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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第21話 ガスクラウド

第21話 ガスクラウド


「大丈夫、直弼は何もしていない」


玄関でじいさんは俺を抱きしめて背中を撫でてくれた。


「じゃどん、じじどん…! 任意同行ち、そん時点でとっくん逮捕状が請求されっち…」

「大丈夫だよ…これは自然現象、罪には問われぬ」

「じゃどん、じゃどん…!」


じいさんはふと受付の奥にかかる壁時計を見た。


「…開場の時間だ、博物館は私と手伝いのみんながいるから大丈夫。

行ってあげなさい作物や…ここで泣いているのなら、行っておやりよ。

直弼みたいな頼りない子は誰かが守ってやらねば…警察内部はお前にしか行けぬ」


そうだ、あんたには危機管理能力が一切ない。

一見すると鉄壁のように思えるが、それはただ耐久性が高いだけの事。

降り掛かる災難を受けて耐える事は出来ても、あんたはそれを避けられない。

さっきだって何の疑いもなく刑事について行ってしまった。

あんたは他の男に声をかけられたら、誰にだってのこのことついて行く女なんだ。

俺にだって黙って身体を差し出すような女なんだ。

俺の敵は俺が守らねばならぬ。


俺は魔改造を施した井伊直政特大リボルテックから魂を抜いた。

戦国の小さな武将は色付きの気体へと戻って行く。


「おおきにじじどん…!」


俺は玄関の扉を貫いて、新井博物館を飛び出すと色付きの風になった。

気体の移動はいつだって風でなくてはならぬ、光であってはならぬ。

風はすぐ近所の警視庁の玄関に勢い良くぶつかって、それを破り侵入する。

署内の廊下を駆けながら、あんたの気配を探る。

そこから位置情報を割り出し、それをリアルタイムで更新しながら進む。

いたぞ、あの取調室だな…!


行っど…GOじゃっど豊久、俺は色付きの霧になって取調室の扉を貫通した。


「臭っ…!」


あんたはすぐ異変に気付き、鼻をつまんだ。

取調官らはそんなあんたの様子に目を丸くしていた。

そして記録用のコンピュータの中に入り込むと、そこから通信網に入り込み、

ホストコンピュータに侵入してパスワードを解析し、スーパーユーザ権限を取得した。

警察のセキュリティも複雑なパスワードも、亡霊の前には無効だ。

あとは簡単、プログラムに干渉して証拠となる防犯カメラの画像を編集するだけ。

あんたの姿は別人へと変化した。

亡霊が侵入の痕跡なんか残すもんか、何億回、何兆回、何京回ディスクを検証しても、

答えは必ずフォルス、そこにはヌルしかない。


誰が貴様らにくれてやるか、井伊直美は俺の敵だ。

あんたを潰していいのは俺だけ、あんたを独占していいのは俺だけだ。

あんたは俺だけの敵、他人の敵に手出すなよ。

俺はあんたを必ず守る、あんたを潰すのはこの俺だ。


「確かに笠垣さんが新井博物館に来たのも、その後私も公園に行ったのも認めます。

ですが私は事件に一切関与していません」

「目撃はしていますよね、なぜ通報しなかったのですか?」

「通りすがりの一般通行人に通報の義務はないはずだ」

「とりあえず、井伊さんにも防犯カメラの画像を見てもらいましょう。

細かい話はその後ででもゆっくりと」


刑事がもうひとりの立会人に用意をさせた。

ノートパソコンが机の上に置かれ、再生ソフトウェアが立ち上げられて、

問題の箇所が含まれたファイルを開いて、再生を開始する。

俺は記録用のコンピュータに戻り、ネット回線を通じて閲覧の様子を、

新井家のノートパソコンのハードディスクに書き込んだ。


「…これのどこが私か?」


問題の箇所にさしかかると、それを見たあんたは口を開いた。


「えっ…そんな、確かに井伊さんと特徴が一致する女性の姿が…」

「私は若くない、しかも男ではない」

「ハッキングによるデータ改竄か? ただちにコンピュータを調べろ!」


あんたは椅子からすくりと立ち上がった。

刑事たちが怒号をあげてそれを取り押さえ、無理矢理あんたを椅子に戻そうとした。

…実にいい絵だ、新井博物館に展示してやりたいね。


「帰らせていただく、たかが任意同行に身柄拘束の権限はないはずだ」

「なっ…!」

「次は正式に逮捕状を取って来い…笠垣のお嬢様を殺した罪の証拠を捏造してな」


あんたはドアを刑事に開けさせると取調官を出て、そのまま警視庁を出て行った。

新井博物館に戻るととっくに公開時間が始まっており、

来場の客をさばくのにじいさんらは大忙しだった。

あんたはすぐに受付に入って、手伝いの女の子と交代した。

俺も魔改造を施した井伊直政特大リボルテックに入り、仕事に戻った。


「…お前だな作物、公園の防犯カメラの画像を改竄したのは。

警察のセキュリティを破って、ホスト深部にまで干渉出来るのは凄腕ハッカーでも難しい。

おそらく侵入の痕跡も残っていない、警察の技術者でも証拠はまず掴めないだろう。

そこまでの事を成せるのはロジックマスター、もしくは亡霊のお前しかいない」


閉館間際の客もいなくなった受付で、あんたは不意に切り出した。


「ごめん…おいがせいで、おいが笠垣いろはば…」

「取り調べを受けるのもまた一興、細かい傷は気にするな作物。

でもグッジョブだったぞ島津豊久、面白い物を見せてもらった…ありがとう」


そんな事言うなよ、俺がみじめになってしまうじゃないか。

…俺はあんたを呪っているのに。

そうやってあんたが笑顔を見せるたび、あんたがほんのたまの優しさを見せるたび、

俺は自分の中に、心に、小さな負けを重ねてしまうじゃないか。


「おまんさにゃ危機管理能力ちもんがなかかね、おいが来んかったら…。

おいが守っちゃらんとおまんさは…」


精一杯強がってみても虚しいだけだった。

あんたの膝に置かれたあの手に、人形の小さな手がちょんと触れる。

俺が生きていた頃の手と大きさを比べて、そこに性差を感じた。

俺は自分にまた小さな負けを重ねた。


夜中に憎い人の耳から魂を抜いて実体を作る、その抜け殻にも俺は敵わない。

何の反応も返さない砂にも俺は敵わず、ただ吸い込まれていくだけだった。

あんたを憎みながら、やってる事は真逆だ。

矛盾の前に俺はただの男だった。


憎い、呪わしい人の身体を抱きしめて、手で撫でる。

何度も何度も繰り返しそうっと撫でては、肌に唇を寄せて静かになぞる。

そこにはもう暴力はなかった。

あんたの背に上体を屈める俺の姿はまるで祈るかのようだった。

応えておくれ、パントマイムではなくただの女として。


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