第53話 取引に焦りは禁物
「おかえりなさい、サハラ」
夕方になり日差しも陰ってきて薄暗くなった部屋の中、明かりも付けずにベッドの上に正座しているララが何かを決意した様な眼差しで声を掛けて来ました。
「た、ただいま。 ……えと、暗いから明かり点けるよ?」
サハラさんはララのするどい視線にちょっとたじろいでしまいましたが、それを誤魔化す様にランプに火を点けます。
「サハラ、あれから私も考えたわ。 そして決心しました」
ララはそこで一度話を区切って真面目な顔でまっすぐサハラさんの目を見つめながらすこし間を取り、それからフッと柔らかく微笑んで続きを話し始めました。
「もう私も反対しないわ。 こうなったら意地でも正妻の座を取りに行きましょう!」
そう言うとララは胸の前で両手を握り、ファイトのポーズを作ります。
「え!!?」
ララのまさかの一言にサハラさんはフリーズします。
でもそんなサハラさんに気が付かないのか、ララはどんどん話を続けて行きます。
「まずはそうね。 奥方の所へ挨拶がてら手土産持って顔合わせに行きましょう」
「えぇぇ~!? それってようするに宣戦布告に来ましたって言ってるよなものですよね!?」
(あわわわわ、ララが何だかすんごく勘違いしちゃってる気がしますよ!?)
ただただアドニスさんと二人っきりで話したかっただけの為についた嘘が暴走しちゃってます。
「そうよ! 勝負は先手必勝よ! 着ていく服や持って行く手土産に至るまで計算して選ばないとダメね。 ミスは許されないわ。 さあ忙しくなるわよ!」
ララはキラキラと瞳に光をたたえ、引出しから手持ちの服を取り出して並べてあーでもないこーでもないと考えはじめちゃってます。
まったく困った事にララは凄く真面目に作戦を練っているのです。
「違う、違うから~! ララは勘違いしてるからね」
「ああ!! 危なかった、そうね、勘違いしてたわ。 人族は親を重視するんだったわね。 先にご両親の方へ挨拶に行くべきね」
ララは『ぽんっ』と手の平を叩いて“危なかったわね!”と言いつつ作戦を変更しだします。
「ち~がぁ~ぅ! 『行くべきね』じゃないのですし! 何でそんなやる気満々なのさ!」
「ふふ、サハラ。 やるからには勝たなければ意味が無いのよ! そして勝つ為には努力を惜しんではダメなのよ」
ララの止まることの無い暴走にサハラさんは焦ります。
この勘違いは早めに何とかしないと非常にまずい事になりそうです!
「ララ、聞いて下さい! 誤解なのです! アドニスさんにちょっと用事があったから会ってきただけなのです。 デートって言ったのは冗談なのです」
と、サハラさんはララの手を取って強引に伝えます。
「誤解………………え、用事? あれ、冗談? んん? もしかして……結婚しないの?」
ララは両手ともサハラさんに握られた状態でこんがらがってしまいます。
「そうです。 結婚しないのですよ~」
(と言うか、そもそも何で付き合う前から結婚って話になってるんだろう……気が早すぎるのですよ~)
「そ、そう。 結婚しないんだ……。 …………なぁんだぁー、良かったぁー」
そこには心の底から安心したかのような笑顔で目尻に涙をためながら『あはははは』とほがらかに笑うララの姿がありました。
(ど、どれだけ本気で勘違いしてたんだろう……。もしかすると、僕は色々な意味で本当に危なかった様なきがします)
あわや予定外の結婚をさせられてしまいそうだったサハラさんはつつっと背中を流れる嫌な汗を感じるのでした。
~~二日後~~
サハラさんは何か進展は無いかなとアドニスさんに聞きにギルドへとやって来ました。
今回、ララはリディさんに連れ出されて依頼をやりに出掛けてしまっているのでサハラさん一人だけです。
「おう、来たか嬢ちゃん。 こないだの話だけどな、買いたいって奴が見つかったぞ」
サハラさんがアドニスさんのカウンターへ近寄ると、話しかけるよりも前にアドニスさんからそう声を掛けられました。
「え!? もう見つかったのです?」
聞きに来ておいてなんですけど、サハラさんとしてはこんなにすぐに相手が見つかるとは思っていませんでしたので、これは嬉しい誤算です。
「まあな、と言うかそいつが買わないって言ったら正直言って他にあては無かったんだけどな」
そう言いつつもアドニスさん的にはその相手が“欲しい!”と言うのは分かっていました。
ただ、一つ不安だったのはその相手が今現在丁度お金を持っているのかどうかと言う所だけが分らなかったのでした。
「でだ、こいつは偶然なんだが……今、そいつが丁度ギルドに居るんだが、会うかい?」
本当に偶然、偶々その相手はギルドへ調べ物をしに来ていた所だったのです。
〈ちなみにギルドには『資料室』と言う名の図書室があったり、色々なアドバイザーや魔法や武術等の講師も常駐して居るので依頼を受けたりする以外にも結構皆さん頻繁に顔を出しています。 ただしララはそう言う設備や制度を知らないので必然的にサハラさんも知りません〉
しかしこれはまさに渡りに船です。
借金を返すのなんて早ければ早い程良いのですし、その為には今すぐにでも売ってしまいたいのです。
ここはさっそく会ってみましょう!
