いつか消えゆく王
暗くて古びた塔の最上階に、愛しい少女はいた。
ひどい暴力を日常的に受けていたのだろう、傷とあざが身体中にあった。
守ると言っておきながらこのざまである。なんて、なんて愚かで無力だったのだろう。
彼女は安堵からすぐに意識を失ってしまった。あまりの衰弱ぶりに、どうにか間に合ったことに安堵する。
彼女をこんな目に遭わせた兄が許せなかった。
平民を差別し、民の血税を自らのために消費して豪遊し、気に入らないものは適当な罪をでっち上げて処刑して楽しむ兄。それを止めぬ王。兄にそんなことを教えていた周りの者たち。彼らを、許すわけがなかった。
彼女を安全な場所でしもべたちに守らせると私は兄がいる場所へと向かった。
彼女と出逢ったのは、5年前。
スラムの片隅で震えていた少女は、長年調査されていた女神の愛し子だった。
彼女を、私は兄に政治的に有利に立てると喜んで保護して教会へ送った。打算から彼女へ優しくした。この国を救うため、この国をただすため、王となるために彼女を利用することを計画した。
だと言うのに……彼女は嬉しそうに笑うのだ。私の姿を見つけると、私の元に来て笑うのだ。
救ってくれた、助けてくれた、優しい王子様。彼女は、私のことをそう思っていた。
そうではないのに。
そんなきれいな存在じゃないのに。
私は、彼女が平民でしかも孤児、スラムの出身であり、貴族達の中で反感を持たれ、特に第一王子派の人たちから辛く当たられているのを知っていた。さらに風当たりが強くなることは分かっていたのに、政治的目的で彼女を婚約者とした。
それなのに、彼女は照れた様子で顔を隠し、わたしのような存在が貴方のためになるのならば、なんて言って喜んで婚約者となった。
だから、せめて彼女をできうるかぎり守ろうと思ったのだ。自分が万が一第一王子派に殺されても、彼女はどうにか助かるよう、様々な人に手を回した。
唯一の誤算は、私が彼女に恋をしてしまっていたこと。
いつからなのかはっきりとは覚えていないが、「アルベルジュ」に笑いかけてくれるのが嬉しくて。一生懸命な姿が愛おしくて。
だから、だろう。
いざ、死した時、未練となった。
彼女を、この命失われた後も守ると約束した。
だから
私は
「バケモノめっ」
恐怖に彩られ、歪む兄だった人の顔。ソレを見ながら、私は嗤った。
「えぇ、兄上。私は、バケモノになって舞い戻って参りました」
その胸は剣で貫かれている。血が流れている。だが、痛みはない。そもそも、死んでいるのだから、剣で貫かれようが、魔術で焼かれようが関係ない。
周囲の者たちが私の姿を見て恐怖で叫びを上げる。
あぁ、なんて愉快なのだろう。恐怖が、悲鳴が、心地よい。
なぜ、死にきれなかったのかはなんとなく理解している。死ぬ前に殺した死者の魔王のせいだ。彼を殺した時に、魔を司る神に目をつけられたのだろう。いや、それよりずっと前からかもしれない。
魔を司る神の眷属となってしまったが、感謝しかない。
もう、死者である自分には政治も民も国もどうでもよかった。
「あの子を傷つけた貴方を、私は許しはしませんよ」
人というくくりから外れたせいか、それとも死んで狂ってしまったせいか、生前ならば決してできなかったような事も平然とできた。
そう、実の兄の顔を焼いて、拷問にかけ、泣き叫んで許しを乞われても許しはしない。
貴族たちも苦しめた末に皆殺しにして、王は晒し首にしよう。周囲の人々も殺し尽くそう。
死者の魔王との戦闘で死んだかつての仲間達が淡々と処理していく。死んだ者達は、私を裏切ることのできないしもべとなって、生者を死者にするために徘徊する。
国は滅びに向かっていた。
死者が生者を殺して回り、いずれ生者はたった一人を残していなくなるだろう。
ここは、新たなる死者の魔王の支配する地となる。
「ミア、君を幸せにしてあげるからね」
ある、昔あった話。
とある国の王子が、兄の王子に殺された。
殺された彼は、魔を司る神に祝福されて、死者の魔王となって蘇った。
魔王となった彼は、国を滅ぼし、生前の婚約者とその滅びた国で幸せに暮らしているらしい。
死者の魔王は人類の敵だったが、かつての都から出てくることはなく、侵入する者だけを殺し尽くす異端の王だった。だから周辺の国は討伐を後回しにしている。だって、彼よりも大変な魔王が人々の命を脅かしているから。
それでもいつか、討伐されてしまうだろうけれど。
お読みくださり、ありがとうございました。
後日、活動報告で少しだけ裏話というか、ちょっとした小話を語りたいと思います。
追記
誤字報告ありがとうございました
わざとの表現以外は訂正しました
すっごい量の誤字がたくさんあって恥ずかしい限りです