第39話 森の休憩所
それからほんの少し走った所で馬車が速度を落とし始めました。 すぐにリディさんは御者に何事か確認して――
「今日泊まる休憩所に着いたわよ」
――と、皆に知らせてくれました。
サハラさんは泊まる場所がどんななのか気になったので、窓から顔を出して前の方を覗いてみると、森が少しだけ開けた場所に石造りの小屋が建っているのが見えました。
“開けている”と言っても木が生えて無いってだけで、草は大量に生えちゃってるし、夏本番になれば二~三週間もほっといたら森と同化しちゃいそうな感じです。 正直あんまり快適そうじゃ無いですね。
なんでそんな状態かと言うと、呪い騒動のおかげで村に向かう人が殆ど居なくなっちゃってるのでしばらく使われてないから、らしいです。
ですので、一夜を過ごす為にはまず簡単な手入れから始めなきゃならないそうです。
こういう時はお客さんとか御者さんとか言ってられないので皆で手分けして作業する事になりました。
リディさんとコトさんは小屋周りに生い茂ってる草を刈る役に。〈剣で斬りまくりです〉
御者さんは焚き火の準備に、そしてサハラさんとララは小屋の中を掃除して寝られる様に下準備します。
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小屋の中は部屋分けされておらず、大体十畳くらいの大きさがあります。 この程度の街道だと男女別々の部屋には成ってないのです。
部屋の中の作りも雑で、地面を踏み固めただけの土間で、床板どころか石も敷いてありません。
一応それでも家具として、木製のベンチの様なベッドの様な微妙な物が幾つか置いてあるのです。
「ねぇララ、掃除って言ってもどうすれば良いのかな?」
掃除道具なんてほうきすら持って来てないのでサハラさんは途方にくれてララに聞いてみます。
でもララはそんなサハラさんにニッコリ笑って言います。
「大丈夫、私に任せて。 エルフが本気を出せばこの程度の掃除、魔法で一発よ!」
ビシっと胸に手を当てて自信たっぷりに言い切りました。
「この場に宿りし精霊へ命じる。 この場所を在りし日の姿に戻せ!」
ララは精霊魔法の中でも特に初歩の魔法で、その辺に居る有象無象の精霊へ“とりあえずその辺綺麗にしなさい!”って命令するかなり大雑把な生活魔法を唱えました。
初歩の初歩なんで、呪文の内容も簡単です。 これと言って自分の名前とか立ち位置とかにも全然触れてません。
たまたまその辺に居た気弱な精霊が魔力の籠もった声で命令されたんで“もしかして私がやらないとまずいの!?”と思って手伝ってくれるのです。
ちなみに術者がイメージした内容を魔力を介して受取ってるので適当な呪文でも狙った通りの効果になるのです。 ……精霊魔法は凄いのです。
そんな大雑把魔法が発動し、部屋の中に無数の青っぽい光の玉が浮かび上がりました。
その玉が縦横無尽に動き回り、通り過ぎた後は埃や汚れが取れて“そこそこ綺麗”になります。
“そこそこ綺麗”止まりなんですけど、まあ一晩くらいなら我慢しても良いかなってレベルには綺麗なのです。
と言う訳で、あっという間に掃除が終わってしまいました。
「凄いです! ララ、尊敬なのです!」
ララの便利な魔法にサハラさんは興味津々です。
「ふふ、ありがとう」
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しばらくして、自分達の作業が終わったのでリディさんとコトさんが小屋に入ってきました。 御者さんは馬車で寝泊まりするんで小屋の外に居ます。
みんな適当なベッドを選んで荷物を置いてくつろぐ事にします。
どうせ今日はもう日も暮れちゃってるので、後は思い思いに夕飯を食べたり寝たりするだけなのです。
そんな中、コトさんはクッションやらタオルケットやらを何個か取り出していそいそとベッドメイキングしだしました。
コトさんだけ他の人の二倍も三倍も荷物を持ってるのですが、どうやらだいたい全部クッションが入ってるみたいです。
