24. 護衛会議もあるよ
ワイアットに一日の報告を終えて退勤する道すがら、ナレシュが深刻な顔で切り出した。
「ちょっと二人に聞いてもらいたいことがあるんだけど」
いつになく沈んだ空気に、コスタスとエアロンは目を見合わせる。
「なんだ、こんな道端でしていい話か?」
「俺の家が一番近い、寄っていくか?」
自宮者同士にしか理解できない悩みというものがある。それ故に歳が離れていても寄宿学校出身者の繋がりは強く、何か抱えている問題があれば助け合うに躊躇いがない。ここ数日ナレシュの様子がおかしかったのは明らかだったから、直ぐにエアロンが場所を提供し、二人も遠慮なく上がり込んだ。
男の一人暮らしらしく、1DKの部屋には特筆するような飾り気はない。エアロンが入れたコーヒーを囲み、コスタスとナレシュがテーブルにつく。エアロンは直ぐそこにあるベッドに腰かけた。
「ユキエ様が部屋を探し始めた」
「はぁ?」
ナレシュが重々しく口火を切ると、予想外の話にコスタスが訝しげな声をあげた。エアロンは眉を動かしただけで無言だ。
「仕事探しにめちゃくちゃ意欲的だし、自活を考えてるんじゃないかと思うんだ…」
「いやぁ、無理でしょ。旦那様何したの? 何があったの?」
「ほんとそれ。なあこれやっぱり破局? お勤め終了のお知らせ?」
コスタスが遠い目をし、ナレシュが腹の底から息を吐き出してテーブルに突っ伏した。
「待て。それはいつの話だ。旦那様に報告してないだろう」
エアロンは渋面だ。何かあれば即行動のワイアットが動いていないのだから、伝わっていないと目する。
「コスタスが魔法医んとこ行ってて、エアロンが馬探しに行ってた時。ユキエ様が内緒にしてって言うから」
「それは本気だね。他の男探すんじゃなかったのか…」
「え、なんだよそれ」
「旦那様と結婚しなくても他の男と結婚する時に俺達を雇ってくれるっていう話をちょっとね」
「コスタスお前、いつの間にそんな踏み込んだ話を…。ナレシュ、それ明日にでも旦那様に報告しろ」
エアロンは蟀谷を押さえた。
「なんだよ。二人の仲に干渉するなって言ったのエアロンだろ」
前傾のだらしない姿勢でコーヒーを啜りながら、ナレシュは不貞腐れた。
「他の男を探すならそれはそれで仕方がない。だが自活は駄目だ」
「まぁねぇ。護衛雇える程稼げるとは思えないし」
コスタスもエアロンに同意すれば、ナレシュは唸るしかない。
「でも俺ユキエ様の信用失うよ…」
「安請け合いするからだよ。なんでそんな約束しちゃったの」
呆れ顔のコスタスをちらりと見て、ナレシュはもごもごと言いにくそうに口を動かす。
「…旦那様に内緒で行きたいとこがあるって言うからさ。内緒でプレゼントでも買いたいのかなって思ったんだよ。ユキエ様給料貰ったしさ。そしたら……行き先が不動産屋だったんだ…」
「なんでそこ想像で完結した」
「単純な確認不足だな」
コスタスが真顔で突っ込み、エアロンが呆れたように頷く。
年若いナレシュは現場経験がまだ少ない。だから離れた配置につかなければならない場合はなるべく一人にさせず、いつでも補い合えるようにしていた。いつまでもそれでは成長できないから、一人で持ち場を護らせることも必要になってくる。自宅なら隣近所の護衛もいる状況で、連携も可能だからとエアロンの方が助っ人に出たのだが、別の角度のフォローが必要な状況になるとは思わなかった。危機意識は低いが理不尽な我儘を言わない護衛対象だから、油断していた。テラテオス人だということを忘れてはいけなかったのだ。
「どうせ俺は迂闊だよ…」
すっかりしょげ返ってしまったナレシュにコスタスは苦笑いし、エアロンは溜息をついた。
「報告するんだ。ユキエ様には一緒に謝ってやるから」