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もふもふの楽園

  「私……もうここに住む」


  翔月のご両親に挨拶をして、私たちは早速観光をしに出かけたていた。

 そしてまさに今、私は楽園へと足を踏み入れようとしている。

 そう、動物園という名の楽園に。


「結奈、まだ入場ゲートだよ? 」

 呆れ顔とともに明日香が言う。

 なんとも的確なツッコミだが、私はそれに答えることが出来なかった。

  意識が完全に園内マップへと向かってしまったのだから仕方がない。


「うわぁ! シロクマがいるんだって、凄い! あ、麗、明日香! ふれあいコーナー近いよ! 」

「ちょっと結奈、落ち着きなさいよ。体力もたないわよ」

 これまた呆れた顔で、麗が言う。

 だが無問題だ。

 なぜなら、飛行機の中でたっぷり仮眠をとってきたのだから。

 身体中を巡るこのエネルギー、ここで使わずしてどうするというのだ。

 

「それで、どこから見ようか? 」

「んー、ゲートから時計回りに行けば良いんじゃね? どっから見ても変わらないだろ」

 マップを覗き込みながら尋ねる明日香に、泰智が言う。


「確かに。えっと、時計回りだと……」

 翔月は「あー」と曖昧な反応をしたあと、ちらりと私を見た。

 数秒の間黙考し、ひとつ頷く。

「うん、やっぱ反時計回りに行こう。ここに行ったら全部回りきれないだろうからな。主に神崎が」


【ここ】というのは、小動物ふれあい広場のことだ。

 うさぎや犬や猫などの、いわゆる愛玩動物達がもふもふ居て、撫でたり抱っこしたり出来る。

 控えめに言って楽園の中の楽園。


「うん、自分で言うのもなんだけど、ここ行ったら一生出られる気がしないね。最早もはや住む」

 冗談交じりに肯定すれば、周囲から頷かれてしまった。

 ──解せぬ。


 そういう訳で、不本意にもふれあいコーナーは後回しになった。

 ゲートを抜け、いざ園内へ。

 翔月を先頭にして、私と葉月さんは最後尾についた。


「そういえば、葉月さんは動物園に来るの初めてですよね? その……嫌な気持ちになったりしませんか? 」

 ふと心配になって、私は尋ねた。

 葉月さんもそうだが、彼の知り合いには動物と縁のある妖が沢山いる。

 檻の中にいる動物たちの姿など、見ていて気持ちの良いものでは無いのでは、と今更ながらに思ったのだ。


 私の質問を聞いた葉月さんは、考えるように目を伏せる。

 質問の答えについて考えているというより、どう説明したら良いかおもんばかっているような様子だ。


 そうしてわずか数秒後。

 言いたいことが纏まったらしく、葉月さんは顔を上げた。

「私たち妖は、確かに動物と同じ特徴を持っています。例えば耳や尾、それに五感。ですが、妖と動物を一緒くたに考えたことはありません。さすがにくだんの目の前で牛肉を食べる気にはなれませんけれどね」

 ふふっと笑いを零しつつ、サラリと怖いことを言う葉月さん。


 件とは、人間の顔と牛の体を持つ妖のことだ。

 彼らの前で牛肉を食べるのは、ヒンドゥー教徒の目の前で食べるよりもずっといただけない。

 いいや、相手に悪いというのもそうだが、それと同じくらい、食べるこちらも食欲が減退しそうだ。


(なんか、常世の闇を垣間見た気がする……)

 食による倫理は得てして繊細で難しいものなのだ。

 尊い命を犠牲にして成り立ち、食物連鎖という確然たる秩序をもつ。それが世界。

 ──神様はなぜ、奪い合う世界を創ったのだろう。


「結奈さん、結奈さん。見てください」

 深く考え込んでいた私は、葉月さんの声によって引き戻された。

 葉月さんの指し示す方向を辿っていくと、ピンクの体と細い足が視界いっぱいに広がった。

「フラミンゴ!! 」


 熟考していた内容が弾け飛び、私の脳内は一気にもふもふ一色に染まった。

 フラミンゴはサーモンピンクの羽毛をばたつかせ、長い足を器用に使って歩いている。

 鳴き声は少しニワトリに近い。

 柵や檻で囲むことなく、広々とした空間を網目の粗いネットだけで仕切っているため、しっかりと姿を見ることが出来た。


「やべぇ、スタイル良すぎだろ。顔ちいせぇし、足は長いし。あれ何頭身だよ? 」

 泰智が笑い混じりに言う。

 その目線の先は、もちろんフラミンゴ。


「あー惜しいな。六頭身だ。でもかなり美人だな、彼女」

 拓真がメガネをクイッと押さえつつ言った。

 どこか品定めしているような視線の先には、やはりフラミンゴが居る。


「お前ら、フラミンゴに失礼だろ」

 男二人にツッコミを入れつつ、先を行く翔月。


「あっちは八頭身ね! スタイル良いし、めちゃくちゃイケメンじゃない」

「本当だ! 隣にいるのは彼女さんかな? 幸せそう! 」

 楽しそうに話す麗と明日香。

 彼女たちが見ているのは──ただのイケメンだった。


「みんな自由すぎる! 麗と明日香に関しては、見てる対象が動物じゃないし! もう、葉月さんからも何か言って……あれ? 葉月さん? 」

 頼みの葉月さんを振り返って、私は目を瞬かせた。

 後ろにいるはずの葉月さんが居ないのだ。

 あの礼儀正しい葉月さんが、勝手に一人でどこかに行く訳ない。ましてや彼にとって知らない世界で。

(もしかして、誰かに攫われたんじゃ? それとも具合が悪くなって、どこかで倒れているとか!? さ、探しに行かなきゃ! )


 葉月さんの容姿は目立つ。きっとすぐに見つかるはず。

 そう自分に言い聞かせて、私は白銀の髪と長身を探すべく、駆け出した。

 園内は人で溢れていて、友達もちゃんとそばにいた。

 けれど、葉月さんが居ないと知った途端、その全てが目に入らなかった。


 例えば砂漠で一人になったような。

 例えば終わりの見えないトンネルを歩いているような。

 そんな孤独が私の思考を鈍らせる。


 沢山の動物たちですら、今では背景の一部にしかなり得ない。

(どこ? どこ? どこ? )

 不安に喉が詰まりそうだ。息が苦しい。

 私はどうやら、葉月さんがいなければ満足に呼吸も出来ないらしい。


 ──あれ?

 ふと、私は足を止めた。

 溢れかえる人、駆け回る子供たち、箒を片手に歩く清掃員。

 先程と同じような景色のようで、全く違う。


「……ここ、どこ? 」

 唖然と呟く。

 周囲を見渡すと、視界がグルグルと回った。

(えっと、フラミンゴのコーナーから右方向に走ったから……いや、左だったかな? それとも真っ直ぐ? )

 焦りで上手く回らなかった頭が働き始める。

 そして、数秒かけて理解した。


 神崎結奈、19歳。

 この歳にして、迷子になりました。

大人になるにつれて忘れていく、迷子のときの孤独感。

頑張って思い出しました笑笑

さてさて、葉月さんはいづこへ?

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