迷子になった場所
──やってしまった。
葉月さんのことばかり考えていて、道順など全く頭になかった。
「ど、ど、どうしよう! え、ここどこ? 皆は? あ、そうだ、スマホ! 」
私は慌ただしくスマートフォンを取り出して、連絡先一覧を表示する。
慌てすぎて三往復もスクロールし、ようやく麗の電話番号まで辿り着いた。
震える指先で発信ボタンをタップ──
「うわっ、間違えた! 」
焦りすぎて、その下にあった、行きつけの美容院にかけてしまった。
気を取り直してもう一度。
今度はきちんと押せたようだ。
3コール目でブツリとコール音が切れた。
『ちょっと結奈、今どこにいるのよ! 急に居なくなるから、皆ビックリしてるわよ!! 』
容赦ない声量で、麗がまくし立てる。
相当心配をかけてしまったようだ。
「ごめん! 葉月さんが居ないことに気づいて、探さなきゃって慌てちゃって……」
言いながら、誰もいない空間に勢いよく頭を下げる。
通りすがりの親子がチラリとこちらを一瞥していたが、気にしない。
とにかく麗達に事情を話して、一刻も早く葉月さんを探さなければならないのだ。
しかし、私の話を聞いた麗は、何やら戸惑いの含んだ沈黙を落とす。
ようやく「え? 」と声を発した麗は、何かを確認するように身動きした後、さらに困惑した声で
「……葉月さんならここに居るけど」
と言った。
「…………え? 」
はてさて、一体何が起こっているのだろうか。
いくら慌てていたとはいえ、葉月さんの在不在を見間違えるとは思えない。
見まごうことなく、あの時あの場所に葉月さんは居なかった。
人混みに紛れていた?
否。葉月さんは私の斜め後ろにいて、一緒にフラミンゴを見ていたのだ。
距離的にも、彼がどこかへ行けば気づく。
(これ、もしかして──)
『結奈? ちょっと聞いてる? 』
通話中だということを忘れていた私は、麗の声に飛び上がった。
驚きすぎて奇声をあげるところだった。危ない危ない。
「ごめん、もう一度お願い! ちょっと考え事してた」
『まったく、結奈はすぐに考え込んじゃうんだから。合流場所を決めておこうって言ったのよ。お互い動き回るのは得策じゃないだろうし』
さすが麗。効率的な迷子対処法を心得ていらっしゃる。
「うん、わかった。どこにしようか」
「そうねぇ、あそこなんてどうかしら? あの白──」
ブツリ。
またもやハプニングが発生したようだ。
急に通話が途切れた。
「え、なに!? 」
スマートフォンを耳から離し、画面を覗き込む。
ロック画面には犬の写真が設定してあり、いつも通りの状態だ。
充電残量も問題なし。
考えられる原因は、相手の充電が切れたか、電波が悪いかの二択。
いや、もう一つある。
先ほど思いついた、無根だけど有り得そうな憶測。
「誰かが私を誘き出した可能性……」
ポツリと呟いて、その声がやけに響くので気がついた。
いつの間にか、動物園は無人になっていた。
溢れかえる人、駆け回る子供たち、箒を片手に歩く清掃員。
皆、いない。
まるで、世界に私だけが存在しているような、そんな感覚を覚える。
「どういうこと? なんで……誰も居ないの? 」
無音の世界に反響する怯えた声は、言うまでもなく、自分のものだ。
どうする、なんて考えることなく、私はもう一度スマホを覗き込んだ。
情けない話だが、この小さな端末が、今の私にとっての希望なのだ。
しかし、希望はすぐに打ち消される。
ホーム画面の左上に浮かぶ【圏外】の文字。
そして何より、【99:99】という有り得ない時刻の表記に思い知らされる。
──ここは異世界だ、と。
どこかで犬の鳴き声が聞こえた気がした。
夏なので、ホラー要素を追加しました。
私的に、文字化けと狂った時刻表記はホラーなんです(白目)
……文字化けも追加したかったなぁ。




