第06話 ついに知り合う
「うぅ~ん……」
(なんだろう……凄く楽しい夢を見てた気がする。 ……でも、案外怖い夢だったのかも……。 う~ん、頭が痛い……風邪かな~。 何だか凄く喉が渇いたし、とりあえず起きようかな)
そう思い、少女はそっと目を開けます。
窓から差し込む明るい日の光に目が眩んでしまいます。
少し待つと、徐々に目が慣れてきました。
どうやら仰向けに寝ていた様で天井が見えます。
その天井は今時珍しい木が剥き出しの作りだったので、少女はまるで(田舎の古い家みたいな天井だな~)と感じました。
(ここは……何処だろう?)
少女はぼ~っとした意識のまま、視線を徐々に右に移していきます。
するとすぐに白い壁が見えました。 部屋はそれ程広くは無いみたいです。
よく見てみると壁は白いのですが壁紙が貼ってある訳では無くて、何かを塗って白くしてある様です。
(見覚えが無い部屋です……。 ほんとに何処なんだろう)
少女は今度は左に視線を移してみます。
順に天井、壁、そして…………エルフ。
ベッドの横に置いた椅子に座ったままうたたねして居るエルフの女性が居ました。
(………………エルフ? ……エルフ!!)
「わ! わわ!?」
咄嗟に飛び起きて逃げようとしてシーツに絡まりベッドから『どたばたーん!!』と派手に転げ落ちました。
そもそも少女はベッドに居たと言う事も落っこちてから気が付いた位なのです。
「きゅぷ!」
(イタッ! 痛いいた~い! 特に右手が痛いです!)
落ちた時についつい右手で支えようとしたのだけど、あまりの痛さに手を引っ込めちゃったお陰で少女はカエルが潰れた見たいな声を出しちゃいました。
(そうだった、右手に矢が刺さったんだったよ~。 この怪我のせいで頭も痛いのかな。
でもそれどころじゃないです! エルフ! エルフさんだよ!! 全部思い出しました!
僕はエルフさんに殺されそうになって気を失っちゃったんだよ!)
少女がベッドから落ちた派手な音でうたたねしていたエルフも跳ね起きました。
「え、なになに!? ちょ、ちょっと大丈夫!?」
凄く大きな音だったし腕の怪我の事もあるのでララエルは心配して少女に駆け寄り助け起そうとします。
「わわわ、こっち来ないで! 僕を食べないで! 食べても美味しく無いよ~!」
走り寄ってきたエルフにびっくりして少女は頭を抱えて縮こまってしました。
そんな少女が涙目で口走った不可解な言葉を聞いてララエルも凍り付いた様に立ち止まります。
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ララエルはふと、意味を考えて見ます。
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暫く固まったまま数秒が経過して。
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「……エルフ……ヒト……タベナイ……ヨ?」
(ど、どう言う事なの? 予想外過ぎてちょっと片言になっちゃったじゃない)
「嘘だ~、エルフが敵じゃ無い生き物を殺す時は食べる時だって友達の知り合いが本で読んだって言ってたらしいし!」
「あぁ、うん、そう……ね。 間違いじゃ無い……かな」
(確かにそうだけど、それって魚とか鳥とか野生の生き物の時の話ね。 それにしてもやっぱりあの状況でも敵と思われるとはかけらも予想してないのね)
「わー、やっぱりそうなんだそうなんだ~。 お父さんお母さん、予想より早かったですが本日そちらに向かいます。 ごめんなさい……」
少女は胸の前で両手を合わせてお祈りの姿勢を取ります。
そんな少女を見てララエルは
(うーん、この子は箱入り娘だったのかな? かなりの常識知らずな様ね)
なんて思ってたりします。
十人中十人に常識知らずと言われるララエルがそんな心配をしている間に少女はすでにクライマックスに向かっちゃってます。
「あ、違う違う、そうじゃないの。 私は貴方を食べないから安心して」
このままじゃまずいと思ってララエルは急いで誤解を解こうとします。
「ぅぅぅ、じゃ……じゃあ僕は人買いに売られるんですね……」
でも、少女はやっぱり怯えてしまいました。
「だから違うのよ! あのね、あの時は私、貴方の事を盗賊だと勘違いしちゃってて……その、ごめんなさい!」
ララエルはエルフ自慢の長い耳をぺたーんと下に垂れさせて申し訳なさそうに少女に謝ります。
そう言われて少女は部屋を見回します。
部屋の中には清潔なベッドがあって枕元には堅く絞ったタオルが落ちています。
そしてベッドの横のララエルが座っていた場所には椅子と小ぶりなテーブル、その上には水の入った桶が置かれています。
腕を見ると包帯も巻いてあります。
どうやらララエルは少女の介抱をしてくれて居た様です。
そしてララエルは少女に事の顛末を説明します。
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その説明は、ここは【カララの町】と言う所、ララエル達はギルドに登録している冒険者で、あの時は商人の護衛中だったという事。
そしてあの道は【カララの町】と隣の町を繋ぐ連絡道路で商人や国から許可を貰った人だけが通れる特別な道と言う事。
