第07話 ララエルさんの勘違い
ララエルはサハラと居た部屋を出て、足早に廊下を歩きます。
途中で一度角を曲りそれからさらに少し歩くと玄関ホールがありますが、そのまま止まらず歩いて宿の受付に「少し出掛けるわ」と伝えて外に出ます。
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ララエルが居た宿から数ブロック離れた場所に冒険者向けの酒場があります。
冒険者向けと一言で言っても実際には色々な種類があるのですけど一言で分けると“落ち着いてお酒を飲む店”か“楽しくお酒を飲む店”に分けられると思います。
当然の様に“楽しくお酒を飲む店”では皆大きな声で話したり歌ったり踊ったりとにかく騒がしくなりがちです。
基本的にララエルは騒いで飲むのは得意では無いのでそう言った場末の酒場はあまり好きでは無いのです。
にもかかわらず今はその店のドアを押し開けます。
まだ昼過ぎで日も高い時間だと言うのに店は繁盛していて酔っ払い達の楽しそうな声や怒声が飛び交って賑やかで、その雰囲気にララエルは眉を顰め少し立ち止まり、それから仕方無しに店内に入る事にしました。
ところで冒険者向けの店は総じてウエスタンドアを採用しているのでドアを開ける前から中の様子は見えているのですが、当然中からも外が見えるので幾人かが酒場に近づいてくるエルフのララエルを値踏みする様な視線で見ていました。
ララエルが店に入った途端、周囲で「フューフュー」と口笛を鳴らされたり「よう姉ちゃん幾らだ?」などと下卑た声が聞こえてきます。
彼女が比較的珍しい種族のエルフな事、しかもエルフは男性も女性も人族から見るとみんな凄く美人に見えるのでこう言う安い店では良くある事なのです。
故郷を出たばかりの頃、ララエルは下品な事を言われる度に毎回怒って刃傷騒ぎを起したりして町や村の警備隊に牢屋で一泊《お説教+罰金付き》になったりしてました……が、さすがに今は成長して剣を抜く事は卒業しています。
最近では剣の代わりに絶対零度の視線で睨み付ける事に切り替えたのです。《………………実はその冷たい視線で喜ぶ人が居るのは秘密です!》
ララエルは店内を見回して目的の人物を見つけると、周りの人間を無視してさっさと歩いて行ってしまいます。
そして開いてる椅子に座りながら喋りはじめます。
「あの子、目を覚ましたわ」
「おつかれさん。 やっとド派手なローブ着た眠り姫がおきたか」
エリックがやれやれと言った感じで返事をします。
サハラが着ている服はゲーム的な感覚で言えば、ゴテゴテした装飾が無いし、無駄に光ってる訳でも無いのですっごく地味な部類の装備になるのですが、ここは現実世界なのです。
やっぱり現実世界的には真っ白いローブな上に要所要所が金銀の糸で縁取りされてる服はもの凄い目立ちます。
「アレは派手っすよね。 何かの罠かと本気で思ったっすよ。 にしてもあの子、まさか腕をちょっと怪我しただけで死んじゃうかと思う程寝込んだっすねぇ」
おどけて肩を竦めながらチャスも答えます。
「で、何か分かったのか?」
「そうね。 まだそれ程話してないけど色々と気になる事はあったわ」
「そうか。 それなら……」
「待ったっす二人とも。 そう言う話をするなら奥の部屋のが良いっすよね? ちょいと借りてくるっすよ」
エリックの言葉を遮ってチャスが奥の個室を指差して提案します。
この酒場は低ランク冒険者向けの安酒場なのですが、低ランク向けにしては珍しく個室もある店なのでまだ自分達の家を買えない様な冒険者達が良く話し合い等で使う為に借りたりしています。
そう言う事も有って今も個室は全室埋まって居ます。
が、チャスが鋭い目つきで狙いを定めて一つの部屋に物怖じせず入っていって、二~三会話を交わしたかと思うとどうやらそれだけで部屋を譲って貰えたようです。
彼がどう話を付けたのか分かりませんが何故か相手から笑顔で礼を言われて居ます。
「OKっす。 二人ともこっち来て下さい」
※ ※ ※ ※ ※ ※
二人は店員にララエル用の果実酒とエリック達用のラム酒を頼んでからチャスが呼んでる個室に入りました。
すぐに店員が品を持ってきたので受取って席に着きます。
個室はがたいの良い冒険者達でも五~六人は入れる部屋なので三人だとゆったり座れる広さがあります。
「うし、じゃあ続きと行こうぜ」
エリックは受取ったラム酒を飲みながらララエルに先を促します。
「ええ。 まず最初に確認すると、彼女は一般人が立ち入らない危険な森に一人で居たわ。 しかも所持品は長杖以外に何も持ってなかったわね」
「そうっすね。 あの後森の中まで探ったっすけど人が居た痕跡は全くなかったっすね」
サハラを保護した後でチャスは馬車を護衛していたもう一つのパーティーの斥候も引き連れて森の奥まで念入りに調べてきて居ました。
「それが一つ目。 そして二つ目、彼女はあの距離で矢が当たったから実は魔法が使えないんじゃ無いかって話になったわね。 だけどさっきあの子は私の目の前で瞬間回復魔法を使って自分の怪我を治したわ。 しかも詠唱らしい詠唱も無く聴いた事も無い名前の魔法だったわ」
「なんだって!? そいつは教会の言う“司教”レベルの術じゃないか! それと聞いた事が無い魔法って事はこの国の出身じゃ無いのか?」
「まじっすか! じゃあ他の魔法も使えるんすかね?」
さすがにエリック達も事がただの迷子を拾った程単純な話では無い事に思い至ります。
「そこら辺はまだ聞いてないわ。 とりあえず次、三つ目ね。 彼女の名前を聞いたのだけど、彼女【コミナト サハラ】と名乗ったわ。 サハラが名でコミナトが名字、しかも住んでいた土地の特徴だと言っていたわ」
「名字……貴族か。 しかも住んでた土地の特徴を名前に付けれるって事は領地持ちクラスか……」
「さ、さすがにそれは偽名なんじゃないっすか? あの子貴族って程美人じゃ無かったっすよね」
若干チャスが失礼な事を言っている様ですが実際問題貴族や王族は絶世の美男美女揃いなのです。
だって先祖代々美人とばっかり子供作ってますからね!
