第52話 デート(違)
サハラさんは、ショックの余りにほぼほぼ意識を無くしているララを引っ張って宿屋の部屋まで帰ってきました。
ドアを閉めて、サハラさんが魔女帽子を帽子掛けへ向けて“とう!”と投げた所でやっと我に返って焦り出しました。
「サ……サハラ! サハラ、ダメです! ダメですよ!?」
「ラ、ララどうしたの?」
「サハラ、確かに貴方も人族ですし、いずれは誰かと結婚するでしょう。 だけど彼はダメよ! 年上過ぎるし…………何より妻子持ちじゃない!」
必死の形相でララは何とかサハラさんを踏み止まらせようと頑張ります。
サハラさんには結婚自体早すぎると思うのに、よりにもよって既婚者で妻子持ちの中年相手だなんて……ララは断固阻止しなければと決意を固めます。
「うぇえ!? 結婚です? ち、違うから! そう言う事じゃないのです!」
突然のララの言葉に当のサハラさんがびっくり仰天、全く予想外の事を言われて驚いてしまいます。
「じゃあどう言う事なの?」
「え……それは……え~と、え~と。 う~ん……何でも無いから気にしないでララ! って事でちょっと行ってくるので待っててね!」
サハラさんはさっぱり言い訳が思い付かなかったのでそれだけ言って急いで部屋を出ちゃう事にしました。
そんな走り去って行くサハラさんを見てララは――
「さ……サハラが道を踏み外しちゃう…………」
と、呟きながら床にペタンと座り込んでしまうのでした。
◇◆◇◆◇
所変わってここはギルドのカウンター、そこで頭を抱えて物思いに耽る人物が一人……。
(ど、どうすんだ俺……。 これって不倫になるのか? いやいや、そんな事言ってる場合じゃねえ! これが母ちゃんにばれたら冗談抜きに殺されるぞ)
実はサハラさんが去ってからと言う物、アドニスさんは自身の置かれた今の状況をいかに切り抜けようかと無い知恵を絞って悩みに悩んでおりました。
しかもそのせいでしかめっ面になっているので、ただでさえ普段から怖い顔なのにさらに怖さが五割増しくらいになってたりもします。
お陰で今は依頼の報告に来る冒険者が一番多い忙しい時間帯にもかかわらず、アドニスさんの前だけ全く人が居ません。
と、そんな中、頭からスッポリとローブを被った小柄な人物がそっとドアを開けてギルドへ入って来ました。
その人物は目立たぬ様にゆっくりとカウンターを見回して、何かを見つけたかの様にアドニスさんが居るカウンターへ向かって歩き出します。
そしてローブさんがアドニスさんの所まで後数歩、と言う所まで迫った時、アドニスさんはうつむいていた顔を『カッ!』と勢い良く上げて目の前のローブを睨み付けました。
「ピ!?」
突然スキンヘッドの極悪顔に睨まれたローブさんは『ビクッ!!』っと驚いて一メートル以上後ろへ飛びずさると同時に持っていた杖を前に突き出す様に構えて何とか踏み止まりました。
「なななななななんじゃなんじゃなんなんじゃ!?」
ローブさんはやけに若そうな高い声で必死に相手を牽制します。
しかしそこはそれ、実はアドニスさんは今それどころでは無いので目の前に居るローブさんに全く気が付いて居ません。
何せ現在進行形で己の人生に突然降って湧いた最大の問題に思い悩んでいる最中に、しかもその問題が実際にはもっともっと大問題だった事に思い当ってしまった所だったのです。
(馬鹿やろうなんてこった!! 鬼嫁なんかより大問題があったじゃねえか! こんな事を万が一にでも娘に知られちまったら……一生口聞いて貰えなくなっちまうだろ!? ちくしょう! そんな事になったら生きてけねぇよ、どうすりゃいいんだ…………)
