出立
「あーあ、こことも今日でお別れかぁ」
敷いたままの布団をピョンと飛び越えながら、明日香が残念そうに言った。
ちゃっかり両手でアメニティを抱えているので、とりあえず帰る気はあるようだが、荷造りする速度は遅い。
「また来ればいいじゃない。大学はあと四年あるし、なんだったら社会人になってから行ってもいいでしょ?」
そう言う麗は、すでに荷物をまとめ終わり、忘れ物がないか点検し始めている。
クールビューティなのは外見だけではないようだ。
ちなみに私はというと、布団の上でゴロゴロしている。
支度が終わったので、直前までだらけていようという魂胆だ。
朝食後の満腹感と広縁の窓から差し込む日だまりが、お昼寝しようと誘ってくるのだから仕方ない。
「でもさ、来年から一気に長期休みが減るって、サークルの先輩が言ってたよ。ただでさえうちの学部は夏休みが少ないのに」
「ほら明日香、早く支度しないと。男子はもう終わっているみたいだよ」
うだうだと文句を垂れる明日香に苦笑しつつ、私は自分のスマホ画面を見せた。
スクリーン上にはグループチャットが開かれており、翔月たちからの催促のメッセージがズラズラと並んでいる。
「えー、みんな早くない?まだチェックアウトの時間じゃないのに。ていうか、文句ばかり言っているとモテないよー」
「あら、さっきから文句ばかり言っているのは誰かしら」
私は明日香と麗のやり取りを聞きながら、布団を抜け出して洗面台に立つ。
すっかり伸びた髪をひとつに結わえていると、胸元で翡翠が揺れていた。
(なんか、こそばゆいなぁ)
心の中が喜びでざわめいて、私は自然と顔をほころばせた。
「結奈、準備できた?」
「あっ、うん!大丈夫!」
主室から顔をのぞかせる麗に、慌てて真顔を作って振り返る。
途端、麗はうすら笑いを浮かべて「ふうん」と言った。
「独占欲とかあるのね。草食系の優男だと思っていたから、ちょっと意外。あ、狐だから肉食系ってこと?なるほどねぇ」
恋愛に関しての女の勘は鋭い。
あっという間に葉月さんからの贈り物だと見破られて、私は顔を熱くさせた。
「そ、そんなわけないじゃん!独占欲とか、そういうのじゃないって!」
ワタワタと立ち上がって言い募る私に笑いながら、麗は「はやく行くよ」と声をかけて踵を返した。
どうやら揶揄われたらしい。
(もう!……でも、実際どうなんだろう?別に深い意味はなさそうだけど)
いくらネットで検索したところで答えは出ない。
ネックレスは独占欲の象徴と言い切るサイトもあれば、古のときまで掘り下げて考察するところもあって、情報量の多さに却ってわけがわからなくなった。
心に残るのは、淡い期待と少しの切なさ。
ただ、それだけ。
荷物を持った私たちは、名残惜しい気持ちを振り切って部屋を出る。
本当は翔月の両親に挨拶をしていきたかったが、生憎どちらも接客で忙しいそうなので、客室に書き置きを残すだけに留めた。
ロビーに行くと、拓真と泰智が待ち合い用のソファーに座っていた。
「あれ、葉月さんと翔月は?」
私の問いに、泰智がわざとらしく口をへの字に曲げた。
「お前らが遅いから、庭園でも散歩してくるってさ。まあ、すぐに帰ってくるだろ」
あ、ほら。そう言ってエントランスを指さされる。
見ると、二人がなにか話しながらこちらに向かってきていた。
私たちにの視線に気がついて、翔月が「おっ」という顔をした。
「やっと来たか。あまりにも遅いから、葉月くんが怒ってたよ」
それを聞いた葉月さんが、心外だとばかりに翔月の肩を軽く小突く。
「怒っていたのは、私ではなく翔月さんでしょう?」
「えぇ?そうだっけ。覚えてないなぁ」
とぼけたように言う翔月に、葉月さんはジト目で答えた。
ずいぶん仲良くなったなぁ、などと二人を眺めている私の横で、泰智が全員分の航空券パタパタと降って見せた。