そんな訳でアドニスさんに会う旨を伝えるとギルドの奥の個室に案内されました。
サハラさんが部屋に入るなり『すぐに呼んでくるからちょっと待ってろ』って言ってアドニスさんは出て行ってしまいます。
この部屋は来客時や今回みたいな取引の時などに使う部屋らしいのですけれど、床に熊っぽい生き物の毛皮とか敷いてあったり、壁に限りなく鹿っぽいけど四つも目がある謎な生き物の剥製があったり、正直ちょっと腰が退けるインテリアをしています。
(まあ、ただ待ってるのも暇ですしあっちこっち観察するんですけどね!)
とりあえず四つ目の鹿でも見てみようかなと思ってサハラさんは近づこうとしのですけど、アドニスさんが帰って来ちゃいました。 早すぎですね。
「待たせたな。 さっそく紹介するぞ。 この嬢ちゃんが杖を売りたいって言うサハラだ。 で、こっちの姉ちゃんが客のローナだ」
そう言いながらアドニスさんは一緒に連れてきた亜麻色の髪をした赤いローブの女性を紹介してくれました。
と、言ってもなんとそれはローナさんです!
「ローナさん! お久しぶりです。 あれからもアリーの店に通ってくれてるみたいでありがとうございますです」
(びっくりです! 世の中って広い様で狭いですね!)
ローナさんは以前アリーさんの手伝いをしてる時に一番最初に店に入ってくれた人ですね。
その次の日にギルドでも会いましたしね。
〈第24~25話での出来事です〉
「あら、久しぶりね。 お礼を言われる様な事じゃないわよ? あの店の料理は美味しいし、それにアリーちゃんも可愛いくて良い子だからね」
「はい、アリーは可愛いのです!」
(だって美人さんなうえに猫耳付いてるし、さらに尻尾まであるもんね! 完璧なのです!)
「にしてもサハラちゃんが売り主なのね、驚きよ。 さ、それじゃ杖を見せて貰っても良いかしら?」
挨拶もそこそこにローナさんがさっそく取引を進めてきます。
それにサハラさんも“はい、どうぞ~”と答えて杖を手渡しました。
「ありがと…………って、軽! さすがミスリルね! へぇ……ふーん……ロッドエンドの魔石はレッドドラゴンアイか……ふむふむ……」
ローナさんは受け取った杖をあれやこれや呟きつつ、コンコンと叩いてみたり撫でてみたり振ったりしてチェックします。
ローナさんは得意魔法が火系統なのですが、その自身の得意属性と相性抜群の火属性強化という付随効果を発揮する魔石、しかもその中でもかなり上位に位置するレッドドラゴンアイがセットされている事に知らず頬が緩みそうになってしまいます。
しかも時折――
「ちょっと待って! この杖、繋ぎ目が無いじゃない! こんな長いロングスタッフをミスリルの一本物で作るなんて聞いた事無いわ」
――などと驚きの声を上げたりしつつ、それでもじっくりと十分以上は触ったり眺めたり、時には構えてみたりして、ようやくローナさんは満足したのかサハラさん達へ話しかけました。
「良いわね! 気に入ったわ。 気に入ったけれど一応確認はしておくわ。 アドニス、これの真贋はギルドで保証してくれるのかしら?」
そうローナさんは問い掛けました。
確かにそこは重要です。
本物かどうかの保証をもしも信頼出来る第三者がしてくれるならこれ程安心な事は無いですからね。
「ああ、この部屋で取引してる時点でそれは大丈夫だな。 ただし後で正式な鑑定士に見て貰う事になるし、それに手数料も掛かるぞ。 取引額の二割な」
サハラさんは全く知らないでアドニスさんに仲介を頼んでいたのですが、要するに個人売買の仲介もギルドへの依頼の一種として扱われるのです。
手数料が二割なのは通常の依頼と内訳は一緒です。
サハラさんの杖をローナさんが買った時に代金を仲介者のギルドへ一度渡します。 そこで一割。
その受け取った代金をサハラさんへ渡す時にもう一度元金の一割分を引かれて手渡されます。 なのでここで一割、合計二割です。
高いですけれどその代わりに売る方も買う方も全てのトラブルから解放されるので安心して取引が出来るのです。
