26. 迷走の猫部屋
「コナー曹長! うちの小隊長なんとかしてください」
「今度はなんだよ」
カーステンは自分の小隊の訓練報告を終え、中隊長室から出るなり助けを求められた。見ればスカイラー小隊のネルソン二等兵だ。ワイアットに手を捻り上げられた記憶も新しいから、あまり良い顔はできない。カーステンの自業自得だったが。
「おぁ!? ぇえ…? これ、おま、な、なにやってんの、お前」
カーステンが三つの小隊が合同で使っている小隊長室を開けると、そこは猫屋敷ならぬ猫部屋になっていた。白、黒、キジトラ、茶トラ、サビ、ハチワレ。十数匹が思い思いに走り回ったり毛繕いをしたりしている。隊員が机の上の書類を破かれないように抱えたり、机の上に付けられた足跡を拭いたりする中、ワイアットは自分の机の上で丸まっているハチワレの背を撫でていた。カーステンの席と、もう一つの小隊長席は空いている。つまり犯人はワイアットだ。
「捨て猫が居なかったから代用だ」
ワイアットは平素の声音で答える。
「意味がわかんねぇよ!」
「猫を見つけたら連れてこいと言ったら厩舎に住み着いてる猫が集まった」
「そっちの説明じゃねぇよ!」
カーステンが振り返ると、ネルソン二等兵はさっと目を逸らした。
「すみません、そんな直ぐ見つかると思ってなかったので小隊の連中に声をかけたら、それぞれ持って来ちゃってこんなことに…」
「お前の所為じゃねぇか!」
「すみませんすみません! でも全部受け取ったのは小隊長です! 訳を聞いても生返事だし、コナー曹長のお力でなんとかしてください!」
ネルソン二等兵が直角に腰を折って頭の上で両手を合わせた。
「くっそ、おいワット! 解放するからな!」
カーステンが大股で室内を横切ると猫達が逃げ惑う。窓を全開にすると、背の高い資料棚の上にいたキジトラが早速飛び降り出て行った。ワイアットがそれを横目で追う。
「こいつらは俺がいなくても困らない」
「だろうな。ずっと閉じ込められてたら困ってただろうな」
猫が逃げても何も言わないワイアットを見て、ネルソン二等兵と机を拭いていた隊員が猫を逃しにかかる。
「捨て猫はどの辺りに捨てられるものなんだ」
「知らねぇよ。何をしようとしてんだよだから」
「捨て猫の原理との違いを証明したいんだが、体験しないと確かなことが言えない」
「なんの学者を目指し出したんだ」
カーステンは訳を聞き出すのを諦めた。やれやれと首を振って窓際を離れる。ワイアットがハチワレの脇に手を入れて持ち上げ席を立った。無の表情で縦に長くなっているハチワレに、すまなかったな、と一声かけて窓から外に逃した。
「手放せないのは義務感からじゃないかと言うんだが」
「そうなのか?」
カーステンは生返事で自分の椅子を引いた。座面に猫の毛がついている。
「それならあんなに触れたいとは思わないだろう」
「そうかよ」
カーステンは猫の毛を粗方取ってから着席し、書類を守っていた隊員から自分の分を受け取った。ワイアットは腕組みし、厩舎に向かって歩いてゆくハチワレの尻尾をぼんやりと眺める。
「だが性欲かと問われたら否定できないことに気付いてな」
「!?」
カーステンが空気で噎せた。書類を持つ隊員が折角死守していたものに自ら皺を作り、サビを捕らえた隊員の指に不必要な力が入って引っ掻かれ、隠れている黒猫を誘き出そうと机の下を覗き込んでいたネルソン二等兵が頭をぶつけて蹲る。ワイアットは難しい顔で息を吐き出した。
「どう説明したらいいのか解らない。愛の証明とは難しいものなんだな」
「奥さん!? 奥さんか!? 奥さんの話だな!?」
「あッ!? 人間!? 人間の話! 猫じゃないんですね!?」
カーステンの察知能力により、ネルソン二等兵他二名は敬愛する小隊長にあらぬ嫌疑をかけずに済んだ。
「おいこのポンコツ! もう俺に譲」
れ、が音になる前にワイアットが殺気を込めてカーステンを睨みつける。
「っく! しょうがねぇな! チケットやるから演劇観に行け! 観まくって勉強してこい!」
カーステンは自棄糞気味にワイアットの机にチケットを叩きつけた。