サハラも可愛い顔はしているのですがやはり次元が違います。
例えて言うなら貴族や王族はテレビや雑誌のトップモデル並で町を歩けば誰もが振り返ります。
一方サハラは学校とかでどのクラスにも一人は居るアイドル的な可愛さです。
町を歩いていても好みだなと思った人くらいしか振り返りません。
そんな感じなのです。
それとこの世界、主にこの付近の人族や亜人達の国では平民に名字は無いのです。
なので名乗る時は生まれた里と自分の名前を同時に言ったり、それか人族に多い言い方で親の名前を先に付けて名乗ったりします。
主にこの二つの言い方か又は両方混ぜて言うのが普通です。
《例「○○のエリックだ」 「○○の子エリックだ」 「○○の子 ○○のエリックだ」 こんな感じです》
ちなみにエルフはまた特殊なのでララエルは例外です。
そして貴族からは名字が付いて、王族はミドルネームもあります。
しかも土地の特徴や町の名前を名字に使えるのはその地を管理している者、要するに領主だけと言う事になります。
《平民の名乗り方は町の名前が名字代わりになってて紛らわしいんですが特に禁止されては居ない感じです》
なのでサハラの名前はこの世界の常識だと領主家に連なる者って事になってしまいます。
「次の四つ目、これが一番問題ね。 あの子の所持品とか調べた時に気が付いたんだけど、あの子の着てたローブ、あれミスリル製の一級品よ。 どうやって染めるのか分からないけど白色に染まってるわね。 ミスリルの扱いに慣れてるエルフ族でもそんな事する方法は知らないわね」
「はぁ!? ミスリルだって? しかも糸に加工した上にローブに縫製するなんて一体どんな工房でどれ程の手間暇掛ければ完成するんだよ!」
「帽子も同じね。 それにあの長杖も総ミスリル製だったわ。 しかも先端の石はレッドドラゴンアイね」
「す、すげーっす、その装備売れば王都の一等地に邸宅が買えるっすよ」
エリックとチャスが興奮した様子でその価値を計算して居るのを手で制して。
「で、さっき色々話してる途中に気になる事を言ってたのよ。 どうやら彼女は両親を亡くしてるらしいのよね。 目が覚めた時に自分が殺されるって思ったらしいんだけど、その時に“お父さんお母さん、予想より早かったですが本日そちらに向かいます”って口走ったのよ」
そこでララエルは一度言葉を区切って
「今までの事をまとめると……私の予想を言うわね」
・・・・・・
彼女は何処かの国で貴族の娘として何不自由無く平和に育ちました。
しかも幼い頃から治癒魔法の教育を受けてその才能も開花させます。
でも彼女が少女へと成長した時、彼女の家で何か問題が起こります。《予想では権力争いか戦争》
そして彼女の家は争いに敗れて処刑が決まります。
しかし幼い彼女だけでも逃がそうと一か八かの転送魔法で飛ばされ、あの森に辿り着きました。
・・・・・・
「うぅむ、今のご時世権力争いや戦争なんて日常茶飯事だし、子供を逃がそうとするのは親として当たり前だからあり得ない話じゃ無いかもな」
「そんな事があるっすかねぇ。 でもそうでも無いとあんな森に女の子が一人で居る事もその子が超豪華な装備を持ってる事も説明が付かないっすねぇ」
二人もなんだかララエルの予想があってるんじゃ無いかと言う気持ちになってきてしまいます。
「それに自己紹介の時あの子ベットの上で足を折りたたんでお辞儀するって言う不思議な事をしたわ。 あれはきっと遠くの国の作法なんだと思うわ」
「兄貴、おれっちだんだんあねさんの言う事を信じたくなってきたっす」
「ああ、俺もぐらついて来たが……。 実際の所貴族だろうと無かろうと彼女を今後どうするのか考えなければならないな」
「最後に一つ付け加えるとね。 あの子凄く常識が無さそうよ?」
((お前が言うか!?))
エリックとチャス、見事二人の心がシンクロした瞬間でありました。