入れたり出来るらしい。
そんな事より北極からサッサと帰ろう。
俺は女の子と手を繋ぎ『ナオミさんのアパートの中』と頭の中で念じる。
視界が暗転する。
気付くと狂ったような寒さがない。
ようやく人心地つける。
俺らは懐かし・・・というほど昔でもないが、ナオミさんの部屋に戻って来た。
取り敢えず風呂を沸かす。
凍える寒さには何と言っても風呂に限る。
女の子を置いて、異世界へ戻らないと行けないが取り敢えず風呂に入ろう。
「じゃあお風呂に入ろうか?
・・・ええと・・・何て名前だっけ?」
「・・・ケイ」
「そうか。
じゃあ取り敢えず風呂入りなよ」
「?
どうやって?」
「『どうやって』って風呂に入った事ないの?」
「ない。
汚れたら濡れた布で身体を拭くだけ」
そうか。
異世界に風呂はないのか。
いや、貴族の屋敷にはあるのかも知れない。
でも庶民の間では一般的じゃないのか。
それに日本の風呂は世界的に見ても珍しいのかも知れない。
特にシャワーなんかは教えないで使えるとは思えない。
どうしよう?
寝たきりだった俺は身体の隅々までベガに拭いてもらっていた。
森の泉で水浴びする時に「まだ一人じゃ心配だから」と俺が水浴びしてるところにベガが裸で乱入してきた。
わかっている。
100%善意からくる行動だ。
変な事を考えてしまう自分がおかしい。
心が男性の女性、心が女性の男性をどう扱うかは非常にナイーブな問題だ。
「俺は男なんだ!」と言い張っても良いんだろう。
でもそれはあくまでも『日本なら』の話だ。
その理屈が異世界でも通用するか、と言ったら微妙な問題だ。
それにケイに「実は男なんだ」なんて伝えて理解してもらえるとも思えない。
それに『女』として扱われる事を俺は少し受け入れていた。
・・・と言うのも、ベガがせっせと寝たきりの俺の身の回りの介護をしてくれたからだ。
ベガは頭のてっぺんから爪先まで、下の世話までしてくれた。
その時、身動きが出来ず話す事が出来ない俺を『一人の女の子』として扱ってくれた。
あの時の献身は感謝しても感謝しきれない。
そう言うとベガは「私も一人きりの生活に堪えきれなくなってきてたのよ。貴女の存在には私も助けられたわ」と微笑むだけだった。
だから今更『俺は男だし』なんて言ってベガを拒絶したりはしない。
ベガに『貴女』と言われ「女性として扱われているな」と思いつつ、それをやんわりと受け入れていた。
そんなベガを見ているからだろうか?
ナオミさんは俺を完全に『女性』として見ている。
俺はそんな生活を壊したくない。
だからケイにも『俺は男だから』とは言えなかった。
北極から戻ってきたのだ。
俺もケイもガタガタ震えている。
ケイに言う。
「一緒にお湯を浴びようか?」と。
「うん」ケイは寸分の迷いもなく言うと、着ている服を脱ぎ出す。
ケイは確かに年下だ。
でもそんなに違わないし『女性』を意識しない年齢でもない。
でもそんな悠長に風呂に入ってる訳にはいかない。
早く異世界に戻って『怪鳥の羽』を手に入れなくては。
そういや、異世界と日本の時間の流れは確か違うんだ。
異世界で数ヵ月過ごしても日本では一日経っていなかった。
逆に日本で数週間過ごしたはずなのに、異世界に戻ると森の大火事の直後だった。
つまり、日本である程度ゆっくりしても、異世界の時間は止まっているんだろうか?
だとしたらある程度こちらで色々準備してから異世界に戻るべきかも知れない。
しかし全ては仮説だ。
あまりゆっくりして、異世界でも時間が経過していたらいけない。
俺は取り敢えず急いでケイを連れて風呂に入る事にした。
「ケイって今、いくつ?」
「15歳」
見た目相応だ。
ケイの背中をボディソープで擦りながら聞く。
しかし本当に泡が立たないな。
どれだけ汚れてるんだ?
ケイの髪も全く泡が立たないで、三回洗い直してようやく泡が立つようになった。
ケイは当たり前だが、シャワーも何もかも日本のあらゆるモノを知らなかった。
「こりゃ、日本で一人じゃ生きていけないな」
俺は呟いた。
ふと思う。
俺が異世界で死んだらベガもナオミさんも異世界で暮らすしかない。
だって俺が異世界から二人を連れて来れないんだから。
そうなったらケイは一人で日本に取り残される。
ケイが一人、日本で生きて行く未来が見えない。
「連れて行くか・・・」
しかしこのまま異世界に連れて行っても俺が守れる気がしない。
「ここに隠れてる?
でもここに俺達が戻って来れない可能性は充分ある。
そうしたらケイちゃんはここで一人で生きていかなきゃいけないんだよ?
わかった?」俺は出来るだけ優しく言う。
ケイはフルフルと首を横に振る。
「え?
イヤなの?
どういう事?」
「私も付いて行く」
「そんな事行っても。
今から俺が行くところは危険なんだよ。
俺も多分ケイちゃんの事を守れないと思う」
「それでも付いて行く。
守ってくれなくても良い」
「『守らなくても良い』って言われても『そうですか。じゃあ死んで下さい』なんて俺は言えないよ!」
「大丈夫!
この子に守ってもらうから!」
ケイは北極グマを召還する。
おい猛獣をアパートの中で放つのは止めなさい。
爪でフローリングが傷ついてるじゃないか。
ナオミさんだったら『敷金がー!』って頭抱えてたよ。
「北極グマがケイを護れるかどうかはわからない。
もっと強いモンスターがいるかも知れないんだ」
「だったらもっと沢山強い獣をテイムする!
