敵対
翌日の早朝。東雲の光が海を照らすころに、私は葉月さんに起こされて目が覚めた。
「救助の方が来てくださいましたよ」
そう言われて、私は洞窟の外を見る。
まだ目覚めたばかりの白んだ日光が差し込んでいて、夜が明けたことを知らせている。
遠くから人の話し声も聞こえていて、私は葉月さんと顔を見合わせて笑った。
来てくれたのは、近所で漁師をしている小柳さんという方だった。
昨晩は海のところどころに不自然な流れができており、念の為に夜釣りを早めに切り上げたところ、なにやら様子のおかしい翔月たちに会ったそうだ。
事情を聞いた小柳さんは、翔月たちに海の異常を伝え、明朝に捜索しようと提案した。
麗たちは初めのうちは反論していたが、小柳さんの熱心な説得に承知して、そして今に至る。
小柳さんの隣には、代表してついてきた翔月が、気まずそうに笑顔を浮かべていた。
「無事でよかった」
そう声をかけられて、私も控えめな笑みを返す。
「ありがとう。助けに来てくれて」
「いや、俺は別に。ただパニクって騒いでいただけだしな」
途切れ途切れの会話に、私はそっと苦笑した。
私たちの関係は、やはり変わってしまったのだ。
気まずい雰囲気に目を泳がせ、一瞬かち合って、どちらともなく逸らす。
そんな私たちに構うことなく、小柳さんは漁船をいじっていた。
やがて出発の準備が出来たようで、鈍いエンジン音が聞こえてきた。
「みんな心配していたぞ」
走り始めて波打つ水面を眺めながら、翔月が言った。
硬い声に寂しくなり、私はそっと眉を下げた。
「うん、ごめん。心配かけて」
「腕の傷、大丈夫か?あの変なオオカミに噛まれていただろ」
「大丈夫。葉月さんが手当してくれたから」
ブインブインと唸るモーター音に紛れて、翔月の「そっか」という呟きが聞こえた。
また、気まずい沈黙が流れる。
そんな中、となりで静かに海を眺めていた葉月さんが「あっ」と小さく声を上げた。
つられるように私も顔を上げて、同じような反応をする。
昨日あれほど切望していた砂浜が、のっぺりと広がっているのが見える。
旅館近くの海岸には人型が四つ並んでいて、こちらに向けて大きく手を振っている。
「麗たちかな?」
自然と頬がゆるみ、私も大きく振り返した。
「結奈生きてたぁ。よかったぁ」
船とともに去っていく小柳さんに何度目かのお礼とお辞儀をしたあと、明日香がそう言いながら抱きついてきた。
麗にも抱きしめられて、三人で団子状態になる。
「ご、ごめん。でも、そんなに心配すること無かったのに。葉月さんもいたし」
それより窒息しそう。
二人の抱きつく力が強すぎて、私は降参とばかりに二つの背中を軽くたたいた。
二人の腕がそっと離れていく。
私はそんな二人に笑顔を向けようとして、しかし固まった。
麗も、明日香も、どこか様子がおかしかった。
怒っているような、怯えているような顔で、私の手を掴む。
ふと気づいた。
二人の冷たい視線の先にいるのは、葉月さんだ。
「どうしたの、二人とも」
グイッと旅館側に引っ張られた私は、戸惑いを隠せずに尋ねる。
いや、二人だけではない。
翔月たちもまた、同じように警戒し、私たちを庇う形で葉月さんから距離をとっている。
なんで。そう言いかけて、ハッとした。
葉月さんの祈りはどうやら届かなかったようだ。
光る神力を目の当たりにした皆が、まるで犯罪者を見るような目付きで葉月さんを見ている。
僅か数メートルだけれど、その距離は明確に拒絶していることを表していた。
「翔月から聞いたの。昨日の結奈を襲ったオオカミ、変な光を発していたんだけど、それと同じように葉月さんも光っていたんだって。私も葉月さんの方は見ていたから、間違いないわ」
「私も見たよ。ねぇ、結奈。それってさ、葉月さんもあのオオカミと関係があるってことなんじゃないの?その人、危険なんじゃないの?」
大学からの付き合いとはいえ、麗と明日香のことはよく知っているつもりだった。
二人とも頭が良くて、優しくて、少なくとも誰かを冷たい目で見るような人ではなかった。
そのせいか、目の前にいる二人がまったく知らない人に見える。
もちろん、私のことを心配してくれていることはわかるけれど、あの優しい葉月さんをハッキリと敵視する二人が、皆が、不思議でしょうがない。
なぜ特徴が同じだからという理由で、葉月さんが敵呼ばわりされなければならないのだろう。
葉月さんの方に目を向けると、血の気の引いた顔で俯いていた。
説明しようと口を開く素振りをみせるが、声が出ないようだった。
(言わなきゃ。皆、分からないから怖いんだよ。私がきちんと話せば、きっと優しいみんなのことだから、わかってくれるはず)
私は考えるより先に、葉月さんの方へ足を踏み出した。
世界もおんなじ。
偏った考えは危ういよね。際限はよく分からないけど。




