第05話 出会い《ララエル》
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それが町を出てから二日目、今から四日前の出来事でした。
それから二度程魔物との戦闘はあったものの大した事も無く順調に来れています。
そんな中、ララエルは荷馬車の中で親から受け継いだ愛用の弓《シルフィア》の手入れをしています。
今は昼なので他の二人は夜に備えて眠っています。 森は夜行性の魔物が多いですし盗賊も夜襲ってくる事のが多いので昼の内に出来るだけ寝ておくのです。
装備の手入れ以外にこれと言ってやる事も無いし、話相手も居ないのでララエルはエルフの里での事を思い出しながら考え込みます。
(まったく長老さまも掟だ掟だと仰りましたけど、外の世界で見聞を広めて来いとはどういった事なのでしょうか……。 『戦士としての腕を高め、外の者達の心を理解しろ。 それがなった暁にはお前も一人前のエルフとして認められるだろう』との事ですが、戦士としての腕は分かりますけど、外の者達の心とは一体どういった事なのかサッパリ分かりません。 それが分からなければいくら戦士としての腕を上げても長老さまは私を一人前とは認めて下さらないのでしょうね。 まったく、成人の儀は厄介だわ!)
ララエルが生まれたエルフの里は子供が一人前の成人として認められるには一度外の世界に出て見識を広めて来る習わしがあるのです。 それが成人の儀と言う試練なのです。
さらにそれ以外にも里ではどのような職を希望する場合でもまずは戦士として一人前にならなくてはいけないと言う掟まであるのです。
そしてララエルはやっと成人の儀を受けられる資格を貰ったのでさっそく試練を受て居る所なのです。 その為今は冒険者として生計を立てつつ色々な事を理解しようとしているのでした。
ふと弓の手入れを中断して馬車の中を見回します。 ちなみに馬車は幌付です。
ララエルはその幌馬車の後ろ端、出口付近に座っているのですが、その向かい側にエリックとチャスが狭苦しい場所に並んで体育座りの様な格好で座って寝息を立ています。
それ以外の場所には所狭しと商品が積まれています。 主にタバコとかお酒らしいです。
(どうして私がこんな物の為に命を賭けなければいけないのかしら)
ララエルはこの仕事が嫌いです。 お酒やタバコなんていうどうでも良い娯楽の為に自分の命が危険に晒されてる様な気がして凄く嫌なのです。 実際にはどうでも良い物なんかでは無くて結構重要な物なんですけど、まだ若いエルフのララエルにはそこまで分からないのでした。
「まあ後一日我慢すれば町に着くらしいし、もう少しの辛抱ね」
そう気を取り直してまた弓の手入れに戻る事にしました。
それから暫くしたらエリックが寝心地の悪さに顔を歪ませながら起きてきました。
「っくそ……こんなんじゃ寝れないな。 早く足が伸ばせる所で寝たいぜ」
「そうね。 だけど私はそれより………………」
“それより水浴びがしたいわ”と続けようとしたのですが馬車が減速している事に気が付いたのでやめました。
エリックもそれに気が付いて念の為にチャスを起して居ます。
そしてすぐに御者から「人が居る!」と声が掛けられました。
聞くと同時にエリックが馬車から飛び降りて前側に走って行きます。 続けてララエルとチャスも追います。 後ろの馬車からももう一つのPTが後方を警戒する為飛び出してるのがチラっと見えました。
馬車から降りると百メートル程先に真っ白い色をした、魔法使いが着る様なローブ姿の人が見えました。
その白ローブは両手を真っ直ぐ横に伸ばして大きく手を振っています。
あいにく魔女帽子が邪魔で表情までは見えないのですが口元が笑顔なのは見えました。 エルフは視力が良いのです。
(女……人族かな? 若いわね。 それにしてもどうして無邪気に笑ってるのかしら)
「とまれ! 何者だ!?」
エリックが白ローブの女に叫びますが手を振るだけで返事がありません。
「まずいな、ララエル詳しく見えるか? あれは魔法使いだよな?」
エリックは白ローブの女から目をそらさずにララエルに確認します。
「ええ、若い女……たぶん人族ね。 服装は魔法使いだし杖も持ってるわね。 だけど帽子が邪魔で顔は良く見えないわ」
「魔法はまずいっすね。 ただ魔法使いが一人って事はそうそう無いっすから十中八九罠があるっすよ」
「俺もそう思うが……にしても妙だな。 っち! 近寄ってきやがった」
困った事に白ローブの女はテクテクとこっちに向かって歩き出してしまいました。
(そのまま進めば殺されるのが分らないのか? いや、賊に脅されて仕方なくやってる可能性もあるか……もっと悪い可能性はあの女が実は高ランク冒険者並の腕前でこっちを簡単に全滅させられるかもしれないってとこか)