一方のサハラさんは、ララが持って来た毛皮っぽい敷物とタオルケットで一緒に寝る事になってます。
ちなみにリディさんはマントにくるまって寝るそうです。 一番冒険者らしい寝方なのですが……寝づらそうです。
「サハラ、お疲れ様。 それじゃあ夕飯にしましょうか」
「ほんとに疲れたよ~。 お腹も空きました」
サハラさんとララは同じベッドに腰掛けて夕飯を食べる事にしました。 どうせ乾パンもどきなのですけどね。
そして案の定、ララは荷物の中から見覚えのある乾パンもどきを取り出しました。 それと水もね。
(ぅ~、これって美味しく無いんですよね~。 でも、冒険者なら仕方無いのかな)
きっとこの世界は食べ物の保存方法や携帯食が発達してなくてこれが普通なんだろうな~と、サハラさんは諦めにも似た境地で乾パンに手を伸ばそうとしたのですけれど――。
「ちょ、ちょっとちょっと二人ともそんな物出して何するつもりなのさ!?」
「夕飯って……それは食べられる物なの?」
なんとリディさんとコトさんはララが取り出した食べ物をまるで信じられない物を見たと言う態度です。
そんな二人にララは――
「私の里の食べ物に何か文句でもあるのですか!?」
――と、ぷんぷん怒っちゃいました。
(へ~、あれってエルフの里の食べ物だったんだ。 って事は実はララの手作りなのかなぁ?)
「いや、だってそれ絶対まずいですし! むしろ人が食べる物じゃないし!」
ビシッと乾パンを指さしてコトさんは言い切ります。
(コトさん毒舌です! 食べた事無さそうなのに断言です!)
「たしかにそれは食べる物では無いわね。 エルフ族と違って私達には味覚があるのよ」
こっちもハッキリ言い切っちゃう毒舌リディさん。
「そうですよー。 サっちゃんが可哀相です」
「そうね、仕方無いから私達の夕食を分けてあげましょう」
そんな風に二人で寄ってたかって矢継ぎ早に言いまくるんで、ララはとうとう俯いちゃいました。
しかもプルプル震えながら“…………エルフにだって、味覚くらい……あるわよ”と、小声でボソっと呟いたのを聞いちゃったサハラさんは、なんだかいたたまれない気持ちで一杯になりました。
リディさんもコトさんも悪気が有る訳では無いのですけど、二人とも歯に衣着せない物言いなんでキツイ言い方になっちゃったみたいですね。
そんなこんな有りつつ、リディさんはバスケットから野菜や肉タップリのハンバーガー見たいな食べ物と青いスープを取り出しました。
凄く美味しそうではあるのですが、ここで一つ問題があります。
それは…………今の季節は夏! そしてサハラさん達は一日中馬車の中に居ました。 まず間違い無く傷んでる筈です!
「美味しそうです! で、でも朝からバスケットに入れておいたら傷んじゃって無い……かな?」
リディさん達は好意で分けてくれようとしてるので、サハラさんは傷んでるって言い辛くてちょっと遠慮気味になっちゃいました。
でもリディさんは“ああ”と気が付き、説明してくれます。
「大丈夫よ。 このバスケットには【クーリング】の魔法を掛けてあるのよ」
〈【クーリング】は元々は火山や砂漠で活動する時に一定時間熱から自分を守り、冷やす為に使う魔法なのです。 それを応用してバックとかに掛けて中をひんやり冷やして、それをクーラーBOX代わりに使ってるのですね〉
“手、入れてみる?”とリディさんがバスケットを差し出してきたのでサハラさんは言われた通りやってみました。
「おお~、冷たいです! 魔法って便利ですね!」
やっぱり世界が変わればその世界の常識があるんだな~、なんてサハラさんは感心します。
……しているのですけど、そんなサハラさんの横でこの世界で生まれ育った上に、この場ではダントツの年長者な筈のララエルさんが…………
「なんですって……。 森の外にはそんな便利な魔法があるのね。 知らなかったわ……」
〈注:ララが知らないだけでエルフの里でも普通に使ってます〉
ちなみにエリックさん達がララの事を世間知らずと言うのは、こう言う誰でも知ってて当たり前の常識を知らなかったりする為だったりします。