ここがどこだかわかんないけど、ここならこの子みたいな獣が沢山いるんでしょ?」
「いる事はいるけど・・・獣って何頭もテイム出来るの?」
「多分。
伝承の中のビーストテイマー『獣王』は数百頭の獣をテイムしていたらしいし。
私も『獣王』ほど沢山の獣はテイム出来ないにしてもあと何頭かはテイム出来ると思う」
俺はケイのステータスを盗み見てみる。
ケイは五頭の獣をテイム出来るらしい。
つまりあと四頭だ。
「しかし危険すぎる!
多分俺はケイちゃんを猛獣の前には連れて行ける。
でもそこでケイちゃんが猛獣をテイム出来る保証はない!
北極グマをテイム出来たのはまぐれかも知れない!」
「そんなの覚悟の上だから!
どうせ、ここに一人で置いていかれたら生きていけないから!
お風呂や訳のわからない道具を見て思った。
『ここじゃ何をして生きていけば良いかわからない』って。
だったら強い獣をテイムして、付いて行った方が生き残れる可能性高いのかな?って・・・。
もし獣が暴れ出したら私を置いて逃げてくれて構わないから!」
ケイの気持ちは変わらないらしい。
「わかった。
獣をテイムしてみよう。
でもどんな獣をテイムすれば良いかはわからない。
無限にテイム出来るなら片っ端からテイムすれば良いけど、テイムは『あと四頭』しか出来ないみたいだ。
おそらくレベルが上がればテイムの数は増える。
伝承の『獣王』とか言う人は数百頭の獣をテイムしていたんでしょ?
でもケイちゃんは今、五頭しか獣をテイム出来ない。
だったらテイムする獣は厳選すべきだ」
俺はナオミさんの持ち物だろうノートPCを取り出す。
良かった、パスワードを設定されていない。
ナオミさん、勝手に弄ってゴメン。
クロームをブラウザに使っているらしい。
検索エンジンがトップ画面に設定されている。
何となくナオミさんの検索履歴を覗く。
『BL』『BL同人』『BL18禁』・・・。
見なかった事にしよう。
「何か獣の希望条件はある?」
「えっと・・・可愛いの・・・」
「却下」
「何で!?」
「可愛い獣は強くありません」
「でも・・・」
「他は?」
「優しい子が良いかな?」
「じゃあゾウだね。
早速テイムしに行こう!」
この時俺は知らなかった。
人間に慣れるのはアジアゾウだ。
アフリカゾウは気性が荒い上に人間には慣れない。
「・・・死ぬかと思った。
いきなり襲いかかってくるんだもん」
「でも無事にテイム出来たね!」
「しかし暑かったなー。
もう行きたくない・・・」
「そうだね。
あそこにしかいないの?」
「わかんない。
ゾウって言ったらサバンナしか思い付かない。
とにかくサバンナは二度とイヤだ。
あと三頭、北極とサバンナ以外で探そう」
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こうして5頭のテイムビーストが集められた。
北極グマ
アフリカゾウ
トラ
マウンテンゴリラ
クロコダイル
「エサはどうするの?
食べる量、半端じゃないと思うよ?」
テイムボックスにいる間はお腹は空かせないらしい。
召還したら倒したモンスターを食べさせれば充分だと思う、と。
肉食の獣は良いけど草食とか雑食の獣はどうするんだろう?
まぁ草食獣が食べられそうな草むらはそこら辺にいくらでもあるからね。
大した問題にはならないか。
さぁ、異世界へ出発しよう!
・・・の前に、ありったけの調味料をアイテムボックスに詰める。
『アイテムボックス』はレベルが上がった時、普通に覚えられたスキルだ。
「かなり重宝されるスキルで覚えられる人は少ない」とベガが言っていた。
そうは言ってもベガも覚えてるじゃん。
自慢か!
「何をそんなに持って行くの?」とケイが首を傾げる。
異世界の料理は『美味しい』『不味い』じゃない。
とことん薄味なんだよ。
薄味でダシが効いてるなら我慢出来る。
異世界には『ダシを取る』って文化がないんだよ。
他の事は我慢出来ても、料理だけは我慢ならない。
ケイちゃんも日本の料理の味を覚えたら、きっとわかる日が来る。
実は獣をテイムするのに二週間ほど要した。
行ってみたけど空振りだった、なんて何回もあったし。
見つけたけど貧弱で弱そうな個体だった、なんて事も多かった。
地球で二週間過ごしてしまったが、俺の考えが正しければ、異世界ではほとんど時間は経過していない。
『異世界の時間経過と地球の時間経過は連動していない』と俺は仮説を立てている。
根拠の元は異世界の『定食屋』だ。
『定食屋』を始めた定食屋の主人の祖父は100年以上前に亡くなっている。
定食屋のメニューは亡くなった主人の祖父が考えたモノだ。
だが、どう考えても定食屋のメニューは最近考案されたモノだ。
つまり、日本で最近異世界に転移した定食屋の主人の祖父は異世界で100年以上前に亡くなったのだ。
これは『お互い同じ時間軸の上に存在した世界だ』と考えたら矛盾が生じる。
『異世界と地球の時間軸は全く連動していない。
地球で数週間過ごしても、異世界では全く時間は経過していない。
逆に異世界で数週間過ごしても、地球では全く時間は経過していない』と考えられる。
だから俺が入院中、異世界へ数ヵ月行って帰って来ても全く時間が経過していなかったんだろう。
だから俺とケイちゃんが異世界に戻ったら、俺達は北の岩山に向かった直後に戻る事になる・・・はずだ。