特別な道の理由は幾つかあるのですけど、大きな理由だと道の建設費と維持費を商人が出しているって事、それと最近は盗賊や魔物が増えて来たって事です。
実際に数日前に一度盗賊に襲撃されたのであの日も警戒して居た所、そんな時に少女が現れたと言う事。
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話をする間に少女はだいぶ落ち着きを取り戻して今はベッドに腰掛けて居ます。
「そうだったんだ。 じゃあ誤解による事故だったんですね。 それなら仕方無いですよ~」
(そう言う理由じゃしょうがないもんね。 でも、結構おっかない世界なんだね~)
「ほんとにごめんね。 傷痛む? そうだ、そろそろ消毒しないと。 それに包帯も替えるね。 後、治癒の効果がある精霊魔法を掛け直すね」
ララエルは矢継ぎ早にそう捲し立てます。
矢で射っちゃったのを凄く気にしてるらしく長い耳も垂れっぱなしです。
「はい、ありがとうです。 ちょっと痛いし何だか熱っぽかったから助かります。 って精霊魔法? …………あ!」
(すごい重大な事を忘れてました! そう言えば今って魔法使えるよね! リアル過ぎて魔法の存在をすっかり忘れてました)
「ど、どうしたの?」
少女の突然の大声に驚いて、ララエルが少しオロオロして居ます。
「うぅん、ごめんなさい。 魔法で思い出しました。 完全に忘れてたけど、僕って実は治癒魔法使えるんですよ~」
「忘れてたって、え? 魔法って忘れる様な物じゃ無い様な……。 あ、でも治癒魔法でその怪我を治すのって凄く大変だから今は私の精霊魔法のが良いんじゃないかな?」
実際少女の怪我を即座に治そうと思った場合、数年以上修練をつんだ熟練の治癒師が聖水とかの聖属性を増幅する触媒を使って治療しなければ治らないでしょう。
そしてララエルから見て、どう見ても少女が数年も修練を積んで居る様な年齢には見えなかったのです。
ちゃんとした修練をつんでない場合、治癒魔法を掛けても即座に治る訳では無く、自然治癒力が少し上がる程度の効果しかでません。
それならララエルは自分の精霊魔法の方が良いと考えたのです。
精霊魔法は即座に治すと言う事は不得手ですけど、そのかわり自然治癒力を数倍~数十倍に上げれるのでこう言った普通の怪我なら結構すぐ治せたりするのです。(二~三日位)
「いえ~大丈夫です。 回復魔法は得意なんですよ~」
「そうなんだ。 でも無理はしないでね」
得意と言うとどれ位使えるのかな? 2割治癒力が上がる位かな。 とララエルは少女の見た目から感じる年齢を思い描いて魔法の腕前を予想します。
自分の魔法なら数倍~十数倍まで上がるはずなので後でコッソリ精霊魔法を重ね掛けしておこう。 と胸に秘めつつ。
「ではではさっそく~【回復Ⅰ】」
少女はまず回復の対象を思い描いて、それから魔法名を唱えて発動させました。
すると魔法が発動して、少女の頭の上辺りから暖かい光を放つ雪みたいな物がふわふわと降り注ぎます。
と、同時に傷の周囲がうっすら淡くピンクの光に包まれたかと思うとあっという間に痛みが消えました。
少女が確認の為に包帯を取るとちゃんと傷も治っていました。
「ふふ~ん♪ 完璧です」
少女は 魔法って便利~♪ と単純に感動していたのですが、その目の前には驚きに包まれてるエルフさんが居ました。
「え、えぇぇぇぇええぇぇ!? 治ったの? 凄い! 人族がそんな若さで瞬間回復使えるなんて思わなかったわ!」
「う、うん。 回復だけなら得意なんだ」
(あれ……もしかして何かまずかったのかな?)
「あっと、ごめんなさい。 取り乱したわ。 それにしても凄いわね」
ララエルのさっきまで垂れてたエルフ耳がいつの間にかピンッと立っています。
「あはは、ありがとうです」
言いながら少女は笑います。
(ふふふ、ここは奥義【笑って誤魔化す】で行っとこう!)
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「さてと、それじゃあ私は貴方が目を覚ました事を仲間に伝えてくるわね」
そう言ってララエルは部屋の出口に歩き出しかけて、急に止まってくるっと振り返ります。
お陰で綺麗なサラサラの金髪が遠心力でふわっと広がりました。
「っていつまでも貴方って呼ぶのも問題ね。 お互い自己紹介しましょう。 私はララエル、【黒の森・シルフィのララエル】って言うの。 よろしくね」
ララエルは胸を張ってそう名乗ります。
「あ、僕はサハラ。 コミナト サハラです! よろしくお願いします」
唐突な自己紹介に少女は焦ってついついベッドの上で正座してお辞儀しつつ名乗ってしまいました。
「不思議な名前ね。 私の名前は【黒の森】が出身地で【シルフィ】が守護精霊から貰う名、それで【ララエル】が個人名なんだけど貴方の名前はどう言う意味なの?」
「えっと、どうなんだろう……。 サハラが個人名で……え~と、名字って何だろう……住んでた町が港町だったからコミナト……なの……かな?」《サハラさん、名字は普通にファミリーネームで良いんですよ!》
「へー、そうなのね。 わかったわ。 じゃあ少し出てくるけどすぐに戻ってくるからね」
そう言ってララエルは部屋を出て行ってしまいました。
そして暫くたってから、サハラさんは重要な事を忘れていた事に気が付きました!
「………………喉渇いたです」