「そろそろ行くぞ。搭乗時間が迫っている」
それに口を尖らせたのは、本日まだ文句しか口にしていない友人、明日香だった。
「えー、もう?今やっと一息ついたところなのにぃ」
ぷくーっと頬を膨らませて、私と麗より僅かに量の多いバッグを重そうに担ぎなおす。
「うるさいぞ、勝又。大体なぁ、お前がグダグダしていたから予定が狂ったんだよ。本当なら空港に到着して軽食をとっている時間だ」
「なにそれ、聞いてないよ、初耳だよ!ていうか、何で遅くなった原因が私だって決めつけるのよー」
「事実だろ」
よくもまあ、ここまでポンポンと会話が続くものだ。
私と麗が顔を見合わせて苦笑している間に、泰智がさり気なく──本当にさりげなぁく──明日香との距離を詰め、彼女の右肩にかかっているボストンバッグを持ち去った。
そしてそのまま明日香の背中に手を置き、出口までエスコート。
その鮮やかな一連の動きに、明日香を除いた女子勢──つまり私と麗の二人──が小さな歓声を上げる。
明け方まで恋バナをしていた私たちにとって、これはテンションが上がるのに申し分ない出来事だった。
しかし、それと相対的に翔月と拓真は愕然と泰智の後ろ姿を見ている。
これだから普段から色恋を二の次とする男子たちは!と勝手に偏見まがいなことを思うのだが、どうやら違ったらしい。
「あ、あの泰智が……女子と手もつないだことのない泰智が……」
「けいけ……付き合ったことのない泰智が……」
女性をエスコートしているだとぉ!!
翔月と拓真の声が、まるで息を合わせたように
ピタリと重なる。
──とはいっても、ここは旅館のロビーなので、声量はかなり控えめだったが。
それでも聞こえていたらしい泰智は、二人を睨みつけて一言。「手ぐらい繋いだことあるわ」
今まで聞いた中でダントツの低い声が届き、二人は仲良く「ひぃっ」と身を縮めた。
本当に男の子というものは、とことんふざけるのが好きなようだ。
(いや、違うか。いつまでも心は少年なんだね、うん)
いつだったか翔月が言っていたことを思い出す。
『純情な男っていうのはな、いくつになっても子供心を忘れないもんなんだ。俺みたいにな!』
果たして彼が純情ななのか、私にはわかり兼ねるが、たしかに今の彼らを見ていると子供っぽいなぁ、と思う。
泰智と明日香を追って、私たちはゾロゾロと歩き出す。
そのとき。
「あの、結奈さん」
遠慮がちに声をかけてきたのは、純情な男たちを温かい目で見守っていた同年代の青年、葉月さんだ。
「はい、どうしました?」
返事をすると、葉月さんは一度みんなの方を見てから、意を決したように片手を差し出した。
「鞄をお持ちしようかと。……あっ、いえ、別に泰智さんがしていたからというわけではなくて。ほ、ほら、結奈さん、腕に怪我をされていますから」
なんだか珍しくタジタジになっている葉月さんに、私は瞬きを一つして、それから笑った。
「ありがとうございます。大丈夫、泰智のマネだなんて思いませんから」
何故そこを気にしたのか分からないが、とりあえずそう返す。
しかし、私の言葉を耳にした葉月さんは、今度は落胆したように肩を落として頷いた。
「そうですよね……思いませんよね……」
(あれ、私なにか変なこと言った?)
戸惑う私の肩から「お持ちします」の言葉とともにバッグが取り上げられた。
「あ、ありがとうございます……」
お礼の言葉を機械的に呟いて、再び考え込む。
気がつくと、いつの間にか飛行機の中だった。
真っ白な雲を見下ろしながら、私は心の中で叫ぶ。
(私、葉月さんを落ち込ませるようなこと言った!? )
──と。
男性陣も一応恋バナはしていました。
ただし、内容は女子とは少〜し違いましたが。
葉月さんも参加していたのですが、女子禁制ということで、閑話には書かないでおきます( ´ー` )




