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手当て

 よく乾いた流木を数本、放射状に組んでいく。

 なんとなく開いた傘を思わすその形は、葉月さん曰く長時間燃やすことに長けているのだとか。

 山育ちの葉月さんが、いつにも増して頼もしい。


 組み終えたところに、狐火をポンと置くと、キャンプファイヤーの完成だ。

「あったかい……」

 私は冷えた指先をかざして、ほうっと息をついた。

 ぼんやりと火を眺めている私の横で、葉月さんはもう一つ焚き火を作った。


 先ほどより少し小さめで、薪(たきぎ)の組み方も違う。

 流木を丸く並べて、その中に短くした枝を敷き詰める。

 そして、流木の外側を囲むようにして石を積み上げた。

「わぁ!これ、かまどですか?」

「はい。即席のものですけれど」

 私の問いに答えつつ、今度は茶色い何かを手にする。


 凹凸があって固そうな表面と、柔らかそうな裏面。

 それが木の皮だと気づいたときには、すでに取っ手付きの箱のようなものが出来上がっていた。

 その箱の中に大きな葉を一枚敷くと、水を汲んで火にくべた。


「傷はどの程度痛みますか?」

 私の右腕をとりながら、葉月さんが尋ねた。

 薬師の顔をした彼に、私の心臓がドキドキと騒ぎ出す。

 見習いとして横で見てきた表情が、今は自分に向けられているのだ。

 緊張するなという方が無理な話だろう。


「えっと、動かさなければ気にならない程度?……です」

 答え方が良く分からなくて、疑問形になってしまった。情けない。

 だが、葉月さんは慣れているのか、うんうんと頷いてくれた。


「なるほど。では、出血も止まってきていますし、簡単に手当だけして休みましょうか」

 それだけ言うと、再びかまどへ向き直った。

 グラグラと沸騰していることを確認し、火を消してしばらく冷ます。

 そこまで来て、ようやく私は葉月さんの一連の動きを理解した。


(そっか、湧き水をそのまま使うのは危ないから、煮沸していたんだ)

 私だったら、気にせず原水のまま使っていた気がする。情けない。


 しばらく時間を置くと、湯気の量が減ってぬるま湯になった。

 温度を確認した葉月さんが私の方を振り返る。

「傷口、洗いますね」

 ゆっくりと容器が傾けられ、お湯が右腕を滑り落ちる。

 

「なんか不思議ですね。術玉はあんなに綺麗さっぱり消えたのに、噛み跡だけはこんなにくっきり残っていて」

 赤紫に変色した歯型が、右の前腕に浮き上がっている。

 葉月さんが懐から出した手ぬぐいをお湯に浸しながら、何かを思い出すように遠くを見つめた。


「術玉もひとたび形を成せば活殺自在。むかし、私の父が言っていました。ひとを生かすも殺すも術者次第。されど、その力を与えし神の契りより、けして他者を傷つけるために使ってはならない、と」

 力の使い方については、ことさら厳しく躾(しつけ)られましたから……

 その先に続く言葉が何となくわかった。


「あのオオカミに小春さんは関係していないってことですよね」

 引き継ぐようにそう言うと、葉月さんは小さく頷いた。

「はい。これは家族だからと擁護(ようご)しているわけではなくて、その……姉は両親のことを大切に思っていましたので」


 珍しく歯切れの悪い様子に胸が痛くなる。

 本来ならば最も信頼すべき相手のはずなのに。

 ただでさえ立ち位置の難しい姉弟(きょうだい)は、時の流れに溺れ、悲しいかな家族としての縁(えにし)を途切れさせていた。


(せっかく生きていることがわかったのに……)

 こみ上げてくるものを鎮めるように、私は一つ息を吐いた。

「小春さんではないとすると、一体あのオオカミは誰の差し金なんでしょう」

 私の言葉に葉月さんが顔をゆがめた。


「わかりません。ですが、この許しがたい愚行を思い出すたびに、父の教えに背いてしまいそうです」

 ぐっと強く拳を握った葉月さんの背後で、神力が大きく揺らめく。

 なにやら怒り心頭のようで、私はごくりと息を呑んだ。

 美人の怒った顔は迫力があって怖いと聞くが、たしかに心臓に悪い。


 しかしピリピリとした雰囲気も一瞬で、手ぬぐいを私の手に巻き終わったころには、いつもの優しい葉月さんに戻っていた。

「簡単な処置だけですが、ひとまずはこれで大丈夫でしょう。なにかありましたら、些細(ささい)なことでも構わないので、遠慮なくおっしゃってください」

「あ、ありがとうございます……」


 切り替えの速さよ。

 何事もなかったかのように連絡符を読む彼に、私は苦笑しつつ近寄った。

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