第32話 路地裏でぴんち
翌日、サハラさん達は予定通りお買い物する為に商業区へ行こうと宿屋を出ました。
出たのですが……。
「おう嬢ちゃん、ちぃと待ちな」
厳つい顔をしたガタイの良い男達に呼び止められました。
「ぅぅぅ、一応お伺いしますが何のご用でしょうか?」
サハラさんはいつもならどんな見た目の人からでも話しかけられたら嬉しくなって笑顔で答えちゃうんですけど今日は無理なのでした。
「ふん、聞いて喜べ! 俺達Cランクパーティー『熊の腕』にお前達二人を加入させてやる事にした。さあ来い!」
「ごめんなさい、お断りします!」
サハラさん即答です。
何故か『熊の腕』さん達は断られるとは思って居なかったらしく、凄いショックを受けた顔で「ば……馬鹿な!」って言いながらよろけています。
むしろなんで今の誘い方で成功すると思って居たのかを小一時間問いただしたい位なのですけども……。
小声でララが「今のうちに行こう」と言うのでサハラさんは素直に従います。
どうせ立ち直ったら今度は怒り出すでしょうしね。
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それが宿屋から出て三十分目の出来事、もう少し詳しく言うと宿屋から出て十四度目の出来事、二分に一回は勧誘されてる計算になりますね。
昨日のエリックさん達の話から何となく予想はしていたのだけれど、まさかこんなに頻繁に勧誘されるとは二人とも思ってもみませんでした。
「サハラ、大丈夫? やっぱり今日は諦めて帰ろうか?」
ララが気を使って提案します。
でもサハラさんとしてはやっぱりお買い物に行きたいのです。
「大丈夫! 昨日から楽しみにしてたんです。 絶対にショッピングするのです!」
それに商業区はもう目と鼻の先、ララ曰く“商業区も近いしこの辺りからは冒険者も減って勧誘も少なくなるでしょう”
との事でしたがそれは甘い考えだったらしくて、商業区に着くまでにすっごく勧誘を受けちゃいました
勧誘する方も皆さん色々考えてあれやこれやの方法で来ます。
それでも一番多いのは紳士的な勧誘なのですけど、中にはさっきの『熊の腕』みたいに高圧的だったり、物やお金で釣ろうとしたり、イケメンで誘惑してこようとした人達まで居ました。
中でもサハラさんが一番困るのは泣き落とし作戦です。 あれはサハラさん的にはすっごく疲れます。 無視しようとすると心が痛むし、かと言って相手すると普通に疲れるし、困った物なのです。
しかしそんな困難を乗り越えてついに商業区に到着です!
広場を見渡せばバザーの出店がひしめきあってますし、通りを見れば色々な商店が建ち並んでます!
「お~、お店一杯です! 服とか食べ物とか色々売ってるのです」
「ふふ、そうね。 そんなに焦らなくても大丈夫よ」
「あ、ララ! あのお店黒い魔女ローブと帽子売ってます!」
「あら、服が欲しいの? そうねぇ、でも折角だから今と違うデザインの服はどう?」
「え~、今と違う色とデザインの魔女服だよ?」
「そうは言っても魔女服のデザインなんて大体同じにしか見えないわよ? それよりほら、これなんてどう?」
ララは手近にあった白い花柄ワンピースを手にとってサハラさんにあてがいます。
「む~……それも可愛いですけど~。 ……あ! ララ、ララ! あそこにショートスタッフとか売ってますよ!? 見に行きましょう!」
「あ! サハラ、待って! ……もう、せっかく可愛い服着せようと思ったのに」
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「ふふふ~ん♪ 格好良い杖です。 ララありがとう!」
「ふふ、どう致しまして」
(でも出来ればお洒落な服に興味持って欲しかったわ)
結局あれから三時間、サハラさんはララのあの手この手のお勧め攻撃を難無くかわして、ショートでもロングでも無い普通の長さの杖を買って貰う事に成功しちゃいました。
「あ、そうだ。 サハラ、喉渇いたでしょ? あそこの店で飲み物買ってくるからちょっとだけ待っててね」
“すぐ戻るわ”と、ララは小走りでお店に入って行ってしまいます。
「は~い、わかりました~」
(たしかに喉が渇きました~)
なんて思いつつ、サハラさんはさっき買って貰った杖を眺めます。
杖のデザインは何の変哲も無い木の杖です。
先っちょがくるくるっと巻かさってる、まさに魔法使いの初期装備って感じの杖ですね。
サハラさんが普段持ってる“ミスリルの杖”が【魔力+500】だとすれば“木の杖”は【魔力+2】とかその程度のしょぼい武器なんですが、サハラさん的にはそんなの関係無い程にデザインがお気に召しちゃったのです。
「ふっふっふ、良い杖です! 唯一の欠点は僕が魔法を使えないからこの装備を持ってても意味が無いって所だけですね! って、わきゃふ!?」
ふふ~ん♪と杖を掲げてニヤニヤしていると、そんな見るからに怪しげなサハラさんにどこからともなく走り寄ってきた大きなお犬さんが体当たりしてきました。
(い、痛いです。 な、なんです? って、お犬さんですか! まったく~、躾のなってないお犬さんですね!)