そんな不吉な考えに思い至って居てもたっても居られなくなり、両手でカウンターを勢い良く『バーン!』と叩きつけ立ち上がります。
「きゃう!! わわわわしを食っても美味くないぞーー!!!?」
額に青筋を浮ばせながら勢い良く憤怒の形相で立ち上がり睨み付けてくるアドニスさんの迫力に、ローブさんはたまらずに居てもたってもいられず一目散にギルドの外まで逃げ出して行ってしまうのでした。
……少し涙声で……。
そのローブさんには一瞥もくれず――
(いやいや、まだほんとに来ると決まった訳じゃねぇ。 嬢ちゃんのたんなる冗談だったのかもしれねぇしな……)
――と思い直し、また頭を抱えて悩みながら椅子に腰掛けてうな垂れるのでした。
ちなみにこれですでに四回目です。
□
それからしばらく経ってギルドも空いてきた頃、サハラさんは約束通りにやって来ました。
「アドニスさん迎えに来ましたよ~♪ あれ? 仕事まだ終わらないんですか?」
「おぉぅ、ほんとに来たのか。 いや、もう終わるが……悪い、後ちょっとだけ待っててくれ」
こうしてアドニスさんはサハラさんが迎えに来ないと言う最後の希望も砕かれてしまい(この事がばれても息子はきっと笑ってくれるよな……?)と、半ば現実逃避気味に諦めてサハラさんとデートする決心を固めるのでした。
「分りました。 じゃあその辺で待ってますね~」
・・・・
そんな訳でサハラさんは壁に掛けてあったり、壁際に設置してある、依頼書やニュースが貼り付けてある掲示板を見に来てみました。
すでに混み合う時間は過ぎているのですが、掲示板の周辺にはまだ少なくない数の冒険者が依頼を吟味してたりニュースを読んだりして賑わっています。
ですが冒険者と言えば――
冒険者⇒ガテン系⇒マッチョ⇒暑苦しい!!
――てな訳で、サハラさんはちょっとだけ尻込みしましたが意を決してその賑わいの中に混ざりニュースを見ます。
……しかしサハラさんはこの世界の文字が読めません。
「う~ん、さっぱりなのです。 何回みても読める様になる気がしないのです。 もうちょっと簡単な字なら覚えられそうなんだけどね~」
とサハラさんは半ば覚える事を諦めてしまっていますが、これは別にこの世界の文字や文法が取り立てて複雑だと言う訳ではありません。
ただ単にサハラさんには馴染みが無いタイプの文字だったので条件反射的に覚えられそうも無いと思っちゃってるだけだったりします。
地球で言えばアラビア文字みたいな見た目の字なのです。
「うぅ~ん、でも読みたいしなぁ……。 このコウモリの羽が生えたイタチが魚咥えてる絵が描いてあるニュースとかすっごく気になりますし! う~ん、やっぱ今度ララに教えて貰う事にしようかなぁ……」
冒険者続けるにしろどっかのお店で働くにしろ、文字は使えないと困っちゃいそうですもんね。
そんな風に何となく今後の方向性も決めた事ですし、このマッチョさん達ひしめく暑苦しい空間から脱出します。
わざわざ無理して掲示板を見る必要が有ったかは謎な所です。
とりあえず他にする事も無いですし適当に開いてるテーブルに座って待つ事にします。
・・・・
「おう、待たせたな」
足をぷらぷらさせながらボーッと行き交う人達を眺めていたらアドニスさんがやって来ました。
「いえいえ~、むしろ今日は無理言って時間取っちゃってごめんなさいです」
「いや、まあそれは良いがどっか行くのか?」
「う~ん、実はお聞きしたい事があっただけだったんだけど、どうせだしお茶でもしましょう!」
「え? あ、ああ、そうか。 そうだよな、じゃあそうしよう」
そうなのです。
実はサハラさんはアドニスさんに聞きたい事があっただけだったのです。
(あれ、今アドニスさんがなんだか少しがっかりしたような……?)
