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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第二章
73/114

26. あやしてるつもり


 護衛の詰所として使っている部屋のベッドに腰を下ろし、ワイアットは押し黙って報告を聞いていた。再び似たようなことがあって、何者かの明確な意図を感じるという話になったのだ。頻度ではなく内容がおかしいとエアロンが言う。


「二度とも俺達が潰しにかかられているんです。奥様はとうに逃れているのに」


 組織的なものなら兎も角、偶然その場に居合わせただけの人間は獲物を差し置いて損な役割に回ったりはしない。雪江を自分達ではない誰かに襲わせるのが目的と見ていい動きだ。一度で諦めていないなら付け狙われている。


「手こずったのは数だけが理由か?」

「いえ、訓練された動きの者が混じっていました」


 ではおそらくそれが首謀者一味で、他は金で雇われた者ではあるまいか。


「そいつの特徴は覚えているか」

「特徴という特徴はないのですが…」


 ワイアットは聞き出した内容に難しい顔になった。平均的な体型、よくある茶髪に青い目、顔の造作にも目立ったものはないどこにでもいそうな青年。


「最近尾けられている気配はなかったか?」


 護衛の三人は困惑と共に顔を見合わせて目で問い合う。心当たりがありすぎるのだ。


「短い距離なら毎度のことなので、いつもあると言えばあります」

「そうか、継続しての尾行や何度も見る顔があったら覚えておいてくれ」

「砂蜥蜴の連中でしょうか」

「いや」


 ワイアットは否定しかけて言葉を呑み込んだ。一部が捕らえられる羽目になって尚同じ対象を何度も狙うとは思えないが、根拠もなく決めつけるのも良くない。


「そうだな、そっちの可能性もあるか」

「他に何か心当たりが?」

「まだ言えん。場合によっては人員をよこすよう掛け合う」


 相手が誰でも、より一層警戒度を上げねばならないことだけは確かだった。







 雪江は怯えていた。護衛達の気配がいつもより鋭いことも感じ取っているようだった。ワイアットは雪江を安心させることを優先し、ただ抱き締めてベッドに入る。


「暫く出かけるのはよしたらどうだ」


 ワイアットはこれを機に外出を控えてくれればと願ってしまって、少しばかり気分が悪くなった。心配とは別に、怯えるようなことを歓迎していることになると気付いたのだ。


「うん…そうしたいけど、怖いからって家に籠もってしまったら、ずっと出られなくなりそうな気がするの」

「それでも良い」


 ユマラテアドの女の大半はそうしている。恐怖に流されまいとするのは好ましいが、戦場に連れて行くべく鍛え上げねばならない部下達とは違うのだ。耐性をつける必要はない。


「良くないよ。全然良くない」


 何かを説明しようとする時、雪江は考え込むことがよくある。言葉を探しているのだということは判ってきた。おそらく、テラテオスでは説明するまでもなかったことだから難しいのだろう。それでも解らないだろうからと投げ出すことはせず、なんとか言葉を絞り出すのだ。一生懸命な様が愛おしくて、ワイアットは難しい顔で黙り込んでいる雪江の額に頬にと口付けた。


「今真面目な話だから!」


 直ぐに雪江の細い指先が滑り込んできた。優しげなその面差しで睨まれてもワイアットは怖くはない。可愛いだけだ。指を甘噛みしたらもっと怒った。


「ワット!」

「口にもってきたのはお前だろう」

「噛んでって意味じゃないんですけど!?」


 ワイアットがつい目元で笑うと、雪江は悔しげに歯噛みしている。


「兎に角! それじゃ私、駄目になっちゃうの」


 考え中に邪魔をした所為で、今回は言葉が飛んでしまったようだ。だがワイアットはなんとなく解った。以前言っていた、つまらない人間になるということが言いたいのだろう。


「それにチャニングさんの脚本がね、最終チェックなの。エルナさん達の前での試験公演まで時間がないから先延ばしにできないし……家に呼んでは駄目でしょう?」


 ワイアットは当たり前だと言いかけて、詰まった。チャニングに直接釘を刺した上で呼べば勘違いはしないだろう。だが、二人の生活空間に男を入れるのはなんとも嫌な気持ちになる。雪江の安全を優先すべきなのだが、どうにも不快感が拭えない。葛藤している間に雪江が胸元に擦り寄って、ワイアットの思考が削がれた。


「大丈夫。もう二度だもの。そんなに何度も事故現場に行き合ったりしないと思う」


 ワイアットは頷けない。事故は簡単に作り出せるのだ。体の隙間を埋めるように雪江の背に回っている手に力を込めた。


「買い出しはしなくて良い。昼休憩の時に抜け出して俺が行ってくる」

「そういうことしてもいいの?」

「駄目でも許させる」


 セオドアが命じたことにより起きている事態かもしれないのだ。そんなことで、とは言わせない。そもそもフェレールとの時間は昼休憩に行かされている。尚更言わせない。


「ええ…? 軍隊ってそんな緩くていいの…?」

「いいんだ」

「いや絶対よくないでしょう」

「封じて欲しいのはこの口か」


 雪江の唇を上下纏めて摘むと、拳で胸を叩かれた。雪江は力を入れているようだが、ワイアットは大して痛くない。一頻りじゃれて雪江の気持ちは解れたようだったから、ワイアットは満足した。






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