バツ印
葉月さんの淹れてくれたラベンダーティーのおかげで熟睡していた私は、ふと大きな物音で目が覚めた。
ギシギシと軋む音やバタンバタンとドアが激しく開閉する音だ。
(んん、なに……? 騒がしいなぁ)
ぼんやりと微睡みの中でぼやく。
しかし、意識が覚醒し始めたとたん、私は寝起きとは思えないほどの勢いで飛び起きた。
「えっ、地震!?」
慌ててベッドから転げ降りると、地面が揺れていることがハッキリと分かった。
物に囲まれた部屋よりは安全だろうと廊下に出ると、同じように隣の部屋から葉月さんが顔を出した。
かなり不安そうな顔をしている。
「結奈さん、これは一体……」
「地震です。日本ではかなり頻繁に起こるんですけど……これは結構大きいかも」
常世には地震がないのだろう。
不思議そうにしている葉月さんに軽く説明をしながら、揺れがおさまるのを待つ。
やがて建物の軋む音もドアの開閉音もなくなり、グラグラと酔いそうな横揺れも収まると、二人そろってリビングに向かった。
「ええと、その大陸プレートと海洋プレートというものが原因で起こるのですね?」
説明を噛み砕いて要約した葉月さんに、私は頷きつつテレビを点けた。
「はい、大きな地震の場合は。大抵はプレートが移動したりして起こる、わりと小さなものなんです。揺れは震源地から波紋のように広がって──」
そこまで説明して、私は画面越しに目を見張った。
緊急地震速報の文字とアナウンサーの感情を隠すような冷静な声。それ自体はよく知るものだった。
テレビの裏でワァワァと騒々しいスタッフの声や不安を掻き立ててくる報知音も聞き慣れている。
しかし、ただ一つ、明らかな異常が画面に大きく表示されていた。
震源地を示す赤いバツ印。普通は一つしかないその印が、なぜか大量に、それも国土全域にわたって記されていた。
どこもかしこもバツ印だらけ。
アナウンサーや他のスタッフの様子からも、これが異常な事態であることを告げている。
私は肌が粟立つのを感じた。
「何個も震源地が存在することは異常なのですか?」
テレビの内容を聴いていた葉月さんが、眉をひそめて尋ねてくる。
「はい、たぶん」
私の言葉を引き継ぐように、ニュースキャスターたちが専門家と電話で話し始めた。
「今回の地震について、どのようにお考えですか?」
『これは、えー、そうですねぇ……』
なんとも歯切れの悪い口調で並べられた見解は、総括すると「意味不明。わからん。お手上げ」だった。
どこがどのくらい異常なのかをたっぷり語ったのち、専門家は「今のところは科学的な説明ができない」と締めくくった。
「そんな……」
私はその言葉に絶句し、ざわめく心を落ち着かせるように翡翠のペンダントを強く握った。
画面では地震発生時の映像を延々と流しながら、アナウンサーが決められた文言を繰り返し伝えている。
情報が少ないせいで、津波や避難の有無が確認取れないのだ。
「とりあえず避難準備だけでもしておきましょう」
そう葉月さんに伝えて、私は貴重品や必需品をバッグに詰めていく。
それを手伝いつつ、葉月さんは神妙な表情で切り出した。
「あの、確証はないのですけど……今回の異常事態は五芒星の門によるものかもしれません」
「え?」
驚いて顔を上げると、澄んだ金の瞳とかち合った。
「五つの門が全て開かれ、現世にも影響が出始めてしまったのではないでしょうか。先日のレオドール様から送られてきた手紙に書かれていたのです。大きな地揺れや異常気象が起こり、常世は、夏まっただ中のこちらとは対照的である、と」
「これです」と目の前に広げられたのは、あの難解な手紙だった。