「じゃあ買うわ! 後、問題なのは値段ね。 そうねぇ……ミスリルで一本物、火属性アップ付きだし……金貨二十五枚でどう!?」
そう言いながらローナさんは右手の指を二本、左手をパーの状態で出して二十五を表してきました。
…………でも正直それじゃ二十五って言うより七ですね。
「う~ん、二十五枚……?」
ローナさんとしてはちょっとでも安く手に入れたかったので少しだけ吹っ掛け気味で言ってみたのですが、サハラさんの反応を見てすぐに焦り出します。
何せサハラさんは難しい顔をして“う~んむむ”と唸り出しちゃったのです。
これは別の相手に売った方が良いと思っちゃったんじゃないかサハラさんが考え出したとローナさんは勘ぐってしまったのです。
「待って! ちょっと待って! 分ってる、わかってるから! 二十七枚でどう!?」
急いで値段を上げます。
これは今後の為にと取っておきたかった生活費やらもしもの時のケガの治療費やらの貯金も全部合せた限界の金額なのです。
ですが――
「う~ん……ちょっと考える時間を下さいです……」
――と、サハラさんの反応が芳しくありません。
「ぅぅぅぅ……うー!……に……二十……二十九枚で! ……お願い……しま……す」
ローナさんはもうなり振り構わずに趣味で集めていた宝石を売ったり、貯めていた素材や予備の武器も全部売って、ようやく出せる本当のギリギリの数字を言いました。
でも、実はサハラさんは全く釣り上げようとしていた訳では無くて、ただ単に金貨一枚が銅貨に換算すると何枚になるのかな~と計算していただけだったりします。
要するにサハラさんは金貨二十五枚と言われた時に(え~と、金貨一枚って銀貨が四十枚合わさった物って事だから……だから銅貨だと……あれれ?)とこんがらがってただけなのですが、計算してる間にローナさんが勘違いして勝手にどんどん値上げしてしまったと言う訳なのです。
「あ、あれ? はい! それでお願いしますです?」
(なんだか気が付いたら金貨四枚も増えてるのです! と言うか思ってたよりすっごく高く売れちゃった気がします!)
「嘘!? ほんとに? ありがとー! これで私も憧れのミスリル持ちだー! やった! やったよ!! でも十五年間貯めたお金がすかんぴんに……」
ローナさんは文字通り飛び上がって喜びサハラさんに抱きつきました。
でもその直後にどんより沈みましたけど……。
(あぅ……金貨二十九枚ってローナさんの十五年分の貯金だったんだ……取り過ぎちゃった気がする……)
実はこの世界だとミスリルは凄く貴重だったりします。
なので杖一つ丸々ミスリルって言うのは凄く高価になるので金貨二十九枚では高すぎると言う事は無いのです。
どちらかと言えばちょっと安い位、あんまりにも相場とかけ離れて高かったり安かったりしたらそれとなく注意してあげようと思ってたアドニスさんも安心の金額です。
そしてなによりミスリルの装備品を持つのは全冒険者の憧れ、特に魔法使いとしては生涯の目標と言っても良いくらいの物なのです!
「よーし、話は纏まったな。 じゃあ後はギルドが責任を持って仲介するぞ。 って事で取引自体は今ここで正式に締結された事になるんだが、明日二人とももう一度ギルドへ顔を出してくれ。 契約書を用意しとくんでサイン頼むな。 あ、それと杖はこの後鑑定に出すから置いてってくれな」
〈ちなみにこの国の契約書は拇印でも大丈夫なんで字が書けないサハラさんで問題無いのです〉
「わかりました~。 じゃあまた明日来ますね」
無事に話が纏まって安心出来たのでサハラさんはアドニスさんとローナさんへ別れを告げて今日は帰ります。
これで杖が売れたお金が入ってくるので借金は返せそうです。
問題が解決しそうなのでサハラさんはニコニコ顔で宿屋へと向かうのでした。
ちなみに金貨29枚は銅貨だと46400枚、円に換算すると1160万円!
金貨25枚だったら1000万円でした。