サハラさんはびっくりはしたましたが幸いよろけるだけで倒れずに済んだので怪我も無いし、まあ良いかな~と気持ちを切り替えます。 噛まれた訳じゃないですしね。
でも、ちょっとは文句でも言ってやろうかとお犬さんの方を見ると、ハスキー犬みたいな毛並みのかなり格好良いお犬さんがこっちを見ていました。 ちょっと見惚れちゃいます。
で、そのお犬さんは近くに落ちてた木の棒(さっき買った杖)を“パクッ”と口に咥えて一目散に路地の方向へ走り去って行ってしまいました。
「…………あれ?」
(も、もしかして今のは……)
まず、自分の右手を見てみます。 ぐーぱー、ぐーぱー、……閉じたり開いたりしてみますけど何も持ってません。
一応自分の周りを見回して確認してみますけど、やっぱり何もありません。
って事はあのお犬さんが持って行った木の棒は……。
「うきゃ~! ま、待って~!」
サハラさんは慌てて追いかけ始めます。 だけどあのお犬さんが逃げてからもうだいぶ経ってるから無理かもしれません…………っと思ったらちょっと先で座ってこっちを見ています。 ラッキーですね!
「ふ~、は~、ふ~。 さあ、良い子だからその杖返してね~。 って待って!」
やっと追い付いたから話しかけようとしたらまた走り出しちゃいました。
「ひ~、ふ~、へ~。 こ、今度こそ、返して、ふ~、下さい~。 あ~、待って~」
路地を右へ左へ走り、暫くしたらまた止まってくれたので何とか追いついたと思いきやまた逃げられちゃいます。
そんな事を数回繰り返した所でやっとお犬さんが杖を捨ててくれたのでやっとの事で取り戻す事が出来ました。 いや~、危なかったですね。
「はぁはぁふぅふぅ、疲れました~。 このお犬さんめ~!」
今度はしっかりと杖を握り締めて、それからお犬さんへ少し恨めがましい視線を向け……ようと思ったらお犬さんの横に人が居るのに気が付きました。 それも男の人が二人も居ます。
「よう嬢ちゃん、お疲れさん」
「あ、はい、ありがとうございます。 えっと……どちら様でしょう?」
サハラさんは咄嗟に返事をしちゃいましたけど、あんまり良い雰囲気では無いです。
(と言うか、ここ何処だろう? ワンちゃん追いかけるのに必死で帰り道分らなくなりました!)
冷静になってみると、周りには人っ子一人居ない完全な路地裏でした。 サハラさんはまたララに怒られちゃいますね。 〈ララは怒らないかもしれないですけども〉
「まあ誰かなんてたいした問題でも無いだろ」
足下の犬を撫でながら男がそう言ってきます。
筋肉質だし腰に剣もぶら下げてるのですが、その割に身なりは綺麗なのでたぶん冒険者なんだと思います。 もう一人も同じ様な出で立ちですね。
「それよりちーっとな、あんたに用があってご足労願ったって訳だ」
「な、何でしょうか?」
(あれ!? もしかして僕ってこの人達におびき出されちゃった?)
サハラさんは答えながらも逃げれる様に周りの状況を確認します。
ここは左右にぴっちり建物が建ってる狭い路地で、前方はワンちゃんと男二人で完全に塞がれてます。 “逃げるなら後ろかな~”と振り返って見たら建物の影から二人、彼らの仲間らしい男の人達が出て来ました。
その二人もやっぱり腰に剣を装備してます。
(な、なんだかこの状況はデジャブです!)
「ま、大体想像付くだろ? 面倒くせーのは嫌いなんだ、“はい”か“分りました”で答えろよ。 嬢ちゃん、俺達のパーティーに入んな!」
言葉と同時に腰の剣も抜いてこっちに向かって突き出してきました。 すっごい分りやすい脅しですね!
こんな勧誘方法は反則です。 後ろの人達まで“へっへっへ”とか小悪党っぽい笑い声上げてるしかなりのピンチです。
「あわわわわ……、の、No! ……が、良い……かな~、なんて……、はわわ! ごめんなさい」
剣を突きつけられたので反射的に両手を上げながらも、それでもノーと答えました。
(うん、Noと言える日本人になりなさいと育てられたしね! ……言ったよね?)
「あん? 面倒は嫌いだって聞こえなかったのか?」
男の人はキラーンと、剣の切っ先を光らせながら凄んできます。 ものっっっすごい怖いです!
(はわわわわわ、絶対絶命のぴーんち! どうしましょう!? え~とえ~っと……ここはやっぱりあれしか無いですよね!)
この絶望的状況にサハラさんは勇気を振り絞り、唯一なんとかなりそうな手を使う事を決断したのですが――
――その絶妙なタイミングで建物の影から一人の少女がスッと出て来て――
「そう、貴方気が合うわね。 私も面倒は嫌い「閃光!」って、きゃぁ!?」
「なんだ!?」「ぎゃー!」「うわ!!」「目が-!」
――サハラさんは一か八か【閃光】を使って目眩ましして逃げる事にしました!
