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勝一色の男

 その後の展開も、謎の青年が驚異的な雀力を見せつけ、他の追従を許さない、圧倒的な流れで幕を閉じた。


 全てを飲み込んでしまいそうな黒い髪と瞳。

 やつれ気味だが、しっかりとした輪郭の顔。

 シワだらけの黒シャツを着こなし、のぞく肌には青あざが浮かんでいる。

 

 青年は、椅子の背もたれに掛けられたボロボロのコートを羽織ると、卓に投げられた札束を雑に掴み、ボロボロのコートの内ポケットに無造作に突っ込んだ。

 続けざまにタバコに手を伸ばし、火をつけて煙を吹かす。


 もうその目には、全てを喰い殺すかのような、あの闘志は込められていなかった。

 死んだような…そんな目をしている。

 まるで別人。達也はそう思った。


 しかし、達也はその去り際すら美しいと思った。

 自分が蹴散らした相手の恨み、妬み、涙すら煙の壁を作って自分の世界と隔ててしまう。

 金に執着はなく、おそらく「麻雀を打つ」そのもの事態に意味があるのだ。


「ハッ!違う!惚けてる場合じゃない!僕は彼にどうしても頼みたいことが…!」

 達也があの青年に頼みたいこと。それは「金は出すから、代わりに打ってくれ」。いわゆる代打ちである。

(彼の力ならきっと大金を稼いでくれるはず!…イヤ、何ならウチの借金だって…!)

 

 出口の方へ走り出し、途中で店主が空のコップを裏に持ってこうとしてるところだったので、話を聞いた。

「なあオヤジさん、さっきの僕と同じくらいの男子、名前知ってる?」


「ん?あぁ…なんだオマエ、そんなことも知らねえでこの雀荘に来たのか?」


「どーゆーこった?それは」


 店主は「ハァー…」と呆れた声でコップをテーブルに置き、引き出しから1枚の写真をだした。


「この不気味なガキだろ」

「そうだ!知ってんだろ、話せよ」

 店主はタバコを吸い出すと、勿体ぶったように話し出す。


「そのガキは神谷 恒一かみや こういち、15歳でここらの一帯の雀荘に転がり込んでは、賭け金全部掻っ攫ってく…はっきり言ってバケモンだ」


「神谷…恒一…」

「ただ、なぜか知らねえがヤツは1日に半荘1回しか打たないんだ。そこが逆に不気味…って、あのガキどこ行った?」


 達也は名前だけ聞くとまたすぐに駆け出した。

 腫れた右目のせいで階段から転げ落ちそうになって、その足の勢いは落とすことはなかった。

 するとさほど遠くないところで、例の青年、神谷恒一はゆっくりと歩いていた。

 酒でも飲んでるんじゃないかと思うほど、その足取りはおぼつかない。

 だが達也にとって遅いのは好都合だ。


「ねえ君!さっきの麻雀、めっちゃ強かったな!しかも見たところ僕と同い年ぐらいだしさー」

 ふらついた歩み前に突如、駆け足が立ち塞がり、一方的に話し始める。

「………誰だ、テメェは?」

「あぁ、あの、さっき雀荘で麻雀打ってただろ?それ見てたんだよ!!ほらッ、僕のこと覚えてない?」

「………」

 神谷はなんの反応も示さない。思い出そうと頭を整理してる素振りすらない。

「…悪いが覚えてない。で、何のようだ?」

 態度の悪さに達也は少しムッとしたが、これから自分は頼む側の人間になるので、我慢することにした。

「そのさぁ…なんていうか、君、麻雀めちゃくちゃ強いじゃん?だからさあ、僕の代わりに麻雀打って欲しいんだ…あぁー!もちろん賭け金は僕が出すし、勝ち分の3割は君の取り分ってことで」

「断る」

(ここまでは予想の範疇…)

「ん〜ん、ならば5割だ!これ以上は出せない!なぁ頼むよ」

(最初っから5割出す予定でいたさ…しかし、もし断られた場合を考慮して…)


