表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/64

【閑話】万咲希の初恋 後編

 前回の往診から、万咲希はどうも調子が悪かった。

 体の、ではなく心の。

 あの日のことを思い出すだけで胸がザワザワして、集中力がプツンと切れてしまう。

 今まで勉強一筋だった万咲希には初めての経験だ。

 

 たとえば往診や夕食の買い出しのために外に出たとき、決まって華陽の姿を探してしまう。

 数少ない往診のときは、いつもより早起きして意味もなくソワソワしてしまう。

 そんな自分の意味不明な行動に、万咲希はとても戸惑っていた。


「はぁ……」


 今日はその往診の日。

 またも早く目が覚めてしまい、自室で勉強をしていた。


「どうした、万咲希。ため息などついて。具合でも悪いのか? 」


 今朝の朝食当番である朔矢が、じゃがいもの芽を取りながら眉を寄せた。

 一見不機嫌そうに見えるけれど、これは心配しているときの顔であると優秀な弟子は知っている。


 包丁を置いて万咲希のほうに体を向けた朔矢は、少しだけ膝を曲げて、万咲希の顔をのぞき込んだ。


「顔色は良さそうだが……。ふむ、目元に薄く隈ができているな。眠れていないのか?」


「い、いえ! きちんと寝ていますよ! 体調管理は仕事のうちですし、なにより師匠のお手を煩わせるつもりは──」


「万咲希」


 しどろもどろになって返答する万咲希をたしなめるように遮り、朔矢は腕を組んだ。

 眉間のシワが濃くなる。


「いくら体調管理をしていても、具合が悪くなることはある。それは仕方の無いことで、そしてもちろん、俺はお前が体調を崩しても煩わしいと思うことはない。心配はするが」


「師匠……」


 ありがたい師匠のお言葉に、万咲希はじわりと涙を滲ませ──


「相変わらずの石頭ね、朔ちゃんは」


 台所の窓から聞き慣れた声が聞こえ、二人はびくりと肩を震わせた。

 見れば、血の気のない蒼白い顔がニョっと窓の外に浮き出ている。

 あまりに不気味だったので、滲んだ涙も引っ込んでしまった。


「ゆ、ゆずさん。いつから聞いていたんですか」


 薬師のまとめ役である、雪女のゆずきだ。


「うーん、万咲希くんがため息をついた辺りかしら?」


「そんな前から……」


 なぜ気がつかなかったのだろう。

 苦い顔をする万咲希を横目に、朔矢は火を止めてゆずきを見た。


「ゆずき殿、悪いが万咲希の悩みを聞いてやってくれないか。内容からして俺では力不足だろうから」


「あら、尊敬する師匠の方が良い気もするけど……。そうね、たしかにあなたはこの手の相談は苦手そう」


 クスクスと笑いながら、ゆずきは玄関の方へと歩き出した。

 台所の料理音をバックに、万咲希とゆずきは居間の囲炉裏を囲んでいた。


 万咲希から『最近自分の身に起きている不思議な経験』について真剣な面持ちで聞いていたゆずきだったが、全て聞き終えると柔らかな笑みを浮かべた。


「うん、やっぱり。万咲希くん、それは恋ね」

「はあ!? 恋って誰が誰を?」

「そりゃ、あなたが鈴の音の娘ちゃんを、よ」


 当然だとばかりに頷かれ、万咲希は言葉を詰まらせた。


(恋? 俺があの子に? また彼女とはほんの数回会っただけなのに?)


 恋とはそんな軽い気持ちでするものだろうか。

 納得いかない自分とは別に、どこか腑に落ちる自分もいる。

 万咲希は「ううん」と小さく唸ると、困ったようにゆずきを見上げた。


「もし本当に恋だとして、彼女には心に決めたひとがいるって聞きました。俺の入る隙なんて……」


 そう言って眉を下げる万咲希に、ゆずきは人差し指を振ってみせた。


「恋の成就にライバルは必要ないわ。意中の子を射止めたいのなら、ごちゃごちゃ考えずにその子だけを追いなさい。取り繕ったりしないで、ありのままの自分でぶつかるのよ。大丈夫、あなたは十分魅力的だわ」


 その言葉は万咲希の心を強くさせた。

 ゆずきと別れ、往診に向かう後ろ姿は決意にみなぎっている。

 朔矢はそんな愛弟子の様子にホッとした。

 常に自信満々な彼が、ここ最近では不安げな表情ばかり浮かべていたので、師匠として心配だったのだ。


 しかし、どうやらもう大丈夫のようだ。

 往診を終えたあと、万咲希は華陽に真っ直ぐな目を向けてこう言った。


「君の病気はとても厄介だから、俺が一生をかけて君の病を治す方法を探す。絶対に」

「一生? それって……」


 互いの瞳がかち合う。

 新たな芽の息吹く音が聞こえた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