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不毛の子  作者: ヨシトミ
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第20話 井伊直政特大リボルテック魔改 島津豊久仕様

第20話 井伊直政特大リボルテック魔改 島津豊久仕様


翌朝、新井のじいさんは新聞の記事に目を止めた。

日比谷公園内で顔が蓮コラになった少女の事を報じていた。


「作物よ…いくら証拠が残らないとは言えこれはやり過ぎぞ」

「どうやら作物なりの『恋ん証し』のつもりらしいぞ、じいさん」

「ぶっ、恋が泣いて悲しむね」

「だろ? 私も昨日同じ事作物に言ったよ」


あんたはじいさんと一緒になって、昨日の俺の戦いを笑っていた。


「ああん! ひどかと!」


島津豊久という、井伊直政特大リボルテックはぴきぴきと鳴いて声をあげた。


「聞こえんな、可愛らしい武将がぴよぴよ鳴いても無駄だ」

「そんな小さな武将じゃなあ…可愛らしいだけで何の迫力もないね」

「ぎゃひん!」


このままでは俺、「小さな井伊直政」で終わってしまう…!

ここはやはり改造を入れるべきだろう…魔改造ってのをだな!

うんむ! おいはやっど、GOじゃっど豊久!


「むん」


あんたとじいさんが仕事を始めたのを見届け、俺はさっそく魔改造に取りかかった。

井伊直政特大リボルテックの中に入ったまま、ぐっと伸びて拡大する。

物質の質量には限りがあり、あまり大きくは出来ないがまあ上等だ。

子供ぐらいの大きさにはなっただろうか、ついでに元の体型を取り戻した。

それからジョイントでつながる関節を滑らかにし、中をオーブで補い表面を伸ばして覆う。


「むきゅ」


もこもこ動いて外観に変形を施し、それから一旦外に出て霊体に戻り、

身体で全体を包み込んで表面の色を染め替える。

井伊の赤備えは、島津の淡い青のグラデーションと黒のさし色に染まって行く。

袴は赤地に白の小さな紋、はいだてと鎖状になった甲冑の胴は銅色に、

兜と太刀の鞘は濃いえんじに銅色をあしらい、飾りの唐の頭は濃い焦げ茶と、

俺が着けているぼろぼろの装備を元に、無くした装備を補った。


それからあんたの部屋の鏡を見ながら、顔をぐにゃりと変形させた。

今様の南蛮風イケメンは、生前に毎日見ていた純和風のほくほく顔に戻って行った。


「おいこら井伊直美、見やんせ。どげんね?」


魔改造を終えた井伊直政特大フィギュアに入って、俺はあんたの前に現れてみた。

じいさんはぴしと固まり、あんたは俺の魔改造に思わずのけぞった。


「えっ…」

「じゃあん! 『井伊直政特大リボルテック』魔改、島津豊久仕様じゃっど。

くくく…こいはメタモルフォーゼ・タン・ドゥ・島津豊久じゃっどね。むきゅ」


あんたは新生島津豊久を一通り見た。

どげんね? かっこ良かかね? よかにせん見えっとか?

 

「ださ」


あんたはぷいと背中を向けて、何事もなかったかのように仕事に戻った。


「ああん! ちんたか!」

「…これが島津又七郎豊久かね作物や。うん、実に参考になる」


じいさんはふむふむ言って、俺の魔改造をしげしげと見つめた。


「じじどん、まこてか?」

「これでも一応歴史に関わる仕事をしているからね…。

実物を見ている作物には、もっといろいろ聞いて勉強したいものだね」

「ああん、じじどん大好きじゃっど!」


俺はじいさんの膝に腰かけて、あんたをじろりと横目で見た。


「じゃどん井伊直美はまこちひどかと…こいぞ井伊ん赤鬼じゃっどね」

「仕方あるまい、作物の時代とこの時代では美の基準が違うんだから。

島津豊久はたいそう美しかったと聞くよ、これが戦国の美なのだね…」


じいさんは俺の丸い頬をぺたぺたと撫でて、嬉しそうに言ってくれた。

触れてもらえるってこんなにも幸せな事だったのか…。


「ああん、やっぱいじじどん大好きじゃっど…!

んで…おいも博物館が仕事ば手伝うて良かかね、じじどん」

「そうだなあ…直弼と受付でも手伝ってもらおうかの」



新井博物館では、新井花を特集したイベントがいよいよ始まった。

俺は玄関に立って、来場客を受付に案内する仕事を任された。


「おじゃったもんせ、こんにちはあ!」

「…どこのハンバーガー屋だ、作物よ」


じいさんの新井博物館は民…屋敷を使った小さな博物館だったが、

歴史的には重要であったので、イベントにはいつも以上に多くの客が来てくれた。


「何だ、この小さい武将係員は? 子供か? …いやおっさんだな、ドワーフか?」

「ドワーフやなかでね、おいは島津又七郎豊久!」

「島津豊久? 知らんなそんな武将」

「そういやこの博物館、受付に井伊直弼がいるんだよ」

「えっ…」


来場客の中にはあんた目当ての者もあったのには驚いた。

やっぱり名前が「井伊直美」だとそうなるか。

「受付の井伊直弼」、あんたも案外有名なのだな。

その井伊直弼を桜田門外で、この島津豊久が完全撃破の予定…ぷくく。


イベントが始まって1週間ほどして、受付の仕事にも慣れた頃だった。

その朝もあんたはじいさんと俺と3人で、開場の準備をしていた。

そこへ二人組のおっさんがやって来た。

彼らは玄関の掃除をしているあんたに声をかけた。


「井伊直美さんですね?」

「はい」

「すぐそこの警視庁から来た刑事部捜査課の者なんですが…」


男たちは身分証をあんたに提示し、話を続けた。


「この近くの日比谷公園内で6日前の午後3時半頃、少女が傷害事件に遭いました。

公園内の防犯カメラの画像を調べたところ、あなたが映っていたのと、

被害者の笠垣いろはさんとお知り合いのようなので、何か事情をご存知ではないかと…」

「笠垣いろはさんは仕事の関係者の娘さんです」


あんたは刑事たちに怯える事なく、きっぱりと答えた。


「もしよろしければ、そこの署でお話を伺いたいのですが、

一緒においでいただく事はできませんかね」


こいは…任意同行じゃっどね!

あんたはあの時あの場所に居合わせた、事件への関与を疑われている。


「行ったらいけん! いけんが! 容疑者んされっせえ逮捕されっど!」


俺はあんたの足許にすがりついた。


「構わんよ、私は実行も共謀も教唆もしていない。ただの通行人だ」

「いけん! 井伊直美、行ったらいけんが! 貴様らちゃあんと令状ば取って来んね!」

「やめとけ作物、お前が逮捕されるぞ」

「じじどん! じじどん…!」


俺は叫んで館内にいるじいさんを呼んだ。

気付かないのか、じいさんは来ない。

その間にもあんたは受付からかばんを持って、刑事たちに連れられて行ってしまった…。


「どうした作物!」

「い…井伊直美が…警察に、警察にい…!」


戦国の小さな武将は地べたに座り込んで手をつき、わあわあと泣いた。

…俺のせいだ、またしても俺のせいだ。

俺はあんたにこんな形の不幸など望んではいない。

あんたに降り掛かる不幸は俺が作るのだから。

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