 人間を低い利益で働かせたい場合、それよりさらに低い利益を最初に提示すること。

 そうすると相手は即断るか、迷いだす。

 そうしたならば、もともと出す予定だった条件を提示すれば、相手はその条件を受け入れる可能性が高い。

 絶対的視点を手放し、相対的な視点に切り替えてしまう、人間の心理を使った交渉術である。


 だが、神谷の出した答えは、その予想の上をいく答えだった。

「それでも断る」

「なっ、何でだよ!?」

「俺はその日食ってくのに必要な金と明日の賭け金以上を麻雀に求めない。【麻雀を打つ】それ自体に意味があるんだ」


 達也にはよくわからなかった。

 博打を打つ人間は皆欲にまみれて、埋もれてる。

 そう思っていたのに、こいつだけ何かが違う。

「第1、俺は1日に半荘1回…できて2回しか、ワケあって打てないんだよ…ところでお前何歳だ?」


「…15だ」


「フン、15歳程度が持ってくる金額が、たかが一般人のレート(倍率)で大金になるとは到底思えない………他あたりな」

 神谷が言ったことは確かにそうだった。


「なら最後に教えてくれ、対面は白、中の2鳴き、河には撥は1枚も切られていなかった。その状況でなんで撥なんか切れたんだよ?確かにテンパイを維持するには必要だろうけどさ…」


「………ヤツは決定的なクセがある。それも2つだ」

 

神谷はとても昔のことを思い出すかのように間を開けてから話だした。


「1つは必ず理牌(*牌を整理すること)するクセだ。

 それ自体はなんてことないが…もう1つが致命的だ。欲しい牌に意識が向きすぎている。

 萬子の何かが欲しいなら左端側に、筒子が欲しいなら真ん中かちょい左、字牌が欲しいなら右端を…目線がそこにだけ向かっていたり、妙に力が入っていた。

 そして鳴いた後の捨て牌、ヤツは右端から2枚目、8索を捨てた。つまり奴の手に字牌が最大でも1枚しかない…だから俺は撥を捨てなのさ」

 

 と神谷はなんの滞りもなく、説明をした。

 その時の目つきは、さっきまで麻雀をしていた時と同じ、闘志に満ちた目だった。


「まぁあの場面、こんな推理しなくても、俺は撥を捨てるつもりだった」

「なぜ?そんな危険なことが」

 神谷は達也のことをさも不思議な目で見つめた。

「あそこで自分の道を通せないようなヤツに、博打を打つ資格なんてない…」

「………ッ!」

「フッ、当ててやるよ、その傷、負けてボコされたんだろ?しかも、《《撥が捨てられず》》に…」

「……」

「フッ、図星、か…」


 達也は全てを見透かされ、捨てられた気分だった。

 さっきまで憧れていた存在に、今は恐怖を感じている。

 だが今の達也にとって神谷だけが今この地獄から救い上げてくれる、蜘蛛の糸…希望なのだ。

 またフラフラと歩き出す神谷の背中に言い放った。

「じゃあ明日もあの雀荘で打ってくれよぉ!僕、絶対行きますから!」

 神谷の影は、ネオンの底へ消えていった。


「なぁボウズ、オマエ、あの神谷恒一に代打ちして欲しいんだって?えぇ?」

 帰路に着いた達也の肩を、強面の男が掴んだ。

 達也は一瞬でわかった。

(コイツら…ヤクザか…でも大丈夫、こういえば…)

「フン、あんたら、カタギに手出していいんかい?」

 すると、男は拍子抜けしたように大笑いしだした。

「くっ、ハハハ!何勘違いしてやがるんだボウズ…オレは別にオマエに危害を加えようってんじゃねぇ。ただ、あの神谷ってガキを、ウチの組の代打ちにスカウトするのを手伝って欲しいわけよ」


「なっ、なんで僕なんですか?」


「あ?なーに、簡単な話よ。こんな怖い大人が行くより、同い年くらいのヤツが行った方がいいに決まってるだろ?」


「なるほど…確かにそうですね…」

 そういうと、そのヤクザは背広に手を入れた。

「だろ?もちろんタダってわけじゃねえ…」

 背広の中の手には、かなり分厚めの札束が握られている。

「本来なら…前金で、1万…成功したら3万、のところをだ、ヤツはかなり頑固と見た…そこで特別サービスだボウズ、前金10万の成功報酬30万でどうよ」

「やっ、やります!やらせてください!

 その手に、10万円が手渡された。

 達也は笑った。____久しぶりに、心の底から。

 しかし、ヤクザには、邪悪な笑みが溢れていた。

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