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条約の花嫁  作者: 十々木 とと
第二章
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13. 免疫の問題


 ちょっとお時間頂戴しますね、とは言っても。ユマラテアドには男女で気軽に入れる喫茶店などはない。女性同伴だと安全のため何事も個室が必要になるのだ。個室があるのは少しお高めの店で、使うのは夫婦や恋人達だから、雪江一行、ネヘミヤ一行、チャニングの総勢八名を収容するスペースはない。護衛達には個室の前で待っていてもらうにしても、男性が同席する為、各一名ずつの護衛の同席は必要だから最低でも五名様。これもまあまあきつい。よって。


「ごめんなさいマダム。今度ワンピース新調しに来ます」


 苦肉の策でトコ・プルウィットの待合席を借りることにした。四人がけのテーブルで雪江とネヘミヤが並んで座り、向かいに妙に落ち着かない様子のチャニングが座る。誤解が深まりそうなので挙動不審はやめてほしいが、ひょっとしたら女性用の店の居心地が悪いのかもしれない。既婚者ではないようだから縁のない場所だろう。そう思うと雪江は申し訳ないことをした気分にもなる。


「まぁ。ふふふ。良いんですよ、脚本監修だなんて興味深いお話ですもの。ちょっと聞き耳立てても良いかしら」


 マダムがお茶を用意してくれながらたおやか且つ堂々と聞き耳の許可を願い出た。彼女も出かける機会が少ないから、目新しい事に触れたいようだと解釈して雪江は頷いた。


「何も隠すようなことはないので大丈夫です」


 誤解しているネヘミヤへ聞かせる言葉でもある。


「貴女がユキエちゃんにうちを紹介してくださったんですね。お陰様で充実した日々を送っています」

「まぁ、もしかして貴女? いえ、どこのお店を、と紹介したわけではないんですよ。でも仲良くやっているようで良かったわ」


 ネヘミヤが淑女のような上品な笑顔で応対している。和やかにテーブルを整え終わると、マダムは少し離れたカウンターに戻っていった。


「……おい。なんでこいつも一緒なんだ。どういう関係だ」

「そんなことは貴方に関係ございません。私のことなどお気になさらず、存分にお話しになって?」


 貧乏ゆすりをしながらチャニングが放った不平を、ネヘミヤは冷ややかに受け流し、澄まし顔でティーカップを手にした。変わり身の早さにチャニングも雪江もたじろぐ。


「ごめんなさい、チャニングさん。この人は私を心配しているだけです。仕事のお話をしましょう。監修依頼をいただけるということでいいんですね?」

「ああ。何処に行きゃあんたに会えんだ」

「そうですね。毎回エルナさんに楽屋を借りるわけにもいきませんし……週二回は今日のように観劇をしてますのでその帰りに脚本をお貸しいただくというのはどうでしょう」

「それじゃ落ち着いて話せないだろうが」

「とは言われましても…飲食店の個室を使いますか? 経費が嵩んでしまうので、此方としては持ち帰って添削した後、次の時にお渡しするか、……ああ、そうだ、郵送はどうですか」

「郵送? 途中で紛失して盗作でもされたらどう責任とってくれるんだ。聞きたいことも直ぐに聞けないんじゃ、時間がかかってしょうがねぇ」


 雰囲気と言葉遣いの所為で言いがかりのようになっているが、チャニングの主張する内容はまともだ。雪江は此方に来てから時間に追われるような生活をしていなかったから今までさほど感じてはいなかったが、こうなってくると電話やメールが無いのが不便だ。チャニングの劇団は専属の劇場があるわけでもないので、他に良い場所も思いつかない。


「うーん…では。うちにいらっしゃいますか?」


 チャニングが目を剥いて、軋む音がしそうな固まり方をした。


「ユキエちゃん待った。それは駄目。なんかもう色々駄目。チャニングさんでしたっけ、貴方も勘違いなさらないでね。この娘はテラテオス人で、落ちてきて日が浅いので少し常識に疎いだけですから」


