思い出
──日常が帰ってきてしまった。
見慣れた部屋の中で、私はぼんやりとそう思った。
昨日の夕方に帰宅したばかりなのに、もう既にあの広い高原が恋しい。
非日常を目いっぱい楽しんだ私は、お土産の袋やボストンバッグを見るたびに、時を戻したくて仕方なくなる。
短期にもかかわらず紆余曲折した旅だったが、それでも楽しい思い出に変わりはない。
(葉月さんも少しは楽しめたのならいいんだけど)
そう心の中でつぶやきつつ、私は隣に目をやった。
そこには、大量の写真をせっせと整理する葉月さん。
そう。ソファーに並んで座った私たちは、旅行先で撮った写真をコピー機で現像し、アルバムを作成しているところだった。
葉月さん曰く、写真自体は常世にもあるが、仕組みがまるで違うらしい。
というのも、カメラの主エネルギーが神力で、それを記憶媒体として紙面に印刷するのだとか。
聞いてもよくわからないので、私は「便利ですねぇ」なんて見当違いな返答をして葉月さんに笑われてしまった。
「あっ、これ、なかなか良く撮れていますよ」
時系列順に並び替えていた葉月さんが、おもむろに一枚の写真を差し出してきた。
覗き込むと、ラベンダー畑に佇む私が、こちらに向かって笑っていた。笑顔が若干ぎこちない。
「うわっ、なんか恥ずかしい!」
今すぐ破り捨てたいところだが、私は途中まで伸ばしていた手をすんでのところで引っ込めた。
破れるはずがない。
だって、この写真は葉月さんが撮ってくれたものなのだから。
湖から戻ってきて昼食を終えたあとなので、西日が私たちを容赦なく照らしていた。
ラベンダーと戯れている葉月さんが可愛らしくて、こっそり隠し撮りしていたところ、彼の優秀な耳が僅かなシャッター音をとらえてしまい、仕返しとばかりにカメラを奪われてしまったのだ。
それからしばらくの間、私たちはお互いに撮りあいっこをして、これはその時の一枚である。
「それを言うなら、こっちの方がよく撮れていますよー。カメラマンの腕が良いし、なによりモデルが一級品ですから!」
ローテーブルの上に散らばった写真の中から一枚取り上げて、私は「ふふん」と鼻を鳴らした。
一面に咲き誇るラベンダーと蜜を吸いに来た一匹のモンシロチョウ。そして、それらに囲まれてふわりと微笑む葉月さん。
(いやぁ、絵になるなぁ)
我ながら自信作だ。
しかし、当の本人は「うわっ」と私と同じようなリアクションを取った。
「これは何とも気恥しい……」
うぅっと呻きながらも、仕事のできる葉月さんは二枚の写真を重ねてテーブルに置く。
それを見て、私はまた一枚、写真の山から引き抜いた。
先ほどの写真と同じようなラベンダーで溢れた写真。
その中に写っているのは、笑顔で肩を並べる私と葉月さんだ。
これは拓真が撮ってくれたものだった。
写真を撮るのが趣味だと言っていたが、納得の腕前だと思う。
光の当たる角度や位置がちょうど良いし、なにより二人とも自然な笑顔を浮かべている。
私は他のラベンダー畑での写真をアルバムに貼り付けると、その一枚をページの真ん中に飾った。
脇にパンフレットや搭乗券を挟むと、また次のページを開く。
作業をしながら話すことは、やはり旅の思い出話だった。
動物園が楽しかっただの、バーベキューの味が忘れられないだの、作業する手を止めては、他愛ない話に花を咲かせる。
旅行話のお供は紅茶とバタークッキー。
クッキーは北海道で買ってきたもので、ミルクの甘く柔らかい風味がとても紅茶に合う。
ちなみに、ラベンダーティーは昨晩の寝る前に飲んだ。
もちろん、淹れたのは師匠の葉月さんである。
楽しい時間が終わったことは寂しいけれど、葉月さんと過ごす日々がやっぱり好きだった。
ホッとするような、温かくてなだらかな時間は、永遠を感じさせてくれる。
(でも、やっぱり少し変なんだよね、葉月さん。昨日の帰り際から)
飛行機の中で散々考えたくせに、結局答えの出なかった疑問が戻ってきた。
具体的にあげられるほど明瞭な違和感ではないが、なんとなく変なのだ。
(うーん、うまく言えないけど、とにかく変なんだよ。こう、動きがぎこちないというか……)
そういえば、と私は昨日の夕食後に起きた出来事を思い出した。
それはお皿洗いをしていたときの事だった。
葉月さんがスポンジと水で汚れを落とし、終わったものを私が布巾で拭いていく。
それが、この家で一緒に生活するうちに何となく決まった役割で、つまりは何十回も繰り返してきた動きなのだ。
それなのに──
(まさかお皿を割るという初歩的なミスを、あの葉月さんがやらかすとは……)
おそらく原因は、私の手と葉月さんの手が受け渡しの際に触れ合ったせいだろう。
ただでさえ体温の低い葉月さんの手は、水に晒されたことで一層冷たくなっていた。
その手が私の温まった手に触れたのだ。
驚くのも無理はない。
だが、それにしても腑に落ちなかった。
自分の指先と私の指先がぶつかった瞬間、葉月さんはまるで電気でも走ったかのようにビクリと反応して、素早く手を引っ込めたのだ。
それも、驚いたように「わっ」と声を上げて。
割れたお皿を前に葉月さんが土下座する勢いで頭を下げたのは、少し可愛かったが。
なんなのだろうか、一体。
私はアルバムのページを捲りつつ、ため息をついた。
高校生のころ、一眼レフにハマる人が続出していたけど、なんだったんだろう(‥ )?
でも写真っていいよねぇ。思い出が形として残るところとか。
とりあえずofficial髭男dismの『115万キロのフィルム』を流したい(笑)
次回、「バツ印」 グラグラですよ!!