(でも、何だか聞き覚えの無い女の人の声が聞こえた様な……気のせいだよね?)
とにかく、サハラさんは元来た方向に向かって全力疾走します!
(確か左に曲がってー、右に曲がってって……、あれ? おかしいな~、行き止まりですね)
一度戻ってさっき右に曲がった所を左に行ったり、もっと戻ってみたり、あっちこっち走り回って一つ分った事があります。
「道が分らないのです!」
(何故かどっちに行っても行き止まりです。 この町の生活って任意の場所に飛べるテレポートが必須なんでしょうか!? そんな便利スキル持ってないですよ~)
〈注:普通の人は魔法なんて使えません〉
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、やっと見つけたぞ! なめた真似しやがって」
「ぎゃ~! ごめんなさい!」
サハラさんが道に迷ってる間に男の人が追いて来ちゃいました。
男の人はかなり走り回って探したらしくて全身汗だくになりながら、もの凄い形相で剣を向けてきてます。
あんまりにもおっかない顔だったのでサハラさんは反射的に謝っちゃいました。
ちなみに男の人は一人だけです、他の人は別の場所を探してるみたいですね。
「許さねぇ! もういい、死ねよ」
(わきゃ~! このお方、短気過ぎます! ちょっと目眩まししただけなのに~)
男は剣を振りかぶり、ふらつく足取りで上段から振り下ろして斬り掛かってきます。
「ぎゃ~す!」
サハラさんは悲鳴を上げてなんとか左側に転がって避けます。
斬り掛かられるなんて人生初の経験でびっくりです!
ですが男の人はまだ目が良く見えてないらしくて狙いが甘いのでサハラさんでも避けられました。
…………と言うか、元々避けなくても見当違いの所に振り下ろしてたので当たらなかったんですけどね。
「避けんな!」
「の~!」
(ふっふっふ、今度こそ“No!”とハッキリ言ってやりましたよ! さすがNoと言える……ってそんな事言ってる場合じゃないですし!)
男の人は今度は横薙ぎに切り払おうと構えて近寄ってきます。
「ま、待って下さい。 話せば分ります。 落ち着きましょう」
なんとかジリジリと後退って距離を取りながら説得を試みてみるのですがあんまり意味は無さそうです。
「うるせぇ! 動くな!」
興奮冷めやらぬ男の人は、剣を持った手に力を入れながらさらに近寄ってきます。
と、その時――
「そうですね。 私も貴方に“動くな”と言いたいわね」
――女の人の声がしました。
(あれ? さっき聞こえた気がしたのは気のせいじゃ無かったのかな?)
「誰だ!?」
声の主を問い質す男の人と一緒にサハラさんも声のした方向を見ます。
するとそこには、くるりと巻かさった羊の角を持つふわふわヘアーの丸顔少女がいました。
(つ……角が可愛いです! しかもすご~く大きな剣を背負ってますね)
……でもパチパチと瞬きしながら涙を流して辛そうにしています。
(ぅぅぅ、ごめんなさい。 さっきの【閃光】をまともに見ちゃったんですね)
「お前はまさか!? なんでお前みたいな奴がこんなところに……。 ああ、へへ、そうかい。 また繰り返す気だな?」
「黙りなさい。 今すぐ立ち去るなら良し、そうで無いなら覚悟しなさい」
羊少女は“カチャ”っと背中に背負ってる大きな剣の柄を握って脅します。
「っち、分ったよ。 小娘、お前もつくづく運がねぇな。 そんな女に狙われれたんじゃ俺達のPTに入ってた方がマシだったろうぜ」
男の人はこの状況に置いてけぼりになってるサハラさんに向かってそんな意味深な悪態をつきながらも剣を収めて立ち去って行きました。
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「ありがとうございます。 助かりました~」
サハラさんは羊少女が誰なのか分らないのですけど、助けてくれたのに違いは無いのでお礼を言って、同時に【回復】で目の治療もしました。
「ふぅ、やっとまともに目が見える様になったわ。 まったく、せっかく私があいつらサクッと追い払ってやろうとしたのに、余計な事しないでくれるかしら!」
羊少女は言葉では怒っているのですけど、実は格好付けて助けに入ったのに暴漢達と一緒にサハラさんの【閃光】を受けちゃったのが恥ずかしくて照れてるだけだったりします。
しかも格好良く助けて“素敵です! 是非パーティー組んで下さい!”とサハラさんに言って貰う作戦だったので、助けに出るタイミングを物陰でコッソリ見計らって居たと言う恥ずかしさもプラスされちゃっています。
「ご、ごめんなさい」
「ふ、ふん! 反省なさい!」
照れ隠しに言った理不尽な言葉だったのですが、それを素直に聞いて“シューン”と反省しちゃったサハラさんを見て、羊少女は今更ながらやってしまった感を抱きます。
「…………」
「…………」
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羊少女の当初の計画では、サハラさんに憧れられる様に仕向けるはずだったのに初っ端からサハラさんを落ち込ませてしまい途方に暮れるのでした。