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◇◆◇◆◇
何となく落ち着かない感じのアドニスさんを連れてギルドから程近い食堂兼酒場にやってきました。
店内は結構混み合っていてテーブル席は空いていなかったのでカウンターに並んで座る事になりました。
とりあえず適当に飲み物を二人分頼んで、出て来た物を受け取ります。
「で、結局どう言う用件なんだ? 嬢ちゃん」
サハラさんは受け取った謎の液体(紫色、とろみ付き)を恐る恐る飲もうかどうしようか悩んでる所でしたが、一度手を下ろしてアドニスさんに向き合います。
「はい、それなんですけど、ちょっとララに内緒で相談があるのですよ~。 それで今回デートって言って一人で来たのです」
「そう言う事か……ふぅ、悩んで損したぜ。 で、相談ってなんだ?」
アドニスさんはさっきまでの悲壮な悩みから解放されてスッキリとした表情に戻り、サハラさんに話の続きを促します。
デートやなんやと言ったことでは無く、悩みや相談だと言うのならアドニスさんはいくらでも乗ってあげるつもりでした。
なにかと危なっかしいサハラさん達は放っておけないのです。
…………ちなみに端から見たら“厳つい中年男が年端も行かない少女を連れ回してる”と言う状況は全く変っていないのですけれども……ね。
すごく目立ってます。
「う~ん、言いにくいんですけど……実はこないだとある事情で借金が出来ちゃいまして――」
「おぉっと! 悪いが金なら貸せねぇぞ?」
アドニスさんはサハラさんの話を遮り先手を打ちます。
いくら放っておけない相手だと言ってもお金が絡めば話は別です。
「いえいえ~、そう言う訳では無いのです。 でも、それに近い話ではあるんですけど……」
サハラさんも慌てて誤解を解きます。
さすがに肉親でも無い相手からお金が借りられるとはサハラさんだって思ってないんです。
それに誰かから借りて返しても借金の相手が変わるだけで意味ないですしね。
「え~とですね、僕のこの杖ってミスリル製なんですけど、ミスリルってすっごく高く売れるって聞いたのです!」
そう言ってサハラさんはアドニスさんへ杖を見せます。
「ば! なん! は? ……ミスリルだと?」
アドニスさんは差し出された杖を実際に触ってみて、確かにミスリルの手触りである事を確認してから続けます。
「すげぇな、本物っぽいぞ。 だがそうなると問題はミスリルの希少性か……」
「希少だと問題なのです?」
難しい顔で悩み出したアドニスさんにサハラさんは不思議がります。
サハラさん的には珍しい物で価値があるのなら良い事に思えるのです。
「ああ、ミスリルってのなぁ希少すぎてな、そこいらの店じゃ扱わねぇんだよ。 しかも下手な店に持ってったら買い叩かれて大損こくのが落ちだからな」
「やっぱりそう言う問題があるのですね~。 そんな気がしたのです。 なので相談に来ました! アドニスさんに買ってくれそうなお店か人の心当りが無いかお聞きしたかったのですよ~」
一応サハラさんも世間知らずとは言え、高価な物を取引する時は一人で決めないで誰か信用出来る人に相談した方が良いと思っていたのでした。
〈実際に日本でも素人が遺品とかで手に入れた名刀を下手な店に持ってくと騙されて買い叩かれる事があるらしいですしね〉
「わかった。 とりあえずどんな杖か詳しく見せて貰って良いか? それが分らんとどうしようも無い」
そういってアドニスさんはサハラさんから杖を受け取り色々と調べ出します。
アドニスさんもギルドの受付をやってるだけあってアイテムの鑑定はある程度出来るのです。
あれこれと鑑定してる横でサハラさんも杖について知ってる事を伝えます。
火属性アップ位しか知ってる事無いですけどね……あと凄く軽いって事とか頑丈な事とか!
「ふむ、これなら買えそうな店が何軒かあるな。 だがせっかくだから冒険者に売った方が高く売れるだろうな」
サハラさんに杖を返しながらアドニスさんは頭の中で考えを巡らし売っても大丈夫そうな相手を探します。
「一人信用出来る奴で心当りが居るから話してみよう」
「お~! ありがとうございます。 さすがアドニスさん、頼りになりますね~!」
そう良いながら満面の笑顔でサハラさんはアドニスさんの肩をバシバシ叩いて喜びを露わにしました。
サハラさんはわりかし良い音が鳴る程ビシバシ叩いているのですがアドニスさんは全く痛がる素振りも見せず――
「よせやい、照れるじゃねえか」
――むしろまんざらでも無い見たいです。
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「じゃ~、話も終わりましたし、あとはデートを楽しんだら帰りましょ~! 最後はちゃんとアドニスさんの家まで送りますよ~」
「ちょいまて! それだけは勘弁してくれ!」
そんなこんなで二人は意外と楽しい時間を過ごしたのでした。




