大空の上で
「ハジメ、あの雲に行こう。キミの魔力をこの目で見てみたい」
大きな翼が出現した。力強い羽ばたきが向日葵の太い茎に茂る葉を揺らす。母が天を見上げて、俺たちを見送っていた。
初めての飛行は怖かったと、もう一人の俺が覚えている。なるほど確かに地上に足が付いていないのは恐ろしい気がする。
でもハジメだから安心している俺がいる。それはもう一人の俺が安心しているからなのだろうか。
この戦いで俺がどんな役に立つのか、もう一人の俺も知らない。甲冑兵に首を斬られた時、俺は死んだ筈だった。斬られたことを俺は覚えているし、もう一人の俺がそれを見ていて深層意識の奥深くに閉じこもってしまっていることも分かっている。
あの一瞬を思い出せば、首を斬られる恐怖が蘇ってしまう。でも、俺までが閉じこもってしまう訳にはいかないじゃないか。もう一人の俺が怖がっているのなら、俺がやるしかないじゃないか。俺はヒーローなんだ。ヒーローは悪に立ち向かわなくてはいけないんだ。
ハジメが雲の上で宙返りをした。俺は振り落とされそうになって、力一杯でハジメの背中にしがみついた。
もう一人の俺がそうしていた感触が掌に蘇ってくる。胸にハジメの体温が伝わって、確かに一緒にいた一体感を思い出している俺がいた。
俺は気付いてしまった。
もう一人の俺がどうして私と言ったのか。
ハジメがいたからだろう。
ハジメだから、自分自身を私と呼ぶことが出来たんだろう。
俺にも出来るだろうか。
俺は私と言うことが出来るだろうか。
ハジメだから言うことが出来るようになれるのだろうか。
五年生の教室で、暗い窓に反射して映っていた俺の姿。
それは、
学生服のスカートを掌で握り締めていた女の子。
赤い眼鏡を掛けて、左耳を出していた女の子。
俺はまだそこに縛り付けられたままでいた。




