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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
番外編
93/114

玉簪(2)準備


 チタニアには手紙で玉簪が出来たことを報告する。彼女とは手紙のやり取りが続いていて、雪江と暮らすことを諦めた様子は見えないのだが、これは素直に喜んでくれる筈だ。それからルクレティアとマダム・プルウィットに見本として見せ、使い方を実演して商品化できたら店の片隅にでも置いてもらえないか交渉した。二人とも興味津々で話を聞いて快諾してくれた。契約した宝飾店では一足先に商品化している。


「ネヘミヤそれいつ買ったの? 早くない? 売りに出すの今日だって聞いてたけど」


 店頭に並べられると同時にネヘミヤが身に付けていて、雪江はその素早さに驚いた。


「さっきうちに来た営業から買った」


 宝飾店の店員が檳榔館に営業に来たのだという。娼館は宝飾店の得意先でもあるのだ。


「これ知っているの? テラテオスの髪飾りだって言ってたけど、もしかして」

「うん、私が関わってる商品なの」

「へぇ! これユキエちゃんが考えたの!?」

「ううん。元からあるものを教えただけなんだけど。これから硝子の素材のを作りたいんだ。だからその簪が売れてくれると嬉しい」


 宝飾店のものが売れれば玉簪の知名度が上がって、硝子の玉簪も売れたらいいなと雪江は思う。


「任せて客に強請っとく。面白い使い方もできるし流行ると思うよ。刺さり易そうだし良いよねこれ」

「んん…?」


 ワイアットの件があるので、雪江はどこに刺す気なのか引っかかった。髪にだ。きっとそうだと思い直している間に話題は流れた。


「私達の間で流行ると貴族の間でも流行るんだよね」


 貴族の客が公娼の流行を妻に持ち帰る流れがあるという。高貴を自負している人達なら性産業従事者に対して良くない印象を持っているのかと思ったら、そうではなかった。そういう時代もあったが、いつしか女性の負担を軽減し守る役割を果たすとの認識に変わり、貴賎問わず女性の方が彼らに敬意を持っている場合も多いのだとか。娼館に資金援助をする貴婦人もいるという。


「ここだけの話、旦那と不仲の夫人が公娼を身請けしてあてがうこともあるんだ」


 家の繋がりや血筋の問題がある為、貴族の離婚は簡単ではないらしい。


「女性を攫ってまで血筋を残さなきゃいけないんだもんね…貴族も大変だね」


 雪江の誘拐は貴族が関わっていたようだというのは後になって聞いた。ようだ、というのは確証を得られなかった為だ。貴族を調べるには動かぬ証拠を揃えねばならず、ある意味雪江の救出が早かったお陰で関わっていたかもしれない貴族は助かったとも言える。雪江はそれを聞いた時には驚いたものだが、珍しいことではないというから二度驚いた。権力を持った人間の犯罪が横行する世界は単純に恐ろしい。


「あれ? でも平民の血が混ざることになるんだけど…それはいいのかな」

「さあ? 男の方が貴族の出ならいいんじゃないの?」


 ネヘミヤが適当に答えたが、その通りなのかもしれない。窮すれば優先順位をつけて何かを捨てなければならないのだ。


 ネヘミヤと揃って玉簪を着けて後援会に行くと、お洒落に敏感な参加者が目敏く見つけて直ぐに話題になる。


「それ変わった髪飾りね、綺麗」

「私さっき店頭で見たわ。玉簪でしょう? ちょっとお高いから今回は諦めたんだけど…あら? スカイラー夫人のは宝石ではないわね?」

「これ花嫁の首飾りの石を使ってるんです。玉簪って複数挿しても楽しめるんですけど、あのお値段じゃ幾つも買えないし、もっと安価なものを作ろうと思ってて」

「えっ、スカイラー夫人が作ってんの!?」


 庶民の懐に優しい玉簪計画を話すと、女性陣以上に役者陣の盛り上がりが大きかった。


「じゃあ私でも手にできるようになるんですね!」


 生活費を切り詰めて舞台衣装や小道具に当てている役者達もいて、多少余裕がある者も宝飾品となると夢のまた夢。頑張ればお洒落の楽しみに手が届く可能性が出て目が輝いている。思わぬところに需要があった。


「私もね、魔術込める為には仕方ないけど、子供にお金がかかるし、やっぱり宝石ばかり買うのはどうかと思ってたのよ……ねぇ?」

「そうねぇ。私なんてちゃんとしたアクセサリーは今つけてる髪飾りと二個しか持ってないわよ」

「私もそんなもんだわ。服に合わせて楽しみたいから髪にはリボンにしてるのよね」


 女性が貴重になるとあの手この手で気を引きたい男性達が安価なものを買わなくなり、女性もそれに慣れて安い素材の装身具を売り歩く露天商が廃れてしまったという経緯がある。材料が手に入りやすく手作りもしやすいリボンを好む人も多く、髪に編み込んで使うのが主流になっている。

 女性陣にも需要がありそうな気配だ。まだユマラテアド女性の参加はないから、そちらの需要だけは判らない。


「いつ頃出来そうなの?」

「まだ判りません。職人探しもこれからなので」

「はい! はい! 私舞台用小道具請負ってる職人紹介できます!」


 商品化を心待ちにする一人であるマロリーが挙手した。雪江が自力で探すとなると、今まで足を踏み入れなかった場所を歩き回って訊き回ることになるので時間がかかり、おそらくワイアットに心労をかける。護衛達も良い顔はしないだろう。ありがたく紹介してもらうことにした。


 次の後援会でマロリー他数名の役者に職人の作品を持ってきてもらい、仕事の種類や質を見て候補を決める。会の邪魔にならないようにと会場の片隅で雪江一人で行う予定でいたのだが、いつの間にか全員がああでもないこうでもないと参加しており、その日の後援会はすっかり職人を見極める会になっていた。

 職人とは直接交渉になるから、ワイアットは欠かせない。だかこれは迷った。脚本監修の時とは違い、完全に此方が依頼する立場なのだ。どう考えても威圧はよくない。ルクレティアに相談すると苦い顔が返ってきた。


「これがね。難しいのよ。そもそも女は取引になんて出てこないから足元見られるし、卑猥な言葉投げかけられるしそういう目で見る人が多いのよね。だから私はテディに交渉手伝ってもらったんだけど…」


 ルクレティアが言葉を切って雪江を見た。言いたいことは解る。ワイアットには無理だ。


「……やっぱりワットは置いていった方が…」

「それはどうかしら。夫の存在がなかったらなかったで、まともな交渉になるか疑問だわ。婚姻か体要求されるんじゃないかしら」

「あ、うーん……」


 雪江は皺が寄りそうになった眉間を押さえた。会ってもいないうちから誰も彼もを疑う感覚にはなれないが、可能性が否定できない程度には現実を見てきた。

 宝飾店では客の立場から入ったからすんなりと話が進んだ側面もあるのだろう。オーナーは紳士的な対応だった。彼に仲介してもらう手もあるが、それでは手数料だけでなく別のものも発生しそうだ。細かい注文をつけることになるのだから、直接交渉ができる関係が望ましい。


「そういう人柄を見極める為に単身で、という手も」

「やめなさいよ」


 雪江はそもそも、そういう人間と取引したくない。ふるいに掛けられるのでは、と迷走しかけるのをルクレティアが鋭く遮った。


「安全第一よ。大丈夫、きっと威圧ぐらい常識だと思って受け流してくれるわよ…」

「………それに賭けるしかないですね…」


 ルクレティアの慰める口調に、雪江は吐息混じりに頷いた。






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