そこまで考えエリックは、なんにせよ近寄らせる訳には行かないなと結論をだしました。
「ララエル、あいつを弓で狙い撃ってくれ」
「わかったわ。 一射で仕留めて見せるわ」
「いや、命は取らないでくれ。 少し気になる事がある」
「だけどエリック、相手が魔法使いならこの距離で半端な矢を放っても当たらないわよ?」
と言うのも、かなり初歩的な魔法に遠距離からの攻撃を避ける魔法があるので半端な攻撃だと避けられてしまうのです。 その魔法を破るには強力な攻撃を放つ必要があるのですが、そうすると殺さない程度に矢を当てると言うのが難しくなるのです。
「分かってる。 だがララエルなら出来ると信じてる!」
「仕方無いわね。 そう言われたら当てない訳には行かないじゃない」
そう言ってララエルは弓を持つ手に力をいれます。
呼吸を整えて矢を一本手に取り、そして精神を集中して呪文を唱えはじめます。
「この地に住まう風の精霊よ。 我は黒き森の民が一人、一族との盟約に従い願いを聞き届けたまえ。 我が矢に風の祝福を!」
詠唱が完成すると共に矢に魔力が注がれてほんのりと緑に光を放ちます。 エルフが得意とする精霊魔法を使って矢に相手の魔法を破る加護を与えたのです。
(無短縮で呪文を唱えたしここは風の精霊力も強いから行けそうね。 でも、敵ならば殺してしまった方が良いのに)
この時もやっぱり若いララエルは少し思い違いをしていました。
無意識に相手の事を敵か味方かの二択で捕らえていたのです。
なので今まさに倒そうとしてる相手がもしかしたら誰かに脅されて仕方無く近寄ってきてるとか、たまたまここに居ただけって言う可能性を完全に失念していたのでした。
魔法を付与した矢を弓につがえ、目一杯引き絞ってから狙いを付けます。
(狙う所は……杖を持ってる右手にしましょう。 ………………今ね!)
スパッ! と音を立てて弓弦が矢を押し出します。 魔力が宿る矢は放物線を描かずに真っ直ぐと飛んで、そしてすぐに狙い通りの場所に当たりました。
「…………当たったわね」
「そう……だな……当たったな。 チャス周りに伏兵は居ないか?」
「大丈夫っす」
そうしてる間にも矢を受けた白ローブの女は杖を取り落とし泣き出してしまいました。 それを見てエリックの脳裏にはとある不安が広がり始めました。
「様子を見に行く。 ララエル一緒に来てくれ」
「わかったわ」
エリック達は警戒しつつも走り寄ります。
それ程時間は掛からずに着いたのですがその間に白ローブの女は気を失って倒れてしまいました。
そしてエリックは倒れた女の横にしゃがんで顔をのぞき込み、抱いていた不安がどうやら的中してしまったらしい事に顔を顰めるのでした。
「あぁー…………これはやっちまったか?」
顔を覗いてわかったのは、予想よりも十歳以上若かった事、それとどう見ても盗賊の類いには見えない顔つきでむしろお洒落な喫茶店の看板娘と言った雰囲気なのでした。
エリックが少女の魔女帽を取ったのでララエルも一緒に女の子を覗いたのですが……。
「………………天使?」
女の子を覗た瞬間ララエルがボソっとそんな事を呟いたのをエリックは聞きました。
「……いや人族だろ?」
エルフであるララエルが言うのだからエリックは一瞬本当にこの女の子が天族なのかと思って背中に羽が無いか確認してしまいました。
「て、天使よ!」
なんだか分からないけどララエルは何故か女の子が天使だと信じたい様でエリックの肩を揺すりながらそう言ってきます。
「いや人族だから!」
(ちょ! ララエルが壊れた!?)
「ねえ……エリック……。 その子本当に盗賊だったの? ……す……凄く可愛い……わよ?」
「いや……ララエル、たぶんこの子な、一般人だと思う。 盗賊にさらわれて囮として使われてたか…………もしかしたら迷子だったのかな?」
(……今、ララエルは可愛いとか言ったか? エルフ以外を完全に見下してる様なあのララエルが……? さっきから天使だとか可愛いだとか……どうなってる!?)
「な……なんて事なの!」
(こ……この子はもしかして道に迷って途方に暮れてて、それでもやっと人に出会えて嬉しくて笑顔で手を振っていただけなのに……それなのにその相手から矢を射られたって言うの!? わ……私はなんて事をしてしまったの……)
「エリック! 今すぐ治療しますよ!!」
「あ……ああ、そうだな。 一先ず馬車に乗せよう」
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その日からララエルはふとした瞬間に自分の放った矢が当たった時の女の子の驚きに満ちた顔を思い出して泣きたくなってしまうのでした。 そしてその度に女の子の所へ駆け寄ってぎゅっと抱きしめるのでした。