アラクネさん
「ラ~ラ、ひまなのです~」
ある晴れた昼下がり、居間で弓を磨いていたララの背中にもたれ掛かりながらサハラさんが不満を訴えます。
「んー? 暇なのね。うーん……あ、そうだわ!」
手元のワックスやらの手入れ道具を片付けつつ考え込んだララですが、ふとルミ母さんから教えて貰ってた事があったのを思い出します。
「なになに、何かあるのです?」
「ええ、確か今ってアラクネの一行が来てるんだけど、その人達が広場で市を開いてるはずよ」
「おお、アラクネさん! 見てみたいのです! 触ってみたいのです~!」
「ふふふ、じゃあ行ってみましょう。 触るのは……ちょっと許してくれるか分からないけどね」
「やった~」
と言う訳で言うが早いか広場へと、とことことサハラさんはやってきました。
そこは整えられた街路樹に囲まれ、中央には噴水付きの池がある公園です。
その中の一角が市を開いたりイベントを行ったり出来る屋根付きのスペースになっていて、そこでアラクネさん達は自慢の織物や、それを売って各地で仕入れて来た物等を広げて売っていました。
エルフさん達もお金を持ってきたり、売れそうな細工物を持ってきて目当ての物を手に入れようとあちらこちらで元気が良い、と言うよりも威勢が良い声で商談しています。
見るからに楽しそうな雰囲気にサハラさんのテンションもうなぎ登りです。
「ララ、ララララ! あそこ、アラクネさんが居るのです! なんか売ってるのです!! あれ何売ってるのでする!?」
一緒に歩いてるララの手を一生懸命引っ張って気になった商品を指さしながらサハラさんが目をキラキラさせて今にも走り出しそうです。
「落ち着いてサハラ、店は逃げないわよ。 あれは多分魔導具よ。 たしかあれは中に入れた食べ物とか飲み物を温めるって箱じゃなかったかしら」
「おお、電子レンジなのです! あれは便利なのです、買うのです!」
「で、でんしれんじ? それが何か分からないけれど、これ高いのよね。 金貨二枚と銀貨十五枚だから買って帰ったらルミ母さんに怒られると思うわ」
(金貨二枚と銀貨十五枚=九十五万円くらい)
「高い! 残念なのです~」
「あはは、さすがにそれは値引いたり出来ないけど、お嬢ちゃん、こっちの自動うちわなんてどうだい? これさえあれば暑い夜にも快適快眠だよ」
魔導具を見て残念そうにしているサハラさんに店のお姉さんが笑いながら話しかけて来てくれました。
「おお~、それも便利なのです!」
お姉さんが進めてくれた魔導具、うちわをパタパタしてくれるだけの魔導具なのですが結構お高くて銀貨五枚(五万円)します。
しかも実はサハラさんはララかルミ母さんがいつでも必ず精霊魔法で快適な状態にしてくれてるので夏でも冬でもエアコン要らずなのです。
「サハラ、それも結構高いわよ。 うちわなら私が扇ぐから違う物を買いましょう」
「うぅ~、残念なのです。 ところでお姉さん!」
自動うちわを名残惜しく見てたかと思いきや、サハラさんは勢い良くお姉さんに話しかけます。
「な、何かな?」
「僕、サハラです! お姉さんお名前は?」
「ええ? えっと、ヒャルヒよ。 よ、よろしく?」
サハラさんの勢いに負けてついついお姉さんも名乗り返しちゃいました。
「ヒャルさん、よろしくなのです! ところでヒャルさんはアラクネさんですよね?」
さっそく愛称で呼びながらサハラさんはアラクネのお姉さんの近くにスススっと近寄るのですけど、持ち前の無邪気さで特に警戒もされないのでした。
「ええ、そうよ。 アラクネに会うのは初めてなのかな?」
「はい、初めてです。 お姉さんの足ってツルツルなのかと思ったらもふもふなのですね」
と、サハラさん、人間やエルフの女性に言ったら剣で斬りかかられそうな事をいきなり言い放っちゃいました。
サハラさんのすぐ近くで聞いてたララもギョッとして身構えますが、その心配は無用の物なのでした。
「ふっふっふ、そうよ! 私達アラクネはこの足の毛並みが綺麗なら綺麗なほどいい女と言われるのよ。 どう、触ってみたいでしょ?」
「はいなのです!」
「だーめ。 これは旦那以外には触れせちゃダメなのよ。 アラクネの女は安くないの」
「けちなのです~。 そういえばヒャルさん達ってずっと旅をしてるのです?」
触れそうで触れなかったヒャルさんの足を名残惜しそうに見つつ、サハラさんは次の話題に移るのでした。
「ん? そうよ。 そんな事が気になるの?」
「気になるのです」
サハラさんの何気ない疑問にヒャルさんは特に不快感を表す事もなく、変な子ねと言いつつも答えてくれるのでした。
「えっとね、ちょっと周り見回してくれる? すぐ気がつくと思うけど、私達アラクネって女しか居ない種族なのよね」
サハラさんはヒャルさんに言われた通りグルっと周りを見回して“たしかに!”と納得します。
「ホントなのです。 女の人しか居ないのです。 しかも皆お姉さんと同じくらいの歳の人ばっかりなのです」
「お、その通り良く気がついたね。 まあそれと言うのもね、私達はある一定の歳になったら国や地域を越えてこのキャラバンに参加するの。 で、何の為に参加するのかって言うと、まあ第一の目的はお金稼ぎなんだけど、それと同じくらいの比重で大事な目的が、色んな地域を回って旦那になってくれる人を探すって事なのよ」
「おお~、お婿さん捜しの旅なのです」
「あはは、そうそう。 ま、実際には嫁に行く事も多いけどね~」
そんなこんなヒャルさんと色々な雑談をしていたサハラさん達なのですけれど、お勤めが終わったルミ母さんが家に居ないサハラさん達を心配して探しに来てくれました。
「ララエル、サハラ、こんな所に居たのね。 探したわ、何してるの?」
「ルミお母さん! ヒャルさんのお店でお買い物してたのです」
サハラさんはてててっと走り寄ってルミお母さんに抱きついてそう報告します。
ちなみに何も買ってないしヒャルさんのお店は魔導具屋なのでサハラさんが買えそうな物は値段的に何もなかったりしますけど。
「へえ、買い物してたのね。 それで、なに買ったの?」
「なにも買ってないのです!」
「か、買い物、してたのよね?」
ルミ母さんはチラッとヒャルさんの商品を見て、どれ一つ取っても子供が買える様な値段をしていない事を見て取って、そっと眉間に人差し指を当てて目をつむり悩むのでした。 買い物とは一体なんだったのかと。
「ま、まあ良いわ。 サハラ、ララエル、せっかくだから市を回って色々買い物しましょう」
「そうですね、お母さま」
「はいなのです。 それじゃあヒャルさんまた来るのです~」
「あいよ、いつでもおいで。 ついでにイイ男でも連れてきてくれたら尚良いね」
そう言ってヒャルさんは手と一杯ある足の一本を振って見送ってくれるのでした。
その視線の先にはララとルミ母さんの間で両手を繋がれて幸せそうに歩いて行くサハラさんが居るのでした。
ちなみにその後ろ姿を羨ましそうに見ていたヒャルさんが今更ながらサハラさんが丸耳族な事に気がついて遅まきながらビックリしてたのはまた別のお話。




