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すれ違って、向き合って

 避暑地で過ごすのも今日で三日目。

 ようやっと周囲の景色に見慣れてきたと思ったら、明日の昼前には帰らなくてはならない。

 そんな観光最終日に、私たちは老若男女問わずひしめき合う、大規模な市場に来ていた。

 海沿いのそこには、今朝方あがったばかりの魚介類や、採れたての新鮮な野菜や果物がずらりと並べて売られている。


 バーベキューで使う材料を探す私たちの目の前には、黒くてトゲトゲした球体が山盛りになって置いてあった。

 バフンウニという何とも特徴的な名前のそれが、白日にさらされて黒く輝いている。


「面白いよな。俺らと同じ等黄卵で、発生の過程は似ているのに、成長すると全く違う形になるんだ。あれ? これって考えようによっては共食いになるんじゃね? 」

 翔月と泰智が店主と売買のやりとりをしている横で、拓真がニヤケ顔で言った。


「ちょっと、変な解釈しないでよ。食べにくいじゃないの」

「気にするなって。あ、ちなみに普段から食べているウシやブタも同じく等黄卵だ」

「ばか」

 じゃれ始めた麗と拓真を置いて、私と明日香、それから葉月さんの三人で野菜売り場に向かう。


「あの二人、なんだかんだ仲良いよね。会話の内容は変だけど」

 人混みをかき分けつつ、明日香が言った。

 大学からの付き合いらしいが、たしかに麗と拓真は仲が良い。

 男女の仲と言う意味ではなく、友達として。

「ね。気が合うんだろうね」

 賑やかな市場の喧騒に負けぬよう、大きめの声で返答する。

 午後になったばかりなので、昼食を求めに来た人や夕飯の買い出しをする人で溢れかえっているのだ。


 私よりも背の低い明日香を見失わないよう、なるべく距離を縮めて歩く。

 そうしながらも、私は葉月さんの様子を伺っていた。


(うん、やっぱりちょっと変だな。落ち込んでいるというか、悩んでいるというか……)

 どことなく気がそぞろになっていて、今朝からずっと話に参加してくれない。


 元々会話の中心になるような性格ではないけれど、きちんと耳を傾けていることが多いのに。

 心配になって見つめていると、視線に気づいた葉月さんが「ん? 」と首を傾げて微笑んできた。


 ──キュン。


(いやいやいや! キュンじゃないぞ、結奈さん。気持ちはわかるけども! いつも丁寧な葉月さんの気の抜けた反応って凄く良いけれども! 落ち着け私! 落ち着くんだ!! )

 などと心の中で(わめ)きつつ、私は慌てて緩みそうな顔を引き締めた。


「葉月さんがいつもより静かだったので気になって。疲れましたか? 」

「大丈夫ですよ。それにしても、市場というのはどこに行っても賑やかなものですね」

 話が逸らされてしまったような気がして、少し切なくなる。


(どうしたのか聞くべきかな? でも、踏み込みすぎたら迷惑だろうし。うーん、難しいなぁ)

 積極的に相手に働きかけることが必ずしも正しいとは限らない。

 それがときに相手を困らせたり、傷つけたりすることだってある。


 私は迷った挙句、葉月さんの話に乗ることにした。

(気の所為かもしれないしね)

 そんなふうに自分を納得させて。


 それから空が夕焼けに染るまで、市場を歩き回って食材を買った。

 肉やトウモロコシはもちろんのこと、エビやホタテといった魚介類、それからじゃがいも。

 旅館の裏にある海辺に移動してから、私たちはひっそりとそれらを焼き始めた。


 高級宿の近辺でバーベキューなど、本当はあまりよろしくないのだが、今回は特別に翔月のご両親が許可してくれた。

 従業員の方が用意してくれたバーベキューセットも、二人の計らいようだ。


「おっ、肉が焼けたぞ。野菜はまだっぽいな」

 炭の爆ぜる音と、ジュージューと焼ける食材たちの香りが空腹を促してくる。

 お皿やコップを用意していた私は、ゴクリと喉を鳴らした。


 炭火焼き特有の香ばしさを纏った牛肉と、少し焦げ目のついたキャベツや人参。

 それらをお皿に盛り付けると、それぞれ飲み物を手に取った。


 この旅行の主催者である翔月が、ゴホンと大袈裟に咳払いをする。

「えー、みなさま。この度はお集まりいただきありがとうございます。本日はお日柄もよく──」

「いや、結婚式かよ」

 分かりやすくボケた翔月に、拓真がすかさずツッコミを入れる。

 わっと小さな笑いが沸き起こり、閑散とした海辺が色付いて見えた。


「んじゃ、挨拶はここら辺にして……乾杯! 」

「乾杯!! 」

 それぞれコップを軽く持ち上げて、一口飲む。

 ワイワイと賑やかな話し声に混じって、葉月さんの「わぁ」という驚きの声がした。


「これがあの……なるほど……」

 何やら考え込んでいる様子で、コップの中を覗いている。

「どうですか? 初のビールは」

 こそっと聞いてみると、にこやかな笑みを返された。

「死者の気持ちが分かったような気がします」


 どうやら、黄泉の王を落胆させる心配は杞憂だったらしい。

(ううん、良かったような、釈然としないような……)


 ビールを飲んだことの無い自分からすると複雑だ。

「これで良いのだろうか」という思いが拭えない。

 けれど、そんな心境はすぐに吹っ飛んだ。


 ふっくら柔らかな牛肉と、香ばしく炒められた野菜。

 豪快に焼いた殻付きのエビと、バター焼きにしたホタテ。

 蒸かしたじゃがいもにもバターをのせて、醤油を少したらす。


 他愛のない話をしつつ、それらに舌鼓を打つ。

 そうして暫くたった頃、僅かに表情を強ばらせた葉月さんの姿が私の目に映った。

 なんだろうと考えてから、慌てて視線を上に向ける。

(わわっ、もう月が出始めてる! )


 日がだいぶ傾いて、茜色と濃紺の溶け合った空に、半月がくっきりと浮かんでいた。

 あと数十分もすれば日が完全に沈み、月の光によって神力が光り出す。


 グズグズしてはいられない。

 私はお皿を近くのテーブルに置いて、葉月さんの傍に寄った。

「葉月さん、そろそろ戻りますか? 病み上がりですし」

 わざと普通の声量で尋ねると、葉月さんがホッとしたような顔をした。

 周りに気を遣っていたのか、なかなか言い出せないでいたようだ。


「そうですね。少し休みたいので、私は先にお部屋に戻りますね」

 そう言って、葉月さんは周辺を軽く片付け、踵を返した。

 部屋まで送ろうと思い立って、足を一歩踏み出す。

 ──と、不意に強く腕を引かれた。


「神崎」

「わっ、びっくりした」

 驚いてた見上げると、思いのほか近い距離に翔月がいた。

 異様な空気に葉月さんを含めた全員が私と翔月の方を向く。


「ええと……翔月? どうしたの? 」

 口を一文字に引き結んで、じっと身動きをしない翔月の目を、私はじっと見つめ返した。

 周りが固唾を呑んで様子を伺っているのがわかる。


 それから僅か数秒。

 不自然な間を開けてから、翔月は目を背けた。

「……いや、なんでもない」


 いつもより低い声と、行き場を失ったようにダラリと降ろされた手が、何かあると物語っている。

 けれど、私は敢えて追及することなく頷いた。

キュン( *¯ㅿ¯*)


次回のお話から、大きく展開が動きます。

皆様、心の準備をよろしくお願いします( ᵕᴗᵕ )

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