救う者
町中が悲鳴と叫び、死に溢れていた。人々は逃げ惑うが、逃げられる場所が無い。
城下町なのだ。外敵から守るための城壁が町を、城を囲んでいる。籠の鳥の様に、外には逃げ足せない。
地面にはそこかしこにワームが掘り進んだ穴。そこから魔物が溢れ出てくる。内側から食い破られているのだ。
城に避難はさせられない。精霊樹の加護があるとて、数千人規模を収用できる広さはないのだ。ましてやそこは王女がいる場所。兵士達は王女の身を危険に晒すことはできない。
少ない兵、逃げ場の無い檻、止む事の無い魔物の侵攻。それはまさに、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
―――――――――
「はあ……はあ……はあ……」
少年が走る。右手に、大事な妹の手を引いて。
「はあ……はあ……っ」
苦しい。息が詰まる。呼吸ができない。
うしろの妹見る。
汗と涙と鼻水に濡れて、それでも必死についてくる姿が見える。きっと自分と同じで、限界なんだ。でも足は止められない。
そこら中にゴブリンとオークがいる。建物に入るとワームが壊し、ワイバーンの火球が飛んでくる。
このまま走りながら死ぬのか、食べられて死んでしまうのか。
怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い――っ。
きっと自分も妹と同じ様な顔をしているんだろう。
左手で顔を拭い、少年はそれでも走ることをやめなかった。
不意に空が陰る。それでも走る。走る。走る。走る。
しかし子供の足では――いや、大人の足でもだろう――ソレからは逃れられなかった。
火球。
直撃はしなかった。だが、爆風が体を襲う。手を、離してしまう。
少年と、その妹の間に巨躯が降り立つ。
ワイバーン。
それは、よくドラゴンと対比される。その姿がよく似ているからだ。だが、ドラゴンは長い年月を生き、高い知性を持って、対話をする生物である。
しかしワイバーンは、獣である。獲物を狩り、喰う。そこに、知性は無い。
ワイバーンは少年に背を向け、その妹を眼前に置いている。獲物は定まった。
「――よせ、やめろよ!!こっちだ、こっちを向け!!」
少年は声を上げる。
妹は殺させない。だが、体は動かない。痛みを我慢は出来ても、力が入らなくては何も出来ない。
声が掠れる。涙が溢れてくる。
どうして……、どうして……。頭の中で出てくるのは、そんな言葉ばかりで。
父も母も、自分たちを守るために死んでしまった。
ごめん、父さん、母さん。オレあいつを守れなかったよ。
少年はは目を瞑った。自分の不甲斐なさを嘆きながら。流れる涙を止めることも出来ずに。
「もう、泣くな」
声が聞こえた。
「――もう、泣くことは無いんだ」
力強く、そして優しい、声だった。