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一方通行

「リチウム……カリウム……セシウム……銅……ナトリウム……」

  バチバチとはじける音に混じって、拓真の平坦な声が聞こえる。

  その目線の先では、手持ち花火が鮮やかな火花を散らしていた。


「すげぇ、花火見ながら炎色反応唱えているやつ、初めて見たわ」

「まったく風情がないわね」

  感心したように言う泰智と、呆れたようにため息をつく麗。

  そして苦笑しながらも同意する明日香。

  いつも通りに見えるが、四人ともどこか居心地悪そうに視線を泳がせている。


  そんな四人が、チラチラとこちらを伺っていることなど、とっくに気づいている。

  葉月さんを見送って戻ってきてから、ずっとこの調子なのだ。

(やっぱり、さっきの翔月のことだよね? 私も気にはなるけど、うーん、聞き直した方がいいのかな)

  そうは思っても、翔月は翔月でなんだか考え込んでしまって、話しかけずらい雰囲気を醸し出している。


  けれど素直に花火を楽しめていない四人に居た堪れなくなって、私は翔月のそばに寄った。

「あのさ、翔月」

「おわっ! な、なんだよ」

  ──少し驚きすぎだと思う。びっくりした。

「いや、なんかいつもより静かだから。大丈夫? 」

  当たり障りのない言葉で尋ねつつ、手先で踊る線香花火に目を向けた。


  空気から空気を渡るような繊細な動きは、いくら見ていても飽きない。

 線香花火の燃え方は 『牡丹』『松葉』『柳』『菊』と四段階に分かれており、その様は古くから【人の一生】と形容されているとか。

  そう考えると、少し切なくなってくる。

  あ、ほら。

  パチパチという音が止み、火球がしんみりと地面に落下するのを見て、私は声に出すことなく呟いた。


「なぁ、神崎」

  隣で同じように私の手元を見つめていた翔月が、意を決したように言った。

「ちょっと話があるんだけど、今いいか?その……できれば二人きりで」

「……うん、いいよ」

  私の返事を受けて翔月が立ち上がった。

  そのまま二人連れたって、海岸線沿いを歩き始める。

 種火(たねび)として立てていたロウソクの灯(あか)りが完全に見えなくなる所まで離れると、翔月はようやく足を止めた。


  早まっていた私の心臓が大きく跳ねて、一層早くなる。

  カラカラに乾いた喉をゴクリとならして、私は翔月に向き合った。

  シンと静まり返った二人の背後で麗たちの笑い声が微かに聞こえて、それが逆に現実から切り離されたような錯覚を起こす。


「多分、もう関谷たちから聞いているんだろうけど、ちゃんと自分で伝えたかったから」

  そう前置きしてから、翔月は大きく息を吸った。

「高校のときからずっと、神崎のことが好きでした。付き合ってください」


  とても短くて単純な言葉だったけれど、その中にどれほどの気持ちと勇気が込められているのか、私はとても良く知っていた。

  未だに言えないでいる私からしてみれば、翔月の言葉は本当に嬉しかった。

(でも…………)


  嬉しいという心情を笑顔で表現しようとして、失敗した。

  クシャリと中途半端に上がった口角を隠すように下を向くと、月の光によって青白く光る海砂(うみすな)が、視界いっぱいに広がった。

「ありがとう。でもごめん。私ね、好きな人がいるんだ」

 

  言いながら泣きそうになった。

  自分の言葉が明確に相手を傷つけていることがわかる。

  事実、目の前で口を挟むことなく私の話を聞いている翔月は、固く拳を握って俯(うつむ)いている。


  僅かな空白ののち、翔月は顔を上げた。

「そっか」

  貼り付けたような笑みを浮かべ、掠れた声を出した彼に、私も無理やり微笑んだ。


  本当は胸が締め付けられて仕方がない。

  今までの関係がガラガラと崩れ落ちていく音が、たしかに聞こえているのだ。

  悲しい。寂しい。けれど、自分が泣くのはお門違いであることもまた、理解していた。


「じゃあ、そろそろ戻ろうか」

  なんて声をかけたらいいのか分からず、そう尋ねる。

  しかし、翔月は私に背を向けて首を振った。

「いや、先に戻ってて。後から行くから」

  嗚呼、やっぱり傷つけた。当然だ。

  わざと明るい声で言い切る彼に、私は罪悪感を飲みこんで頷いた。

「うん、わかった」


  そうして立ち去ろうとしたとき。

  ──グルルルル

「……え? 」

  私は僅かに聞こえた唸り声に立ち止まった。

  潮風のせいで方向は定まらないが、獣の低いうめき声がたしかに聞こえた。

  周りには大小様々な砂丘による凹凸があり、浅瀬にはいくつもの岩礁がある。

  そのうちのどれかに潜んでいるようだ。


「神崎、動くなよ」

  いつの間にか隣に来ていた翔月が、耳元でそっと囁く。

  その声に二度ほど頷いて、神経を尖らせた。


「く、熊かな? 」

 声が震えて、余計に自分の中の恐怖心が高まってしまう。

  動物は大好きだが、同時に恐ろしい一面を持っていることも知っている。

「いや、どうだろう。こんな市の末端に出没するとは思えないけど。山からも随分離れているし」

 小さな声量でそう言った翔月の声も、やはり固かった。

動物園のクマと野生のクマじゃ全然違いますよねぇ。

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