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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第22話 きみはお化けを信じるかい

第22話 きみはお化けを信じるかい


無意識下でも聴力は機能し続ける、あんたはそう言っていた。

あんたは俺の祈りを耳で聞いて感じ取っただろうか。


「直弼や、これをご覧」


イベントの開催期間も半ばを過ぎた、ある遅い夕食の折、

じいさんは古新聞を居間の物の山から足の指で挟み、それをあんたに渡した。


「じいさんこれは…こないだ博物館に取材に来ていたところだな」

「『受付の井伊直弼さん』、直弼も有名になったもんだ…そうそう、作物も写ってるよ」

「何ち! こん島津又七郎豊久が全国デビューとね!」


俺はあんたの手から新聞の半分を奪い取った。

そこには小太りの小さな武将が、あんたの後ろで受付に座る姿と、

玄関で客を案内する姿が別の小さな写真に写っていた。


「新井博物館のマスコットキャラクターの『作物くん』…むきい!

おいは島津豊久! 島津又七郎豊久じゃっど! マスコットキャラクターやなかでね!」

「考えろ作物、その姿で島津豊久とか言われても記者が困るだけだ」

「いや…でも『島津豊久』の名前、ひょっとしたら世に出るかもよ?

誰それレベルの雑魚武将じゃなくて」


あんたと俺は揃って、ぐりんとじいさんの方を向いた。


「『島津豊久』とかどうせ犯罪者だろ」

「今回うちで頼んだ株式会社井伊デラックスの作品、あれ結構評判が良くてね。

新聞社が毎年やってるあの賞に推薦されるみたい」

「何…笠垣のところじゃないのか」

「親戚から聞いたんだけど…まあ民間の賞だからね、

井伊デラックスを推薦しても問題ないだろうさ」


じいさんの親戚となると、テレビで見る顔たちだ。

新聞社だけでなく、おそらく美術界、政界にも通じているはずだ。

笠垣に劣らぬ後ろ盾はある、推薦は間違いないだろう。


「その先の受賞は実力次第だけど、選考候補は新聞に名前が出るよ。

個人名や企業名などの団体名の他に、希望で所属員の名前も。

つまり作物の『島津豊久』は、『株式会社井伊デラックス/井伊直美、島津豊久』として」

「ふおお…! 島津豊久まこち全国デビューけ…!」

「断る…! 井伊は仕方ないが、島津などとの連名は笑われるだろうが」


あんたは口を尖らせて、じいさんにぶうぶうと文句を垂れた。

じいさんは例えだよと、あんたをなだめて笑った。


「まあ直弼、新井も博物館として作品名に入るから…」

「むう」


あんたはいまいち納得しきれていない様子だった。



笠垣いろはが自殺した。

雨の夜の事だった、部屋で首を吊っているのを父親である笠垣が発見した。

やはり顔が蓮コラでは生きていけなかったのだろう。

目も見えなくなったいろは姫に遺書は書けなかった。

口も聞けなくなった彼女に遺言もなかった。


「…死んだはずだが、その幽霊が現れないな」

「幽霊んなっとは相手と理由が要っと…」


俺は色付きの気体の状態で、ネットニュースを読むあんたの首筋に絡み付いていた。

耳に触れて、あんたの唇を自分の唇で塞ぐ。


「おいはおまんさん一族に恨みがあっと、だからおまんさん前におっと。

おいは狂いそうなほどおまんさん事思うちょっ、じゃどんおまんさはちいとも…」

「ふうん…するといろは姫はお前を恨んでいない事になる、けなげな少女だな。

あんな清純で大人しげで、しかもけなげな美少女をよく潰したな、作物よ。

お前も男なら少しは惜しいと思わんのか…潰すのではなく犯しても良かったんじゃないか」


あんたはそう言って不意に口を少し開いた。