 ネヘミヤが勢いよく首を雪江に向け、チャニングへ向き直った時には高圧的に釘を刺す。雪江は何かまずいことを言ったようなのは理解した。


「お困りでしたら、此方の席を提供しましょうか?」


 マダムがハーブティーのおかわりを注ぎに来て、やんわりと会話に入ってきた。


「え、ありがたいですけど、長時間居座ってしまうかもしれませんよ?」

「その時にはカウンターにも椅子を出しますから大丈夫」

「……じゃあ、場所代を幾らかお支払いさせていただくということで」

「まぁ。それじゃあ売れっ子になった時にでも沢山お買い物をしてくださいな」


 マダムが心なしかうきうきしている。


「…娯楽がほしいんですか?」


 雪江がそっと訊いてみると、ふふふ、と上品な笑みが返ってきた。マダムは意外と好奇心が強い。歓楽街に縁がなくても娼館の情報を持っていたのは、きっとこの好奇心のお陰だ。


「おい、脚本が固まってない段階で客に変な噂話されちゃ困る」

「…いや、いいんじゃないでしょうか。お店を訪れる女性客に宣伝になりますよ。女性客が付けば男性客も集まりますし、チャニングさんの大好きなお金儲けに繋がるんじゃないでしょうか」

「いや、だがな」


 チャニングが渋る理由はなんとなく解る。女性用の店に居づらいのだ。


「他に良い場所があればそちらでお願いしたいんですが」


 雪江が下手に出て問う形にすると、暫く葛藤の唸り声をあげた末にチャニングは此処でいいと頷いた。その後は報酬の話と日程調整をして、チャニングはそそくさと店を出て行った。残ったネヘミヤは椅子の向きを変えて雪江と膝を突き合わせる。


「さてユキエちゃん。仕事なのは解った。どういうつもりで自宅に誘ったの」

「えっ…と。自宅なら護衛も護りやすいだろうし、ワットの許可を得ればいいかなって?」


 非常識だったらしいということだけは判っているので、雪江の目は気まずさで逸れている。


「あー、うーん……そういうことか。旦那は許可しないだろうからいいけど。先ず男は家に誘われたらその気だと勘違いするからね?」


 ネヘミヤが子供に言い聞かせるようなゆっくりとした口調になって、雪江はいたたまれない。これが独身の一人暮らしだったら雪江の故郷でもそうなるだろうが、此方ではそもそも護衛が同席するし、色気のいの字もない先程の流れで誤解する要素があるとは思わなかったのだ。


「仕事の場所提供だからそんな風に受け止められるとは思わなかったんです…」


 ネヘミヤに謝るのもおかしい気がして、雪江は項垂れるに留まる。


「こっちじゃ女は仕事の話なんてしないから、野郎どもの頭がそういう風にできてないんだよ。うん、まぁ私ついてきて良かったよ」

「……ありがとう。助かった」


 溜息を吐くネヘミヤに適切なのはお礼だろう。なんだかんだで彼は面倒見が良い。


「それはそれとして。あいつには気を付けなよ」

「気を付けるって?」

「女に免疫ないからちょっとしたことでころっといくよ」

「え。特に美人でもないのに?」

「あのね、つんと澄ました決して手の届かない美人と可愛げのある身近な平凡顔が居たら可愛げが勝つの。褒めたりするのは絶対やめた方がいい」

「えぇえ。無理だよ、良好な関係を築くのに褒めは基本だよね?」


 現段階でそんな要素は見当たらないが、交流するうちに何かしらは褒めるべきところは出てくるだろう。そこはすかさず褒めなければ、ずっと険悪な空気から抜け出せない危機感を雪江は抱いている。あの空気のまま仕事を続けるのは流石に辛い。


「それでも! 駄目! 女っ気ゼロ舐めんな!」

「う、んんんんん? ぜ、善処します……?」


 適切に対処した結果なら、目溢ししてほしい雪江である。






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