伝言
決して油断していた訳ではなかった。
何者かが私達の家に術玉を送り込んできたあの日から、無理のない程度に警戒していた。
葉月さんもそうだ。
外出する度に、何度も結界を張り直していたし、街中を歩く時は周囲の気配を探りつつ歩いていた。
旅行に行く前夜だって、可能な限りお互いが離れないようにしようと話していた。
勿論その約束は守られ、私たちはずっと近くにいた。
「さっきまでは、ね」
ガランとした檻に向かって、私は言った。
ライオンのイラストが看板に描かれているので、ここはどうやら猛獣エリアらしい。
ははっ、と乾いた笑い声が漏れる。
「ここ、フラミンゴの広場と真反対だよね。……遠すぎるよ」
そう呟いた直後。
「そうね」
この無人園に初めて、人の声がした。
どこか聞き覚えのある声に、けれど記憶を探る暇もなく、私は振り返る。
声の主を確認した途端、浮かんだ感情は吃驚、戸惑い、そして少しの歓喜。
大きく目を見開いて、私はその姿を凝視した。
「あなたは……あなたは葉月さんの……」
美しい銀の髪と白い肌、葉月さんより少し深めの金の瞳、ピンと尖った耳と大きなしっぽ。
人形のように整った顏は、葉月さんの面影がある。
間違いない。葉月さんの姉、小春さんだ。
「でもっ、なんで──」
「なんで生きているのかって? 」
私の言葉を遮って、小春さんが言った。
人を寄せ付けないような冷たい声に、私は一歩後退する。
そんな私を気にすることなく、小春さんは口を開いた。
「私だけじゃなくて、霊狐一族も途絶えていないわ」
その事実は、少なくとも私にとっては嬉しいことだった。
孤独な人生を送っていた葉月さんだが、そんな彼の唯一の家族が今、私の目の前にいるのだ。
嬉しいに決まっている。
しかし、素直に喜べないのもまた事実。
彼女が葉月さんの血縁者だからといって、必ずしも味方とは限らないのだ。
いいや、むしろ敵である可能性の方が高い。
(どうしよう……どう振る舞えば良いのか分からないや)
こちらを見据える瞳が凍えそうなほど冷たくて、私は思わずたじろいだ。
葉月さんと雰囲気が似ているだけに、その目は少し辛い。
ここは会話で空気を和らげなければ。
「あの……葉月さんとは会わないんですか? 」
「は? 」
(やっちゃった!! )
無人の動物園に氷河期が訪れたようだ。
もしくは地雷による灼熱の爆風か。
どちらにせよ、私は初っ端からやらかしてしまったみたいだ。
今頃になって、自分が会話下手であったことを思い出した。
なんというか……
(凄いデジャブ!! )
【鈴の音】の次期当主であり、私の恋敵でもある、華陽と話した時もそうだった。
なにか話さなければ行けないと思い、柄にもなく話題を提示して自爆した。
あのときも同じような表情をされた。
分かりやすく言えば、「あなた何言ってんの? 」という顔だ。
そしてその表情は次第に崩れ、呆れ顔へと変化していく。
何か言いたげに口を開いた小春さんは、諦めたように小さく首を振って、近くのベンチに腰を下ろした。
「あなた、馬鹿じゃないの? もっと他に聞くことがあるでしょう。ここはどこ? とか、何が目的なの? とか」
「……仮に私がそう尋ねたとして、小春さんは答えてくれるんですか? 」
正しい答えを、と付け加える。
小春さんは、私の問いに肩を竦めてそっぽを向いた。
「答えるも何も、私はあなたに用があってここを創り出したのよ。説明するのは当たり前でしょう? 」
なるほど、彼女は随分親切な誘拐犯らしい。
「でしたら、教えてください。小春さんが何のために私をここへ連れてきたのか」
私の言葉に一つ頷いて、小春さんは話し始めた。
「単刀直入に言うわ。葉月に、今すぐ常世へ戻るよう伝えて欲しいの」
「……理由は? 」
「言えない。でもいずれ分かるわ。だって、もう世界の崩壊は始まっているんだもの」
ふと浮かべた笑みは、僅かに嘲笑を含んでいた。
しかし、そこに気遣う余裕などない。
彼女の小さな口から出た恐ろしい言葉は、私の思考を止めるのには十分だった。
「世界の……崩壊? 」
「ええ。全ての五芒星の扉が開かれてしまったの。……とにかく、あの子に伝えて。止められるのはあの子だけだから。頼んだわよ」
言い終わると同時に、小春さんの姿が煙へと変わる。
なんとなく予想はついてたが、やはりこの世界は術で創られたものらしい。
薄桃色の煙が、くるくると舞うように私を取り囲んだ。
やがて煙は透明になり、春風のように穏やかな風となった。
「最後に一つだけ。敵の正体はね──」
心地よい風とともに届いた言葉。
その意味を理解する間もなく、私の視界は白く染った。
前回、あれだけホラーホラーって騒いでいた私ですが、全然ホラーじゃなかったですね笑笑
むしろコメディー(白目)
次回、葉月さんと結奈ちゃんが合流します。そして今度こそ、説明回ですね( *˙˙*)