それを逃さず、俺は舌であんたの唇を割って中に挿し入れて動かした。

こんな事をしてもあんたはちっとも動じてくれない。

唾液の糸すら繋がってくれない。


「どうでん良かと。そげんもんは要らん、おいが中んおなごはおまんさだけじゃっど。

もしあいつが化けて来てんうっ潰らかすまで、邪魔じゃっどね…他は要らん」

「…お前の呪いとは不毛だな、呪う相手が私でなければ幸せになったんじゃないか。

今の言葉をそのまま言ってやれば、お前も報われるんじゃないか。

それは愛する人にする事だ、憎い人にする事じゃない」


あんたはパソコンの前から立ち上がると、色付きの気体を裂いて部屋を出て行った。

…おんなじだよ、それが陰か陽かの違いなだけだ。

たったひとりの人を思いに思い、乞い求める中核は恋も呪いも絶対同じ。

愛憎のどっちが表に来ようが裏に来ようが、その核は必ず同じで変化する事はない。


あんたが笠垣からのメールを受け取ったのは、その翌日の昼時だった。

何て事のない食事の誘いだったので、あんたも一度は断った。

ところが笠垣はすぐに返信の返信をすぐによこし、食い下がった。


“井伊さん、きみはお化けを信じるかい?”


あんたは夕方の桜田門付近で笠垣と落ち合い、彼の車に乗る。

さすが有力政治家の身内だけあって、車も黒の高そうなものだった。

しかも運転手付きかよ、くそう結構なお坊ちゃんだ。

今日の笠垣は前に見たオタ臭い実用服ではなく、きちんとジャケットにネクタイを締めて、

少し改まった服装にめかしこんでいた。

ひょろいキモオタもこうして見ると、スマートなイケメン御曹司だな…むかつくわ。


いくら大名扱いでも佐土原とか貧しい領土の、しかも島津家中でも数段に格の落ちる、

庶流の名も無き男子ごときには、移動にこんな立派な支度などしてやれぬ。

島津豊久やら何のたしなみもない男に、笠垣のような品のある身のこなしなど出来ぬ。

こんな下衆で下品な男などが、女人の伴として細やかな心配りなど出来る訳がない。

我ながら何のとりえもなく、死しても何ら惜しくもない身であった事よ…。


「井伊さんのような奇麗な女性と、こうしてご一緒出来るとは光栄だね…」

「さすが黒い噂の絶えぬ笠垣の車だな、真っ黒だ」


そう嫌味を返すあんたも、笠垣の行く先を普段着では行けぬ場所と読んでいるのか、

白地に初夏の柄のついた袷の訪問着を着込んでいた。

出かける前、なぜ和服にするのかと着替えるあんたに聞くと、

訪問着ならば着る人も場所も選ばないと、そう冷たく教えてくれた。


膝の上に揃えられたあんたのあの手に、笠垣は手を伸ばした。

俺は笠垣とあんたの間に割って入り、どかりと陣取ってシートの中央を無理矢理隔てた。

笠垣…貴様の意図は知らん、だが俺の邪魔だけはするな。


あんたの読みはなかなかだよ、笠垣の予約していた店はやはりいい店だった。

まず普段着で行くところじゃない、大人同士の特別な駆け引きに使う店だ。

普通の男女の記念日でも行けないところだろう、まず会員制が敷かれてある。

打ち水のされた石畳の玄関をくぐると、仲居が敷地内の離れに案内してくれ、

そこで下足番が履物を預かってくれる。

通された座敷からは、その部屋だけのために作られた庭の灯りが見える。


「ずいぶんな店だな、私は政治家か」

「井伊さんを呼び出しておいて安い店じゃ失礼だ…男がすたりますよ」


笠垣はあんたを先に座らせ、あんたが裾を正して座るのを見届けてから、

あんたの隣にわざわざ座って、着物の肩にそっと触れた。


「花橘…井伊さんらしい柄選びだ、美しい」

「…何がしたい笠垣豊久」


あんたは笠垣を振り返りもせず、静かに問いかけた。

嘘だろ、こいつも「豊久」かよ…。


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