17. 護衛だから気になる
庭から金属がかち合う音がする。ワイアットは時折、体が鈍るからと護衛達相手に手合わせをしていた。刃引きした剣を用意したと雪江に見せに来たので、それを使っている筈だ。護衛同士でも手の空いた時に訓練を行っているのを見かけるが、彼らはナイフや無手のことも多い。
雪江は窓の外にエアロンと剣を交わすワイアットの様子を見ながら思う。雑草毟ったほうが良いだろうかと。どういう使い方をするにしても雑草はない方がいいだろう。当初から雪江は家賃がわりにせめてと家事を一手に引き受けていたが、なんだかんだと忙しくて庭にはまだ手をつけていなかった。
「何が引っかかっているんです?」
屋内に一人残っていたコスタスが雪江の隣に並んで窓の外を見た。
「雑草です。まだちょっと伸びてるだけですけど、放っておいたら凄いことになるから庭のお手入れしようかなって。軍手あるかな。トコ・プルウィットにはなさそうですよね」
「……いや、旦那様のことです」
「ワイアットさん?」
雪江はきょとんとして、隣を見上げた。
「旦那様、男の俺から見てもいい男ですよ。まぁちょっと女心には疎いですけど、賭け事も娼館通いもしないし、見たとこきっと仕事もできる。真面目でつまらないかもしれませんが、腕っぷしも強いし頼りになるでしょう?」
「……褒めてるんですか、貶してるんですか」
「全体的に褒めてます」
昨日のネヘミヤとの会話で何か察するものがあったのかもしれないが、どういう意図があって雇用主の評価を伝えているのか解らなくて、雪江は少し身構える。コスタスの真面目な顔が胡散臭く見えた。
「突然どうしたんですか」
「旦那様もユキエ様も気に入ってるんで、長く雇ってもらいたいなと思ってまして」
柔和な顔が笑むとより優しげになるのだが、一度胡散臭いと思うとそれすら胡散臭く見える。雪江は真意を測るように注意深く見詰めた。
「嬉しいですけど、雇い主はワイアットさんですよ?」
雪江がいなくなれば首になるのだから矛先は間違ってはいないのだが、素知らぬふりをする。僅かな警戒を感じ取ってコスタスは苦笑いした。
「女性の護衛に自宮者が人気だっていうのは知ってます?」
「はい。女性と間違いを起こさないからって」
急に話が飛んで、雪江は戸惑ったように瞬く。
「そう、それもあるんですが。忠誠心の強さが好まれてるんです」
「そういうことに影響するんですか?」
「直接影響しているわけではないんですけどね」
どこから説明しようか考える間を置いて、コスタスは口を開いた。
「俺達みたいな三男ないし四男以下っていうのは、貴族じゃ揉め事の元になるんで要らない人間なんです。体の良いように自宮ってなってますが、去勢までされるんですからね、大抵の奴は絶望する。でも専門の寄宿学校が引き取って、そこで存在意義を持たせるんです。『女性を守り、人類の未来を守る崇高な役割を担う為に選ばれたんだ』って」
雪江は喉から出かけた言葉を飲みこむような奇妙な顔をした。詭弁では、と思ったのを察したのか、コスタスはにやりと片方の口角を上げる。
「絶望してるところにそんなこと言われたら縋っちまうもんですよ、解っててもね。そんなわけで。給料くれるのは旦那様ですが、護衛対象への忠誠心の方が強くなりがちなんです。寄宿学校出身の護衛は特に、護衛対象の不利益になるような進言はしないと思って良いですよ」
お分かりいただけただろうか、とでもいうように得意げなコスタスに雪江は瞬いた。
コスタスはなんでもないことのように言っているが、内容はとんでもない。彼の思惑通り、結論の説得力は増した。重いくらいだ。だが彼の意図に反して説得力の材料の方が雪江の内に残って、不快なものが燻る。燻りが蟠るように眉間に力が集まっているのに気づいて、ゆっくりと息を吐き出すことで力を抜いた。軽快な語り口から彼の中では既に消化しきっていることだと判る。同情は筋違いだし、不快感を吐露すべき相手も彼ではない。
「護衛対象がいるのは幸せなことですか?」
「とても」
雪江が少し弱ったような笑みで問うと、コスタスは曇りのない笑顔で頷く。
「…じゃあ。もし違う誰かと添うことになったとしても、そこでコスタスさん達を雇ってもらえるようにお願いしてみますね」
「………う、ううん…? そうきちゃいますか」
コスタスの笑顔が引きつった。
「無責任な約束はできませんから」
「…そんなに旦那様、駄目ですか」
参った、とでも言うようにコスタスの眉尻が下がる。
「…ワイアットさんが駄目なわけじゃないんです」
雪江も眉尻を下げて淡い笑みを浮かべ、ゆっくりと首を振った。丁度ワイアット達が庭から上がってきて話は途切れる。雪江は用意していたタオルを手渡しに行った。